天国への片道切符
『武さん。こちらをどうぞ』
そう言って武に死神が渡したのは切符であった。
"これってもしかして……"
『はい。天国への片道切符です』
死神から切符を受け取ると武は人気の少ない虹色に輝く電車の前に連れて来られる。
『こちらが天国行きの電車になります』
"随分と人が少ないね?"
『先程も話にあったと思いますが、最近は異世界関係の転移や転生が多くて天国行きの方が少ないんですよ』
"そうなんだ"
『その分、天国では伸び伸びと過ごせます。
天国にも幾つかありまして、神話に因んだ天国から近代化した天国まで多種多様です。
武さんの向かう天国はのどかでのんびりとした世界ですよ』
そう言って死神は武の腕を引いて電車へと乗る。
周りを見渡せば、老若男女問わず、皆、ニコニコとしながら天国行きの電車が出発するのを待っていた。
"早く出発しないかな?天国ってどんな所なのかな?"
"早く死んだ婆さんに会いたいもんじゃわい"
"この俺が天国行きか……長生きはしてみるもんだな?"
色々な魂の声を聞きながら武は空いている座席に死神と一緒に座る。
"おい!まだ出発しないのか!"
そんな中、一人の初老の男性の魂が叫ぶ。
"天国に行くってのに随分とピリピリしてるけど、あの人、どうしたの?"
『恐らく、電車が出発しないので痺れを切らしたのでしょう。
日によったり、物によっては1、2本しか出発しない時やモノもありますからね。
あ、心配しなくても、この電車はすぐに出発しますよ』
死神がそう言うとピシッとした姿の車掌が現れ、電車に乗り込む。
『お待たせしました。天国行きの電車、間もなく発車します』
アナウンスが流れ、プルルルとベルが鳴り止むと電車の扉が閉まる。
"ふん。やっと出発か……何年も待たせおって……"
初老の男性はぶつぶつと呟くと空いている座席にドッカリと座り、その瞼を閉じる。
"今、あの人、何年も待たせおってって言わなかった?"
『さあ?気のせいじゃないですか?』
死神はジト目で見る武から視線を外すと明後日の方を見る。
電車はガタゴトと揺れる中、雲の上に敷かれた線路を進む。
『次は黄泉の国~。黄泉の国でございます』
そう言って電車が止まった先は真っ暗な闇に包まれた世界であった。
"え?これも天国なの?"
『はい。よく見て下さい』
そう言われて武が目を凝らすと遠くに青白い光がぼんやりと浮かぶ街の様な物が見える。
『黄泉の国は文字通り、死者の国です。ここで降りる方はこの国を治めるイザナミ様が選んだ方になります』
死神がそう説明すると扉が開き、何人かが闇に引きずり込まれる様に消えて行く。
"な、なんだ?ここは?話が違うじゃないか!?"
"俺は天国にーー"
そう叫びながら闇に引きずり込まれたのは先程の男性であった。
そんな男性を見て、武は少し不安になる。
"……本当に平気なの?"
『はい。先程も言いましたが、天国は多種多様です。
まあ、住めば都と言う言葉もありますから、先程の男性もきっと住めば落ち着くと思います。
あ、武さんが向かう先は明るい場所ですから安心して下さい』
死神がそう言うと電車の扉が再び閉まり、ガタゴトと音を立てながら黄泉の国を後にする。
闇に包まれた世界を抜けると次に現れたのは宇宙の様な場所であった。
『次は天の星~。天の星でございます』
再びアナウンスが流れ、電車は数多の星が輝く銀河に止まる。
『ここは想い人を天から見守る場所ですね。
天国の間でも有名な名所の一つです』
"いや、ここは天国じゃないよね?"
『想い人の幸せを願う人々が産み出した世界なので、ここも一応、天国に該当します』
死神が武の問いに答えると再び扉が開き、また数人の人々が電車から引きずり出される様に降りて行く。
"うわ~!お星様がいっぱい!"
無邪気にはしゃぐ子供が星の彼方へと消えて行く。
それを見て、武は"ああ。本当にここも天国なんだ"と納得すると電車の扉が三度閉まり、再びガタゴトと天の星を後にする。
『次は平成天国~。平成天国でございます』
"……は?"
武が首を傾げると窓の外に高層ビルや真新しい家々が見えた。
"……なにこれ?ここ、本当に天国?"
"どう見ても、天国とは思えないんだけど?"
『ここは平成育ちの方の想いが産み出した天国です。
天国としてはまだ産まれたばかりですが、多くの人々で賑わう天国ですよ』
死神がそう説明するとまた電車が止まり、電車の中の大勢が降りて行く。
"あれ?そうなると俺もここじゃないの?"
『いいえ。武さんが向かう先は次の昭和天国です』
"昭和天国?平成天国と何が違うの?"
『昭和天国は前期、後期に分かれてます。
前期は第二次世界大戦前の人々、後期は第二次世界大戦後と分かれます。
基本的な接触は殆どありませんが、どちらも住めば都ですよ』
死神がそう説明すると扉が閉まり、再びガタゴトと電車が発車した。
"なんで天国も区分されてるの?"
『以前もお話ししましたが、この世とあの世は表裏一体なんです。
この世に時代背景がある様にあの世にも時代背景があります』
"ふ~ん。一口に天国って言っても色々な場所があるんだね?"
武がそう呟くと電車は発展途上中の一昔前の街並みへと進んで行く。
『ここでお別れですね。少し淋しいです』
"まあ、また来るんでしょ?"
"その時、また会おうよ?"
『はい』
死神は目尻に涙を浮かべながら満面の笑みで頷くと電車が止まり、その扉が開く。
そして、武の魂を引き込む様に電車の外へと見えない力で押し流して行く。
"じゃあ、また会おうね?"
『はい、武さん!良い死後を!ーーあ。浮気は駄目ですよ?』
"しないよ"
武がそう言うと死神を乗せた電車の扉が閉まり、ガタゴトと発車する。
"……そう言えば、あの電車って片道なんだよね?"
"あの子、どうやって戻るんだろう?"