3「紺色の瞳の少女」
先輩とは別の、もう一人の少女がドアを開けて部屋に入ってきた。
……あれ? 親友A君は?
「なにか騒がしいので来てみました。彼、目覚めたのですね。よかった」
と言いながら、少女は先輩の隣に立ち止まった。
彼女は深海のような紺色の瞳をしていた。服装は今の先輩と色違い程度の姿で地味なのだが、ニコっとはにかんだ笑顔がかわいかった。
「あ、始めまして。私、ミレンといいます。よろしくお願いしますね」
「ミレンはな、ここの家の人だ」
と先輩はぶっきら棒に言う。
「は、始めまして。僕は北澤マサキです」
「ええ、存じています。マサキさんのお話はイズミさんから訊いていますよ。普段から影でコソコソ付きまとっている人だって」
やっぱ、バレてた!
あれ、先輩? さっきよりも切先が近くなっているような気がしますけど!
「こいつと会話するのは、今日が初めてだけどな」
「へえ~、良いじゃないですか。イズミさんは、こんなステキな彼に思われているんでしょ。うらやましいなぁ」
いや~ミレンさん、ステキな彼だなんて。照れるなぁ~。
「ば、バカ言え。こんな奴に付きまとわれているこっちが迷惑している」
ほんのり頬を染めて、ミレンに言い訳している先輩。
素敵ですけど、こっち見て会話して下さい! 切先が喉に当たってますって!
「イズミさん。とにかくその剣を納めた方が良いかと思います。ただでさえ身動きできないんですから、マサキさん困っていますよ」
「いや、しかしだな……」
「ね、お願いします。私も一緒にお話を聞きますから。それならいいでしょ?」
そう言ってくれたミレンに、渋々剣を引っ込めた先輩。
何とか僕の生命の危機は脱した模様だ。
それにしても僕の置かれたこの状況、未だ謎のままである。
ていうか親友A君はどうなったの?
この後先輩は、闇組織について色々と訊いてきた。しかし僕は、黒スーツの男達に囲まれはしたが、闇組織に接触などしていない。そもそもその存在すら知らなかった。
僕達が普段から彼女に付きまとって(陰からばれないようにしていたつもりだったけど)いたのは、生徒会長親衛隊の清き活動の一環であって、決して裏で何かと繋がっていた訳ではない。あくまで趣味の範疇だ。
さらに先輩は、闇組織によって強制的にこの異世界へ送り込まれたとの事。僕もそうらしいのだが、いつどのようにそうなったのか心当たりが全くない。
今僕の体が全く動かないのは、この世界に召喚された時の後遺症なのだとか。それについての証言は、なんとミレンから飛び出したのだ。
「イズミさんだってあの時そうだったではないですか」
「ああ、まあ……そうだな」
なぜか少しテンションが下がった先輩。そんな先輩もいいです。
「イズミさんを発見した時は、たまたま私とお爺様があの場所にいたから良かったと思います」
「ああ、あの時はホント助かった、ありがとう。マサキが召喚された時の状態を見てぞっとしたよ。あの場所で、意識が無く何も出来ないのは本当にヤバかったと、心底思うよ」
「そうですよ、マサキさんはまだ服を着ていらっしゃったから良いものを、イズミさんたら真っ裸で――――」
そこまで喋ったミレンの口を慌てて先輩が押さえて遮った。
なぬ! 裸でしたと!?
「ちょっ、バッ、言うんじゃねえ!」
と焦る先輩。
恥ずかしがる姿は、耳まで真っ赤になっていて、慌てふためいていた。
あの凛とした表情からは想像できないほど意外な一面。いろんな彼女が見れて僕はうれしいです。
「闇組織の奴らが用意した服があったんだが、アタシはそれを拒否した」
僕は顔が思わずにやけてしまう。
先輩はそんな僕に気付いて姿勢を正し、僕の胸辺りを指差して言う。
「なんだよ! マサキの着ているそんなダサイ服なんて着れるわけないだろ!」
………え、僕って一体どんな服を着ているの?
「だからって、先輩は美肌を意識しすぎて、裸で召喚なさるとは」
容赦なくグーパンンチが僕の額に飛んできた。
「イタッイ」
「マサキ! それ、セクハラ発言だからな!!」
うう、暴力反対!
「別にアタシだって裸で来たつもりは無い! そんな服に着替えるのが嫌だったから着替えなかっただけ! 召喚される時はちゃんと自分の服は着ていた」
先輩は頬を膨らまし、腕組みをしてそっぽを向いてしまった。
やばい、機嫌を損ねてしまった。だが脳裏には裸になった彼女の姿がチラつく。
妄想ってコワイ。
先輩は瞳だけ僕に向けて一言、
「変な想像するんじゃないぞ!!」
しない、しません。妄想が僕の脳みそを襲撃中。やばいやばい。
腕組みをした先輩の両手には黒い手袋が嵌められている。その甲の中央は金色の装飾が輝いていた。横にいるミレンはそれを見て何かに気付いた様子だった。
「う~~~ん、私がイズミさんを発見した時は、すでにその黒い手袋はしていましたよ」
先輩は腕組みを解き、右手を目の前に掲げた。
3人ともその黒い手袋を見る。素材は革製ではなくゴム製で出来ていた。先輩の両手にフィットした手袋の甲には、見た事の無い金色の美しい紋章が装飾されていた。
「ああ、手袋だけはアタシの持っていたやつより、闇組織が用意したこっちの方が格好良かったから嵌め変えたんだ」
先輩の話によると、僕が着てきた服と同様に、手袋も闇組織が用意した物だったらしい。
僕達を異世界に転送する際に、何か意味があったのではと今になって思ったらしいのだが、
何ですかその裏の設定は。そしてどうかしてしまった僕の体。
正直混乱中、早く出てきてA君!
しばしの沈黙の後、先輩はミレンに問い掛けた。
「ふむ………ミレン、こいつの事どう思う?」
「そう……ですね、ウソは言っていないみたいですので」
「だよな、アキの時みたいな事にもなっていない様だしな」
「ええ、大丈夫だと私は思いますよ」
ん? 何だろう。2人して僕の事を相談している。値踏みでもされているのだろうか。
美女2人の密談は、それはそれで絵になっているけど。
「じゃあミレン、頼むわ」
先輩は右手をひらひらさせて、ミレンを僕の方へ導く。そしてまた椅子に腰かけて腕組みをした。
「では、マサキさんのお手をお借りします。痛くしないから大丈夫ですよ」
ミレンは僕の寝ているベッドの側でしゃがんだ。そして左手を掴みとり、自分の胸の前まで引き寄せる。
彼女の胸は意外と大きかった。ここまで近寄られるとどうしても、そっちにばっか目が行ってしまう。特に女性耐性の無い僕にとっては毒そのもの。
これはイケナイと思い少し目を逸らすと、背後に物凄い形相の先輩が……怖い。
ミレンはその可愛い両手で、僕の左手を優しく挟んだ。
「これから回復術をしますので、しばらく喋らないで下さいね」
「はい」
深く呼吸したミレンは、目を閉じて詠唱を唱え始めた。