貴方の傍に
武が再び死神と再開するのはそれからすぐの事である。
「武さん、また来ちゃいました」
「うん。どうぞ」
武は死神を招き入れると二人は机を挟んで向かい合う様に椅子に座る。
それを合図にする様にレコード盤が現れ、ジジッと芯が引っ掻く音がした後に落ち着いたクラシックの様な曲が流れ出す。
「レコードか……俺が生まれた時はカセットテープだったんだよね?」
「でも、此方の方がムードがありますよ。
折角、この家が気を利かせているんですから贅沢は言っちゃ駄目ですよ、武さん」
「あ、いや……そんなつもりで言ったんじゃないんだ。ただ、レコードが珍しくて……」
武がそう言うと死神はクスクスと笑う。
「解ってますよ。武さんはこんな事でいちゃもんつける人じゃないって」
「……」
そんな死神を見て、武は手を伸ばし、その頭を撫でる。
「何か辛い事でもあった?」
「え?」
「違ってたら、ごめん。でも、なんか、無理に笑っている様に見えたからさ」
「……」
そう言われて死神はその白いワンピースの裾を握ると俯きながら武に呟く。
「……武さんの転生行きが決まりました」
「え?俺、生まれ変わるの?」
「はい。でも、私は武さんと別れたくありません」
「うん。俺もだよ」
そう言うと武は死神を撫でるのを止めると困った様に頭を掻く。
「こんなに色々して貰ったし、死後でーーいや、俺の人生で初めてキスしたんだ。
なんか、恋って言うには、ちょっと理屈っぽい理由になっちゃうけど、俺は君の事が好きだよ」
「……ふぇっ……武さん!私も武さんの事が大好きです!」
死神は顔をぐしゃぐしゃにしながら泣く。
武はそんな死神の頭をいとおしく感じながら再度、撫でる。
死神は鼻を啜り、涙を拭う。
それでもあふれでる涙が止まらなかった。
こんな時、どうしたら良いかなど、武の経験にはない。
だから、死神が泣き止むまで頭を撫で続けた。
「……ぐすっ……武さん」
「ん?落ち着いた?」
「こう言う時はキスをしたり、抱き締めるものですよ?」
「そうなの?俺、そう言う経験ないからさ?
もしかして、頭を撫でられるのは嫌だった?」
「まさか!武さんに頭を撫でられて嫌な訳ないじゃないですか!」
死神はそう言うと鼻紙でチーン!と鼻をかむと武に顔を近付け、机越しにキスをする。
それも以前の様な軽いキスではなく、相手を求める様な舌を絡めるキスだった。
武はそんな積極的な死神の行動に目を丸くしたが、やがて、その勢いに身を任せた。
欲情と言うものがない為にこれは死神の独り善がりになってしまう。
故に武はせめて、そんな死神を受け入れようとする。
「……ちゅっ……はむっ……武さん」
死神は武から唇を放す。
「……ごめん。気持ちは嬉しいけど、これ以上は出来ないみたいだ」
「解ってます。三大欲求から解放された武さんには当然、交配等は出来ません」
申し訳なさそうにする武に死神はそう言うと優しく微笑む。
「武さんの転生は彼方の世界で70年後の事……それまでは一緒にいさせて下さい」
「構わないけど、あまり親しくし過ぎると別れた時に辛くならない?」
「……多分、辛いです。でも、だからって武さんの傍にいられないのは嫌なんです」
「……そう」
死神の言葉に武は頷くとまた死神の頭を優しく撫でた。
「なら、俺からもお願いするよ。天国にいる間、俺の傍にいて?」
「ーーっ!はい!」
死神は涙を流しながら嬉しそうに答える。
こうして、長くも短い二人の生活が始まった。