15「月下の決意」
僕は夜空を見上げて、近づいてくるイズミ先輩に告げた。
「……今夜は、皆既月食なんです」
先輩も腕組みをしながら欠けた月を見上げ、鼻を鳴らした。
「アタシもそれ位は見れば解るぞ」
「今朝やってたテレビのニュースで言ってたんです。今夜はスーパームーンで、皆既月食の天体ショーが見れるって」
「それがどうした?」
僕は、胸の高鳴りを抑えられないでいた。
「……同じ何じゃないですか? 僕達の世界に起こる現象と、こっちの世界の現象が」
「ああ、確かに。それと王城山とどう繋がりがあるのだ?」
先輩は今一つピンと来ていない様子だった。
「それだけじゃない! この地を囲む山脈も一緒、この暑い季節も一緒、多分時間の流れも一緒だと思います!」
「――――!」
「恐らくココは……並行世界なのかもしれない」
僕はこの時、少し迷いながらもその言葉を口にしていた。
確証は無かった。でも、可能性があるとしたら『並行世界』の存在も否定は出来ないと思ったからだ。
よくある異世界の話しにしてはそれほどファンタジーに寄せていない(個人的な見解だが)。バーチャルゲームの世界ならこれ程の痛みを味わうだろうか。過去や未来にタイムスリップってのも有りだが、どうもしっくりこない。
先輩は顎に手を当てて小考する。その手は黒い手袋を嵌めていて、甲に煌めく紋章がはっきり見えていた。
「マサキのその意見には少々疑問はあるが、やはり確認は必要だな」
「明日、明るくなったら調べてみましょう。出来れば、この平地を一望できる場所があればいいんですが」
その話を聞いていたタミが、ゆっくりと近づいてきて口を開いた。
片手にはランプを持っていた。魔光石と言う物で、明るく照らすらしい。便利。
「それならこの近くに王城山まで見渡せる小高い丘がある。そこに行ってみるがいいぞ」
「お婆さん、ありがとうございます」
と僕はお礼を言った。
タミは頭を振り、顔を皺くちゃにしてほほ笑んだ。
「じゃが、行くなら気いつけてな。危険だと思ったら、引き返す事も大事じゃ」
そう言ってタミは家の中に戻ろうとしたが、何かを思い出したように足を止めた。
「ああ、小娘や。お前さんにあげたいものがあるんじゃが……」
「なんだ婆さん?」
先輩は明らかに不審そうな顔をして訊き返す。
お願いですから、もう少し愛想良くしましょうよ。
「ワシは思うのじゃが。これからの小娘には、今よりももっと厳しく困難な災いが、幾度となく降り掛かってくる気がしてならん」
「今更だがな」
「じゃから、ワシのとっておきをやろうと思うての……まあ、みんな家の中に戻って少しばかり待ってておくれ」
そう言ったタミは歩く方向を変えて、僕の前を横切る。
お婆さんはすれ違いざまに、小声で僕に言った。
「少年よ、小娘を助けられるのはお主だけじゃぞ」
「――――!」
僕はタミのその言葉に、一瞬心臓が止まるほどの衝撃を覚えた。
僕は、どんな事をしてでもイズミ先輩のために尽くしたい。その思いは変わらない。
彼女の道を切り開くため、全力で困難に立ち向かうつもりだ。
だって僕は彼女のことを、一番思っていから。
だから今の僕は、どうしても先輩を助けられる力が欲しかった。
タミは母屋の隣にある小屋に入って行った。
僕はタミの姿を目で追いながら、一端気持ちを落ち着かせて、
「先輩、お婆さん何くれるんですかね?」
彼女は、さあなと言って歩き始めた。少しは考えたら?
「マサキ、ちょっといいか」
玄関の扉を開ける前にと呼び止められた。先輩が真っ直ぐこっちを見ていたのだ。
僕は立ち止まり、彼女と目を合わせる。ドキドキ。
「お前に話しておきたい事がある」
先輩何でしょうか、どんな告白でも僕は受け止めますよ。
「……あのな」
「はい」
や、やばい。心臓がバクバクしている。
「おそらく今夜、闇組織がマサキやアタシに接触してくるはずだ」
「え?」
なんだよー! 告白じゃなかった~!
闇組織情報かぁ~~。
でも凄く重要だな。うん。
「多分な。アタシの勘だが、そろそろだと思う」
「いや先輩、それってどうやって?」
「……奴らは色々とアタシ達から情報を引き出そうとしてくるだろう」
あれ? 僕の質問はスルーなんだね。
「だがアタシは、奴らを信用していない。こんなことをした奴らを許さない……だから、今日ここで起こった事や、今マサキが話した事などを一切言わないでほしい」
それは怒りにも満ちた表情で、僕に伝えてきたのだった。
「分かりました。安心してください! 先輩がそこまで言うなら僕は死んでも話しません。でもどうやって組織は接触してくるのか不思議ですけど」
彼女は2度目の質問にも答えず、頼むと言っただけだった。
そうだ! ここで今の僕の気持ちを伝えよう、先輩の事を思うからこそ言える言葉を。
「僕は……僕は、先輩にずっと付いて行きます。どんな試練があろうと、絶対に支えていきます!」
「フッ、生意気な」
真っ直ぐ僕を見ていたその瞳が、一瞬柔らかくなった。
「マサキ、ありがとう」
よし! 今は彼女の笑顔を見られただけで十分だ。
僕は憧れの先輩を全力で支える決意をする。
欠けた月に祈りを込めて、家の中に戻って行った。