再会と転生行き
「そう言えば、カレーの件を聞き忘れたな。なんで美味しかったんだろう?」
武は首を捻るともう一度、電話をかけ直そうか悩み迷い、止める。
「まあ、今度聞けば良いか……」
武は独り呟くとベッドに横になったまま、瞼を閉じる。
こうしているだけで何年も経っている。
現世は今頃、どうなっているやら……。
そんな事を思いながら、ベッドで瞼を閉じ、ベッドで時間が流れるのを感じた。
ーーとブザーが鳴らされ、死神の少女とどこか見覚えのある白髪混じりの老婆が立っていた。
「いらっしゃい」
武がそう言うといきなり、見覚えのある老婆が涙を出しながら彼に抱き着く。
「武!本当に武なんだね!?」
「え?えっと、何処かでお会いした事が?」
「何を言っているんだい!私が解らないのかい!」
「無理もありませんよ。あの世とこの世では時間が違いますから」
その様子を見ていた死神がそう言うと老婆の肩にそっと触れる。
「お母さん。そろそろ、離して上げて下さい」
「母さん?」
そう言われて、武は涙を拭きながら放れる老婆を観察する。
そして、気が付く。
歳はとっているが、それは武の母だった。
「母さん、なの?」
「そうだよ。あんたに会いたくて、ずっと、あっちで堪えて来たんだよ?」
そう言うと武の母を見守る死神が時間を気にする。
その仕草に武は首を捻りながら母親と他愛もない話をした。
天国では元気にしていたかとか、あちらでは父親と離婚したなど、様々な事を……。
「お母さん。申し訳ありませんが時間です」
「え?もう?」
武の母親は死神の言葉に振り返ると死神が頷く。
「天国では時間が経つのが早いんですよ。それに貴女は来世で転生する魂……武さんと一緒にはいられません」
「そんな!やっと会えたのに!」
武の母は愕然とすると再び涙を流す。
「本当に……やっと……やっと会えたのに……」
「心中は察しますが、貴女は此処にいるのは武さんに会いたい一心でですから、それが満たされれば、貴女は来世に転生しなければ、なりません」
「そんな……」
「貴女の望みは一目でも武さんに会う事。それに貴女は武さんと違い、少々穢れています。
もう一度言いますが、貴女は新しい魂にならなければ、なりません」
死神はそう言うと年老いた武の母の肩をポンと叩き、微笑む。
「安心して下さい。武さんの面倒は私が見ます。
お母さんは安心して来世に転生して下さい」
「……そう。仕方ない事なのね?」
「え?え?待って。まだ理解と心の整理が追い付かないんだけど……」
武がそう言って項垂れる母親と死神に呟くと死神は申し訳なさそうな顔をする。
「御免なさい。生前の三大欲求以外の強い望みを叶えた魂はその望みが叶ったなら、浄化されなければならないんです。
でないと悪霊となって現世に残るか、虚無へ送らねばなりませんので」
死神はそう言うと年老いた武の母と共に背を向けて歩き出す。
「……母さん」
「ごめんね、武。母さん、一緒に入られないみたいなんだよ」
「……そう」
その言葉に武は寂しげに呟くと母親は一度だけ振り返り、停まっていたタクシーに乗せられる。
「武さん。お母さんの事はこの運転手の死神がきっちり送りますので」
「うん。母さんを宜しくお願いします」
「かしこまりました」
運転手の死神はそう言うとタクシーのエンジンを点ける。
「あ、それとあの世なのにカレーやオレンジジュースを摂取出来る理由を聞きたいんだけど……」
「あの世の物だからですよ。欠点は天国の物を食べるとつながりが強くなって転生が遅れると言う事でしょうか?」
死神の少女はそう言うと武の母の乗るタクシーの扉を閉める。
二人がタクシーから離れると武の母親を乗せたタクシーのエンジンが唸り、発進した。
「さよなら、武!こっちでも元気でね!」
武の母親はタクシーの窓を開けて此方に向かって叫ぶとタクシーはもう米粒位に小さくなって見えなくなる。
武はそれを見送ると切ない思いを感じつつ、死神に振り返る。
「……仕方ない事なんだよね?」
「こればかりはどうしようもありません。それに本来は武さんのお母さんの様に一時的に留まるのが正しい天国の在り方ですから」
「……そう」
武は死神の言葉に小さく頷くと寂しさを堪える様に死神の手を握る。
「俺もいつかは転生するの?」
「武さんは永久的に留まる魂……その魂が次の転生を出来るかは解りません」
「……そう」
「だから、武さんは私と一緒になりましょう。
死神はあの世の者……転生とかはしませんから、貴方が転生するまで傍にいられます」
「うん。ありがとう」
武は死神にそう言うと母親の去った方をいつまでも見詰めた。