現代版の三途の川
やがて、一筋の光が見える。
その光の先には彼岸花に埋もれた大地と深い藍色をした水の流れる川があった。
『ここが有名な三途の川になります。死者はこの川を渡って閻魔様の元へ向かいます』
"閻魔様って、あの閻魔?"
『はい。あの閻魔様です』
死神はそう言うと武の腕を引っ張って船着き場へと向かう。
船着き場には現代で知られるモーターボートが停まっていて、Tシャツにジーパン姿の男性が整備をしている。
そんな姿を見て、武は自分がまだ生きているのではと錯覚せずにはいられなかった。
"ここであってるの?"
『はい』
"なんか、随分とイメージが違うんだね?"
"三途の川って言ったら木製の渡し船じゃないの?"
"それに石を積む子供やそれを邪魔する鬼とか見ないけど……"
『それは三途の川じゃなくて賽の河原ですよ、武さん。
あそこは今でも確かに鬼や子供がいますが多分、武さんがイメージするモノとは違います』
"そうなの?"
『はい。この世とあの世は表裏一体なんです。
ですから、渡し船も進化してモーターボートになってたりもしますし、他にも色々と進化してるんです』
"……ああ。そうなんだ"
武がそう呟くと死神は彼から離れて、男性に近付く。
『すみません。船をお願いします』
『あいよ!さっさと乗んな!』
男性は威勢の良い声でそう言うと二人が乗るのを待ってからボートを走らせる。
武はモーターボートで波打つ水面を眺めた。
するとそこには子供の時の自分や学生時代の頃の自分などが映し出される。
"これが走馬灯って奴か……"
『はい。武さんの初々しい姿が見れて、私、感動です!』
死神は武の腕に抱き着きながらそう言うと、その胸を彼に押し付けた。
だが、興奮やドキドキ感はない。
何故なら死=三大欲求ーー食欲、睡眠欲、性欲ーーからの解放を意味するからである。
なので、武が思った事はーー
"あ、胸を当てられてるのか"
ーーくらいにしか感じなかった。
だが、死神は違うらしい。
『ひゃっ!?ご、ごめんなさい!!』
死神は顔を赤らめながらそう言うと武の腕から離れ、恥ずかしそうにモジモジとする。
"あ、今のはちょっと可愛いかも……"
『も、もう!武さんったら!心の声が洩れてます!
おだてたって何もありませんよ!』
実際、そうなのである。
魂だけの存在となった武の考えている事は本当に洩れているのだ。
武は頭を掻くと考えるのを止め、水面を眺める。
車に跳ねられるのを最期に水面には何も映し出されなくなる。
そんな水面を見続けていると死神のお風呂シーンが映し出された。
モチロン、こんな場面を目撃した事はない。
"……ナニコレ?"
武は水面を見るのをやめると死神に顔を向けて訊ねる。
『私のサービスシーンです。
どうですか?興奮しましたか?』
"それが不思議と湧いて来ないんだよな。なんでだろ?"
『ああ。三大欲求から解放されたからですね。
しまった。それを考えてサービスシーン作るんだった』
『ははっ!死神からモテる男とは辛いねえ、兄ちゃん!』
"え?は、はあ……"
武は男性に相槌を打つと落ち込む死神に呟く。
"まあ、俺の為にやってくれたんだよな。サンキュー"
『……武さん』
その言葉に死神は潤んだ瞳を向ける。
その顔を見て、武は頭を掻く。
『イチャ付いてる所悪いが、到着するぞ?』
『あ、はい!』
死神は男性に頷くと岸に辿り着いた船から武の手を取って降りる。
『じゃあな、兄ちゃん!良い死後を!』
男性はそう言うと船を旋回させて船着き場へと戻って行く。
『さあ、行きましょう!閻魔様の元へ!』