10「魔王の下部 魔人幹部ザリチェ登場」
5匹の魔獣をあっという間倒してしまった小野先輩は強い。
彼女は強すぎる僕は思い、唖然としてしまった。
「おう、遅かったな。だが感謝しろ、最後のはマサキのために取っておいたからな」
「え―っと、……はい?」
予期せぬ先輩の発言に、僕は一瞬戸惑ってしまった。
「残りの一匹だ。複数相手にするよりはマシだろう?」
「いやいや。とてもじゃ無いけど、僕には荷が重すぎます。残り一匹って言ったって……出来れば遠慮したいですけど……」
「フフッ。このアタシが冗談を言うはずなかろう。本気で言っているのだぞ!」
この時、間違いなく僕の顔は引きつっていたはずだ。
「多分アタシの相手は、こいつじゃないと思うからな」
どうゆこと?
集落の男達は、先程まで氷塊攻撃を続けていたらしいのだが、今は止めていた。
彼女の邪魔をしない様にしているのと、すでに全員の魔力が尽きてしまったようだった。
今は、先輩と魔獣が睨み合い膠着状態。
先の戦いを見て、魔獣が警戒していると言ったところだ。
だがそれも長くは続かなかった。
先輩は何かに気付いたのだろう、視線を魔獣の後方に移し、表情を強張らせた。
「フッ! こんな魔獣ごときに、あの爺がやられるとは思っていなかったよ。どうやら貴様の仕業だったか」
「…………」
「そんな所に隠れていないで、出てきてもらおうか!」
僕は先輩が睨んでいる方向を目で追った。奥から小さく笑い声が聞こえる。
魔獣の後方の茂みから、ゆっくりと人の影が現れた。
先輩の発言はそういう事だったのか。
「いやいや、これはこれは、女性なのに大変お強い方のようですね」
黒い衣装に身を包み、ひょろりとやせ細った男。その表情は狂気に満ちていた。
「私は、この土地を支配する神の下部『ザリチェ』です。以後お見知りおきを」
口の端を釣り上げ、ザリチェは紳士的にお辞儀をした。
「アタシは小野イズミ、今年から生徒会長を仰せつかった。困ったことがあったら何でも相談してくれ」
「いや先輩! 相談とか今それ必要無いでしょ。あ、俺は北澤マサキです。この人の後輩です」
ザリチェの挨拶を受けて、僕たちも律儀に自己紹介した。
「クククク、いいですねぇ。お二人ともちゃんと躾られているご様子ですね。関心関心」
ザリチェは魔獣の横に立ち、その首元をなで始めた。
「実は私、あなた方に用があってこちらに参りました。あなた方を探し出そうと、少々手荒なまねをしてしまいましたが、結果お会いできて良かった」
「ほう、やはりこのアタシに相談をしにきたのだな!」
「先輩! そんなわけないでしょ」
何故この場面で天然かます?
「やいザリチェ! 集落を襲っておいて、どういうつもりなんだ!」
気が付けば僕がザリチェと会話をしていた。
「私としても、出来れば無駄な折衝をしたくはありません。ただ残念な事に、先程ウチの飼い犬が5匹も亡くなってしまいました。けれど、そちらの余命幾許も無いご老人があの怪我でいらっしゃいます。おとなしくして頂ければ、双方お相子という形で今回は目をつぶりましょう」
「な! それはどういう意味だ」
「あなた方二人、私に捕まって頂ければこの場は納めようと思いまして。いかがです?」
ザリチェはどう見積もっても悪党にしか見えない。場の収束のため彼に従った所で、どうせ殺されるのがオチだろう。
先輩は僕に耳打ちをしてきた。
「マサキはあの犬コロを頼む、アタシはガリ男をヤル」
「ちょ、待って下さい! あんな気持ち悪い大きな犬と戦った事ないですよ」
「大丈夫だ、今の自分の力を信じろ」
いや、だから実戦経験ないんですけど。
「おやおや、作戦会議ですか? 実を申し上げると、あまり時間の猶予はありません。しかしながら、ここは大事な決断をする場面です。お決まりになるまでどうぞ」
ザリチェさん、待っててくれるのね。
「いや、大丈夫だ。先程の貴様の話は、お断りしよう!」
先輩はきっぱりと断言した。ここは僕のために、もうちょっと時間掛けましょうよ。
彼女の答えを聞いたザリチェの表情に再び狂気が走っていた。
「では仕方ありません。その決断、後悔させてあげましょう!」
ザリチェの合図と同時に、魔獣が僕に向かって突進してきた。
僕はその場で戦槌を構えるが、武器使用での戦いは初めて。全く様になっていなかった。
「折角、魔法の世界に来たんだから、せめて初戦はスライム辺りから戦いたかったでスッ!」
「泣き言を言うな! アタシという最強人物とのパーティーを組んでいるのだぞ。その位我慢しろ!!」
クッ、そうだ! 僕は憧れの先輩と一緒だった!
しかもその人からパーティー組んでるって言われた。超嬉しい―。
まあ、明らかに乗せられた感じだったけど。
よし、ここは腹をくくってカッコいいとこ見せよう!
先輩の期待に応えられなければ、親衛隊員の名が廃る。
男、北澤マサキとことんやってやりますよ。
犬コロめ、目に物見せてくれる!
「ええい――!」
僕の掛け声と同時に、魔獣が襲いかかってきた。
こうして僕の初陣が始まった。