14「スーパームーン」
既に夕方になっていた。ヒグラシが煩く鳴いている。
脅威の去った集落は、死者が出なくて皆安堵していた。
集落の男達は魔力の使い過ぎによる疲労で、地べたに座り込んでいた。女性や子供達は疲れきった者達を癒すために、家から出てきて忙しそうにしている。
攻撃を受けて腕を骨折した男には、奥さんと思われる人と女性数人が手当を施していた。
体中に怪我を負ったゼグは、ミレンの魔術で傷は塞がっていた。
だが、怪我のダメージは回復しないらしく、まだ動くことはできないようだった。
そこへ一人の老婆が近付いてきた。
「ゼグや、だいぶやられたのう」
「ああ、見てのとおり、酷い有様だ」
「その様子ではどうせ動けんのじゃろ。今日はもう遅いから、ワシの家に泊っていくがいい」
「いつも悪いなぁ、タミさん……それにな」
ゼグはちらりと、ミレンや先輩そして僕を見た。
「あぁ、もちろんわかっているよ。ミレンも一緒にお泊まりな」
「いつもありがとうございます。お婆ちゃん」
「それと、あの二人もじゃ。お前さんが面倒を見ておるのじゃろ」
ゼグは小さく頷いた。
彼は今まで襲撃者と戦っていた僕達二人に、もう一度目をやった。
僕は、地面に大の字になっていた。
襲撃者とアキが消えていった林を、ただ棒立ちになって見つめる先輩。ずっと睨むように。
老婆であるタミは、ゼグにとって古くからの友人であるらしい。
彼女は、この小さな集落の最年長。
何かと取りまとめ役をしたり、困った時の相談などもしてくれたりと、心やさしいちょっぴりお節介なおばあちゃん。
息子夫婦とその孫がいるらしいのだが、今は一人寂しく暮らしている。
久方ぶりに家の中が賑やかになるのが嬉しいと、快く僕たちを招いてくれた。
外はすっかり暗くなり、東の山間からは満月が顔を出していた。
今、食卓を囲んでいるのはゼグ、タミ、先輩の三人。
ゼグの状態は幾分良くなっていた。一人で立って歩くことは出来ないが、隣に座っているタミと昔話で盛り上がり、大声で笑える位までで回復していた。
先輩はそんな二人のやり取りに一切介入する事無く、ただじっとテーブルの上を見つめていたようだ。
ミレンは別室で僕の傷の手当てをしてくれた。
僕の負った傷の数が多かったため、治療には少々時間を費やした。
治療を終えると、食卓を囲んでいる3人に合流した。
「おや、マサキ君はもう良くなったのかね」
近付いてきた僕達にいち早く反応したのはタミだった。
ミレンはゼグの隣の椅子に座り、相当疲れていたのか「ふにゃ~」とか言って直ぐテーブルに突っ伏した。
ひと通り挨拶をした僕は、空いている椅子に座った。当然、先輩の隣。
「今日はいっぱい治療しました。流石に疲れましたぁー」
ミレンが蚊の鳴く様な声で呟いた。
そして、そのまま寝てしまったのだ。寝息がかわいい。
そうですよね、今日は治療2回分ですからね、ホントありがとう。
タミは毛布を持ってきて、寝ている彼女にそっと掛けてあげていた。
そしてテーブルの上を見ながら口を開いた。
「すまないねぇ。ここの住人たちを救ってくれた客人をもてなすのに、こんな食べ物しかなくて……」
お婆ちゃんの一人暮らしだからね、質素な位が丁度良いと思います。
僕はありがとうございますと言って返したが、先輩は黙ったままだった。
「今日は大変な日じゃったろ、遠慮なくおあがり」
皆で頂きますと言って、夕食が始まった。
「ここら辺はね、昔は人が多く行き交う場所だったのさ。そのおかげで人々は豊かな生活をしておったんじゃよ」
「うむ、そうだったな」
とゼグが相槌を打つ。
「じゃがある日、魔王がこの地降り、取り憑いてしまった。彼らによる恐怖の支配が始まり、争い事が絶えなかった。それらが人々の悲劇となって、現在に至っておる」
そういえばあのザリチェと言う男、神の下部とか言ってたが相当強そうだった、一体何者なんだろう。
「あやつは魔王の手先じゃ。奴らは魔王を神と言っておるがの。ワシらには悪魔にしか思えん。挙句、魔王はこの地域一帯に強力な結界を張った、外の世界と隔離したんじゃ。」
それは驚きの事実だった。この地域が隔離されていたなんて、大きな鳥かごの中という事なのか。
結界は強力で、どんな事をしても破壊出来なかったそうだ。いまは結界を破壊しようとする者すらいなくなってしまったらしい。
外との交流が途絶えた事は大きな打撃となり、裕福な生活に慣れ親んだ人々は徐々に荒れていった。生きていくには苦い日々が続いていたが、自給自足でなんとか今まで耐えてきているという。
「さて、お主ら二人どうやって外界からこの地へやって来たかは少々疑問じゃがな。今こうしてゼグが保護しておるという事は、それなりに見込みがあるという事かの?」
「ああ、そうだとも。彼らはオレらの大切な客人だ」
「……ゼグや、お前さんが以前に言っていた者たちがこの若者二人ということかね?」
「それは俺にもよくわからねえ。だがなタミよ、こんな所にわざわざ乗り込んでくる奴らなんて、変わり者以外に何だってんだ? 俺はこいつらに賭けてみようと思う」
「確かに……ゼグの気に入ったお主ら二人変わりもんじゃ。しかも、強力な能力を持ち合わせているみたいじゃからのう」
タミの言った通り、僕達の身体能力は常人のそれを遥かに超える強化が施されている。ついでに魔法まで使えるようにしておいてくれていたら満点だったのにね。
「お主らの目的が何にせよ、魔王を倒さぬ限りここからは出られんぞ。結界を張り巡らせたのはヤツじゃからの。ここから北に見える山『王城山』の山頂にある城におるからのう」
『王城山』……そのワードを訊いた僕と先輩の表情が一瞬凍りついた。
「……おいマサキ、それってアレだろ?」
「でも先輩、王城山って言っても日本各地いろんな所にありますよ」
「いいや、間違いない。前にも同じような話をゼグから訊いた。その時魔王城を見たんだが……山の形までは気付かなかった……確かにアレは紛れもなく」
先輩は一つの疑問が解けたように、自分の記憶を肯定するように強い眼で僕を視た。
王城山が僕の知っているあの山なら……。
昼間見た東西に聳え立つ山脈。
僕が居た世界と同じような暑さ、同じ匂いの空気。
夜空には一際明るい満月……。
「スーパームーン……!」
僕は思わず立ち上がり、家の外に飛び出していた。
そして夜空を見上げていた。
「やっぱり!」
「おいマサキ。急に血相変えて飛び出しやがって! 夜空に何が見えるってんだ……あっ」
夜空に高く昇った大きな月が、半分無くなっていたのだ。