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13「激闘の末、二刀の少女現る」


 体高2.5メートル超の狼型の黒い魔獣が僕を狙い襲っていた。

 その力は強く、常人が食らえば即絶命だろう。


 魔獣の放つ数多くの攻撃を受けたが、肉体としての機能は壊されるには至っていなかった。



 ――この世界に召喚されて得たもの。それは常人を超えた肉体だった。



 ほぼ全てにおいて強化された僕は、脳の処理速度まで上昇すると言うのか。

 魔獣と対決する今、全ての動作がスローモーションに見えていた。


 右手には鉄の塊で出来た戦槌を持っている。

 当然今まで一度も使った事は無く、構えなど全然様になっていない。


 だが、たとえ不慣れであろうとも、相手がスローに見えれば十分に使える。


 こちらは攻撃を待っていればいい。

 近寄ってきた所に戦槌をブチ込めばいい。


 先ずは右から一撃!


 魔獣は何が起こったのかと、困惑しているようだ。

 先程まで獲物を痛めつけていたのは自分だった。手出しできずにただ狩られる者を、仕留めるために。


 次は降り上げ、顎を打ち抜く!


 避ける間も与えないぼどの至近距離で叩き込んだ。


 頑丈な奴だな、今度は左前足へ!


 魔獣の体勢が崩れた。寸でのところでこらえ、僕を睨む。

 このままではやられてしまうと思ったのだろう、相打ち覚悟で仕掛けてきた。


 牙がギリギリ僕に当たる瞬間をねらって、身をかわす。

 それと同時に戦槌を上方から、渾身の一撃を打ち抜く。

 魔獣の脳天へヒットさせたのだ。


 痛みに耐えかね絶叫するが、遂に泡を吹いてその場に倒れた。

 そのまま微動だにしなかった。


「やった……勝った」


 怖かった。

 死ぬほど苦しかった。

 でも僕は、勝利できた。

 

 気持ちが落ち着くと、時間の流れが元に戻り、周りの背景が飛び込んできた。雑音も聞こえる。


 その瞬間、僕は膝から崩れ落ちた。

 全身の傷から血が滴り流れている。だが、


「や、やれば出来るじゃん僕って」


 目の前の魔獣は、白目をむいて倒れていた。

 絶命まではしていなかったが、確実に動けない。


「ハァハァハァ、先輩は」


 我に返った僕は金属がぶつかる甲高い音が鳴る方を向いた。

 痩せ細った黒衣装の男に、長剣を自在に操る彼女が無数の斬撃を浴びせていた。


 男はその激しい斬撃を全て受け切っていた。

 いや、ただ斬撃を浴びているだけ。避ける動作はしていない。


 先輩の表情に余裕など一切なかった。


 対する男は微笑を浮かべていた。



 時折、黒衣装の男は右掌を先輩に向けて、地面を削る鎌鼬を射出している。


 彼女はそれをギリギリ避けるか、剣で往なしている。

 恐らくそれも長くは続かないだろう。明らかに疲れが顕わになってきている。体力が落ちてきていたのだ。



 剣を叩き込む力は全力で、鎌鼬を避ける事に気を使わなくてはならない。


 対する男はほぼ棒立ちであり、動作は右腕が彼女を追いかける位だ。圧倒的な運動量の差があった。


 先輩は射出される鎌鼬を全て避けきれなくなってきた。体のあちこちに切り傷が増えてきている。



「では、このような攻撃はどうですかね」



 黒衣装の男ザリチェは、掌を大きく左から右へと払う。それと同時に、


「スィクル!」


 呪文を唱えた瞬間、大きな鋭い魔風が発生。先輩を襲う。

 彼女は剣で防ぐが、弾き飛ばされてしまい、大きく後ろへ倒れてしまった。



 僕は思わす先輩を助けに入ろうとするが、体が動かない。激痛で感覚がマヒしていた。

 やばい! このままでは先輩がやられてしまう。



 何か、何かこの窮地を脱する方法は無いのか――。



「そうですね、そろそろ終わりに致しましょうか」


 ザリチェは両掌を彼女に向けた。




 だめだ! その人は僕の大切な。




 先輩は苦悶の表情。


 諦めかけたその時!


 茂みの奥から小さな影がザリチェに衝突! 強烈な金属音が発生した。

 それと同時にザリチェは後方へ吹き飛んだ!


「――――――ッ!」


 先輩の目の前には、小柄で両手に一本づつ剣を持ち構える少女の姿があった。



「一体?」


ザリチェは一瞬何が起こったか解らないでいた。

 自分が居た場所を振り返る。


 少女と目が合った。それは鋭く殺気に満ち溢れていた。


「アキ……」


 先輩が小声でつぶやいた。


「え、あの子が」


僕は少女の風貌を見て驚愕する。

 血だらけでボロボロの衣装。汚れたままの身体は、遠くからでも鼻に着く異臭がわかる。

 そして、あまりにも人間離れしたその表情に恐怖を覚えたほど。


 アキは無言でザリチェを睨んでいた。口は半開きになっていて白い犬歯が見えている。


「クッ! 今なぜお前がここに」


 明らかにザリチェの顔に動揺の色が浮かんだ。この事態を全く予想していなかったのだ。


 アキは何も言わない。

 ただ荒く息をしているだけだった。

 

 ザリチェのみを睨んでいる。

 


 先輩は動けないでいる。剣は飛ばされて手元には何も無かった。衣服は破けて肌の傷が見えていた。

 だが今は自分のキズよりも、アキの行動が気になっていた。


 僕も動けない。同じく全身傷だらけで、激痛が体中を支配していた。


 二人とも、新たに出現した少女の動向をただ見守るしかなかった。



 ザリチェが起き上がると、アキが踏み込み動いた。

 二本の剣を振り立て高速で接近する。


 それを見た男は魔風攻撃で迎え撃つ。両掌を少女に向けて連続射出!


 無数の鋭い鎌鼬がアキを襲うが、素早く二刀で全て切り落とした。

 足の速度は緩めていない、一瞬でザリチェの目の前に。


 二本の剣が襲いかかる!


 しかし、空を切る音。男は辛うじて体をかわした。


 その後も二人の攻防が続く……。


 僕と先輩はその激しい戦いを固唾を飲んで見入っていた。


「す、凄い!」


 アキはその子供のような体格を活かして、すばしっこく攻める。ザリチェはそのすべてを紙一重で見きり、反撃の魔法を放つ。


 だがある時、攻防の均衡を崩す動きを見せる。

 ザリチェが均衡を嫌い、仕掛けたのだ。


 アキの攻撃のパターンを読み体をかわした次の瞬間、思った通りの場所に少女の体が残ったのを確認。


「フッ、甘いですよ!」


 狂気に満ちた男の左掌は少女を捉えていた。避ける事の出来ない距離で即座に魔法攻撃!


 しかし既に少女の姿はなく、鎌鼬は空を切った。


「ばかな!」


 目を疑う表情のザリチェ。無防備になったその直後、


「ぐはぁぁぁあっ!!」


 悶絶の叫びが上がる。 背後に回ったアキの剣が、脇腹にめり込んだのだ。


「え! 何故、どうしてアレが当たるの!?」


 思わず先輩が発した言葉だった。その表情は驚愕に満ちていた。

 彼女がいくら攻撃しても男に当てられなかった剣を、アキはいとも簡単に突破したのだ。


 そう、ザリチェの結晶の鎧が剣を弾かなかった。いや、弾く金属音は確かに聞えた。だが同時に盾の影響を受けない攻撃が存在していた。何故だ。


 しかし、脇腹にめり込んだ剣は、男に傷を負わせてはいなかった。なぜならその剣は、既に刃が落ちていたのだ。


 なまくらと化したアキの剣。

 何の手入れもせずに、今日までずっと使い続けていたからだろう。刃は錆つきボロボロ、殺傷能力は無く只の鈍器と化していた。


 脇腹に強烈な一撃が入り、狂気に満ちた男の顔が歪む。

 

「クソッ、小娘がッ!」


 ザリチェは後ろを向くが、少女の姿を捉える事が出来なかった。

 また背後から、今度は肩へ。


「ガァァっ!!」


 肩甲骨にひびを入れる程の一撃が入った。

 ザリチェは痛みのあまり倒れ込んだ。そのまま転がって距離を取り少女の方を見た。


 アキは無言で男を睨んでいる。口は半開きになっていて、白い犬歯が先程よりはっきり見えていた。



 額に脂汗を垂らしながら、ザリチェは後ずさりをする。


「邪魔が入ってしまいましたので、本日は此処までと致しましょう」


 少女から距離を取りつつ、気絶している魔獣へ向かって「ヘグゼン!」と叫んだ。


 その言葉に反応して、気絶していた魔獣が起き上がった。



 首はうなだれていて目は虚ろだが、それでも主人のいる方へと向かう。


 徐々に離れていく男を追うように、アキは動こうとする。しかし、ザリチェが魔法のけん制を放っているため距離が縮まらない。



 魔獣が男の側まで近寄ると、その背に跨った。

 素早く駆け出し、彼らはそのまま林の中へ消えて行った。




 アキはそれを追うように駆け出そうとして、



 一瞬だけイズミ先輩を見た。




 そして少女は男を追って、林の中へ消えていってしまった。


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