天国での最後と新たな門出
それから二人は長い時を過ごし、より親密な関係となった。
時に食事をしたり、一緒にベッドで雑談したり、喫茶店に行ったりーー思い付く事はなんでも実行した。
少しでも長く、二人の思い出を作る為に……。
そして、あっと言う間に70年が過ぎ、別れの時がやって来る。
『お別れの時ですね』
最後の時間、死神が寂しそうに呟く。
「うん。そうだね」
『武さんが武さんじゃなくなっても、私、武さんの事を忘れません!』
「俺も忘れないよ」
武が優しくそう言って死神にキスすると死神は涙を流す。
『武さん。武さんは私といた事を忘れてしまいます。それが天国の在り方ですから』
「そんなの関係ないよ。俺、何になっても君との時間忘れないよーーいや、忘れる事なんて出来ない」
『……ふえ……武さん』
死神はベッドに座る武に抱き着きながら、声を殺して泣く。
ーーと、二人のいる部屋のブザーが鳴らされる。
「もう行かなきゃ」
『待って下さい。もう少し、このまま……武さんのーー貴方のぬくもりを少しでも忘れたくないんです』
「でも……」
『お願いです』
武は頭を掻くとしがみつく死神の頭を撫でる。
ブザーが再び鳴らされ、外から鍵が開けられる。
入って来たのは仕事着である黒いローブを纏った男性の死神であった。
『武さん、お迎えに上がりました』
「すみません。もう少しだけ待って下さい」
男性の死神は二人の様子を見ると困った様な顔をする。
『おい、君。武さんは転生しなきゃならないんだ。早く離れたまえ』
『もう少し……もう少し、このまま……』
『そう言う訳にはいかないのは君も知っているだろう?
死者はいずれ、転生しなきゃならないんだ』
『解ってます。解ってますが、武さんと離れたくないんです』
『死者の転生を妨害するのは重犯だ。解っているだろう?』
男性の死神はなんとか武にしがみつく少女の死神を説得しようとするが、死神は『待って』と言うばかりで武から離れようとしない。
そんな彼女を見て、男性の死神は溜め息をつくと武を見る。
『武さんからもなんとか言って下さい。このままだと、自分も怒られてしまいます』
「俺からもお願いします。この子が落ち着くまで待って貰えませんか?」
『貴方まで、そんな事を言うんですか!?』
男性の死神は武の言葉に叫ぶと溜め息をもう一度ついて携帯電話を取り出し、何処かへ電話する。
『もしもし、北城武さんの転生の件ですが、少々問題がありまして。
はい。例の担当の死神がーーえ?その死神も転生させろ?』
男性の死神は困惑した様子で携帯電話の相手に『はい。はい』としばし、頷く。
『解りました。では、その様に……』
男性の死神は携帯電話を切ると二人を見る。
『お二人とも、転生行きが決まりました。一緒に来て貰います』
「え?この子も転生するんですか?」
『はい。前例のないケースですので、どうなるかは解りませんが……』
その言葉に少女が顔を上げ、武が男性の死神に尋ねる。
「つまり、俺とこの子は現世で一緒になると?」
『そこまでは断定出来ません。転生で何になるかは神の気紛れですから。
人間になるか解りませんし、ましてや、同じ生物になるかは神のみぞ知る事ですから』
男性の死神はそう言うと二人に背を向け、扉を開けた。
『まあ、二人の思いが神に通じたんだと思います。神の機嫌を損ねる前にお早くタクシーにお乗り下さい』
男性の死神にそう言われ、二人は顔を見合わせるとベッドから立ち上がり、タクシーへと向かう。
『武さん。武さんがどんな生物になっても、私、武さんと一緒になりますからね』
「うん。俺もだよ」
二人はお互いにそう言うと天国での最後のキスをして外へと出る。
こうして、二人は転生して新しい身体を得る事となる。
二人がどんな生物になり、その愛を貫けたかどうか……。
それこそ、神のみぞ、知る事である。
願わくば、二人に良い縁がある様に……。
あくまでも天国が舞台なんで、この話はここで打ち切りです。
此処まで付き合って頂き、感謝m(_ _)m