今は無きあの喫茶店へ
昭和天国は文字通り、昭和の天国だった。
行き交う人々はボディコンやオバタリアンなど様々な格好をしている。
「……昭和だな」
そう呟いて武は自分が喋れている事に気付く。
先程までも一応、喋れていたが、あれは喋ると言うより、魂の声が駄々漏れになっている感じだった。
「あーあー」
試しに発声練習もしてみるが、どうやら何らかの作用で肉体に近い何かを得ているらしい。
その何かまでは解らないが、不都合はない。
「おや?君は新しい人かな?」
そう言われて振り返るとそこには優しく微笑むサラリーマンがいた。
彼も何らかの作用で肉体に近い何かを持っているらしい。
「あの、此処って……」
「此処は昭和に未練がある人間が辿り着く天国だよ。
君も昭和に未練があるのかい?」
「いえ、特には」
「そうなのかい?でも、此処に来たんだろう?
なら、きっと昭和に未練があるんだよ。
昭和天国は良い所さ。他の天国は知らないけど、此処は青春や甘酸っぱい思い出、その他諸々が含まれた場所さ。
あ、でも、あの壁から先には行かない様にね?
あっちは大英日本時代の人達が住む天国だから、まあ、時代が時代だから住んでいる人はもう殆ど、いないけどね?」
サラリーマンはそう言うと自分の腕に嵌めた腕時計を見る。
「おっと、話が過ぎたね。それじゃあ、私は仕事があるからこれで……」
「え?仕事?天国なのに?」
「私みたいなサラリーマンには仕事している時が天国なのさーーと言っても、仕事らしい仕事は殆ど無いホワイトな所さ。
皆、良い人達ばかりで出来る仕事も少ないし……」
そう言うとサラリーマンは手を振って立ち去る。
「それじゃあ、良い死後を」
「あ、はい。ありがとうございます」
武はそう言ってサラリーマンに別れを告げると二の足を踏んで歩き出す。
先程まで浮遊していたのが嘘の様に今はしっかりと歩けている。
ーーと、視界の一角に喫茶店が写る。
腹が減った訳ではないがーーそもそも、幽体に空腹感があるか疑問だがーー武はその喫茶店に入る事にした。
店内に入るとそこでは様々な人々が卓上型のゲームを遊びながら寛いでいた。
「ようこそ、インベーダー喫茶へ!」
「インベーダー喫茶?」
「おや?お客さん、知りません?」
「あ、はい。天国に来て、間もなくて……」
「なら、知らなくて当然ですね?
此処はインベーダーと言うゲームが出来る喫茶店ですよ。
論より証拠!まあ、試しにあちらの席にどうぞ!」
そう言われて、武は店内の一角へと座り、レバーとボタンのついた一昔前のゲームを開始する。
ゲームは簡単なドット絵で表示され、独特な音楽と共に敵キャラクターがノロノロと落下して来る。
武はボタンを押して敵キャラクターを消して行く。
単純なゲームだが、徐々に加速する敵キャラクターに苦戦しながらも武は敵キャラクターを消し続ける。
「失礼します。お飲み物はどうしましょう?」
「え?……あ」
武が振り返った瞬間、自機が敵キャラクターにぶつかり、残機が減る。
本来なら邪魔された事に苛立ちを感じる所だが、不思議と武にそう言った感情は湧いて来なかった。
武はそれに対して首を捻るとニコニコと笑う店員に向き直る。
「えっと、オレンジジュースで……」
「はい。かしこまりました」
店員が店の奥に消えると武は再びゲームにのめり込んだ。
しばらく楽しんだ武が店を後にすると赤毛に白いワンピースの少女ーー死神が待っていた。
『武さん』
「君はあの時の死神か……どうしたの?」
『あれから二年経ちましたからね。タクシーを使って急いで来ました』
「え?もう二年経ったの?俺、インベーダー喫茶に入って遊んでただけだよ?」
『この世とあの世では時間軸が違いますからね。それよりもデートしましょう』
「え?良いけど、何処で?」
『遊園地です』
「遊園地?」
『遊園地です』
武が訪ね返すと死神は頷く。




