02
「村田花実、貴方、今日学校には行かない方がいいと思う」
背後から声が聞こえ、振り返るとそこには風変わりな女性が立っていた。桃色の短髪に白い肌、そして青に金色のグラデーション掛かった虹彩を持つ、不思議な眼。薄ら笑いを浮かべ、彼女はそんな言葉を口にした。
「どういう事でしょうか」
聞き返すと彼女は思い出した様にスマホに財布にと鞄から取り出した。
「もう学校にはお休みするって趣旨の連絡入れてあるから。立ち話もなんだし、どっかお店入ろう」
昔から男性からのお誘いはハッキリ断れるのだが、どうも女性からの誘いを断るだけの勇気が私には無い。ましてやこんなに綺麗な女性に何を言えるか。女性は手を肩に回しそのまま馴染み深い人魚のロゴの店へと私をエスコートしていく。
スタバに入ったことの無い私はソイラテを、女性は長くてよく分からないキャラメルやらナッツだかのやつを頼んだ。席に着けばやっと、というように話を切り出してきた。
「私は雨宮香澄、今は専門学校生やってるんだ。髪とか目とか…すごいでしょ?」
「ええ、そうですね」
「今日は花実にお願いしたいことがあって、ここに来たんだよね」
「何でしょうか…」
「あー、かしこまらないでね。実はさ…信じてもらえるかどうかは知らないけど…私、実は田村花実」
「…同じ名前って事ですか」
「そうじゃなくて。そしたらさっきの自己紹介何なのよ。だから、私も田村花実なんだよ」
「意味が分かりません」
「だよなぁ…んー、はっきり言うね。私、田村花実の生まれ変わりなんだ」
「帰ります」
やばい人に捕まった。名前を知られている以上通報した方がいいか?それより今はこの澄んだ目で淡々と可笑しな事を語るこの女性から離れたい。
「わぁぁあ待って!!分かった、分かったからわかりやすく説明するから!!ね?」
何がなんでも話を聞いでくれとせがむ雨宮さん。よく考えてみれば勝手に休みの連絡を入れられたとなっては家にも帰れない。私が折れるしか無さそうだった。
「実は田村花実は今日学校に行ってたら天国コースまっしぐらする所だったのよねー」
私はよく説明が下手だと言われる。そして雨宮さんは私と同じく説明下手だ。説明下手な私ですら文句をつけたい。嗚呼、今まで話を聞いてくれていた人達に感謝しなければ。もし彼女が私だとするならば、私の喋りは自分でも分からない程意味の分からないものだったのか。
「雨宮さんは説明下手って言われませんか」
「言われる。恐ろしい程言われる」
「だと思いました。ちゃんと分かりやすく説明してくださいよね、私なら私の話理解出来ると思ったら案外出来ないものだって分かったので」
「ん、じゃあ口で説明するよりこれ見てほしいんだよね」
そう言うと雨宮さんは1冊の手帳を開いた。
20XX年X月XX日 9時12分
田村花実、事故死。
手帳にはそれだけ書かれていた。
「なんです?これ、デスノートですか」
「まあ、それに近いね。正確に言えば私の記憶の中での田村花実の死因を書いたもの」
「流石にこれは気分悪いですけど」
「あぁごめんね、もう少し話を聞いてほしいんだわ。信じてほしいからさ、ほら、時間まであと2分」
私たちの間に緊張が走った。もしこれがデスノートでその通りになるとしたら、照明が落ちてくるとか車が突っ込むとかで私は死ぬかもしれなかった。あと一分、30秒。刻一刻と迫る私の死。5秒前、321…。
「何も起こらないんですけど」
雨宮さんは静かに手帳を閉じた。すると少し頭を抑え、こちらを見つめた。その目は先程と何かが違った。そしてもう一度手帳を開くように、と私の前へと差し出した。私は手帳を受け取り、手帳を開いた。すると、死因は全く違うものが書かれていた。寿命も20年ほど先に伸びている。気掛かりなのは、自殺、という文字。
「これ、どうなってるんです?どういう手品です?」
「それね。取り敢えずスマホ。美穂のTwitter開いてみて」
私は鞄からスマホを取り出して確認する。美穂は唯一SNS上で繋がりのあるクラスメイトの名前だ。もちろん簡単に見つかる。
「何?理科室が爆発?」
「その子動画付きで呑気にツイートして馬鹿みたい〜って思うわよね。あ、そういえば田村花実は化学の係だったよね?今日もこの時間、休み時間だけど先生の手伝いしてる時間だわ。学校、行かなくてよかったね」
「嘘」
「本当の事。信じてもらえた?」
「どうして?」
「簡単な話。神様って居たんだよね、死んでから呑気に出てきて、私の生涯のしょぼさを哀れんで、願い事をひとつ叶えてくれた」
「何を願ったの?」
「傲慢な私なら分かるはずだよ?」
「…来世は過去に生まれたい。上手くいく自分になりたい」
「そう。それだよ。その結果私が今こうしてここに居るってわけね」
「でも何で?私今死ぬ運命免れたよ?何で雨宮さんはまだここに?」
「そうね、ここでの死は免れたけど、結局また寿命が伸びた先でも同じこと願っちゃったからじゃないかな」
「でも、上手くいってるんじゃないの?来世の私は。どうして来世の私が幸せなはずなのに今の私に願わせないようにするの?」
そう言うと雨宮さんの表情が曇る。
「それは…願い事が叶ったとしてもね、それが幸せになるとは限らないって事なのよ」