遥楓の章——この気持ちを、チョコに込めて
今日は、バレンタインデー。
私は手作りチョコを作っていた。
といっても、私は料理が下手くそだから、難しいものは作れない。だけど私は中学生。ただチョコを溶かして固めなおすだけじゃ面白くない。
そこで思いついたのが、このチョコだった。
——チョコ入りメレンゲ焼きだ。
甘さ控えめのメレンゲを作って、そこにチョコを混ぜて、天板にスプーンで垂らして、160℃で余熱したオーブンで20分焼く。
シンプルな作り方で、面白い食感に焼きあがるらしい。完成したものは湿気やすいから、今日焼くことにした。湿気たものを本命の人にあげられない。
そう。本命の人——健也くんに。
健也くんは、とても優しい人だった。
優しくて、困っている人がいたら、決して放ってはおけず、助けに行く人。
それに、とっても笑顔が素敵な人。
照れたようにはにかんで笑う笑顔が好きだ。その笑顔を見るだけで、ことりと胸が音を立てる。
それから、何事にも一生懸命な人。
今は野球に打ち込んでいて、高校も、野球が強いことで有名なところを受けるらしい。将来の夢はメジャーリーガーになることなんだとか。
そんな健也くんに、私はいつのまにか、恋をした。
片思いの恋だった。
健也くんに、想いを届けるんだ。
このチョコを渡して、好きですって告白しよう。
そう決めていた。
ハンドミキサーでメレンゲを泡だてていく。
メレンゲに湯煎で溶かしたチョコを入れて、混ぜる。
天板にオーブンシートをひいて、好きだという気持ちを込めて、ハートの形にメレンゲを垂らして、その間にオーブンを余熱する。
物によってハートが歪んでしまったが、もともと多めに作っている。それは私が食べればいいだろう。
余熱が終わったオーブンに天板を入れて、20分。
あとは待つだけだ。
今から私はドキドキしている。
……出来た。
美味しそうな香りを立てているそれを少し冷まして、形や色のいいものを選んで、ラッピングする。
ラッピングしたそれには、カードをつけた。
『健也くんへ
健也くんのことが好きです。
付き合ってもらえませんか?
芹沢遥楓より』
私は待ち合わせ場所に、中学校の前を指定することにした。健也くんの家が中学校に近いからだ。
今日は入試1日目。
だけど、私も健也くんも、推薦入学が決まっていた。
きっと、大丈夫。
きっと、来てくれる。
私は正門前で、メールを打った。
『宛先:山崎健也
差出人:☆○△◇.0214@to-you.give.jp
件名:あいたいな
健也くんへ
突然ごめんね。今時間空いてたりする?
健也くんに会いたいんだ。
だから中学校の正門前に来てほしくて。
待ってます
芹沢遥楓より』
——送信ボタンを押す。
どきどきする。
あとは健也くんが来るのを待つだけだ。
「おーい、待った?」
しばらくしたあと、健也くんが、駆けてくる。
「ううん、全然」
私は笑う。
——ついにこの時がきた。
「どうしたの、急に」
「あ、あのね……これ、あげる」
緊張して、思わず早口になる。
「え、いいの?ありがとう!」
健也くんは嬉しそうに言って、カードを見る。
心臓の音が聞こえる。健也くんに聞かれたらどうしよう、と思ってしまうぐらいに。思わず、俯く。
「——ありがとう」
顔を上げると、はにかんだような、あのとても素敵な笑顔があった。
「でもごめん。今は、野球に専念したい」
申し訳なさそうに、健也くんは言った。
——ふられたのだな、と思った。
私はゆるりと首を振る。
「ううん、いいの……野球、頑張ってね」
たとえ付き合えなくても、両思いではないとしても。
好きな人のことを応援できるなら、それでいい。
「またね」
「これ、ありがとね、あとで食べるよ!」
こうして、私たちはそれぞれ、家に帰った。
私は家に着くと、余ったチョコを口にした。
うん。甘くて美味しい。
——あれ?
「なんで、苦いの?」
ほんのりと苦味がする。
焼きメレンゲに苦味の要素なんてないはずだ。少なくとも、材料にはない。
しげしげと焼きメレンゲを見つめて、気づいた。
「……これ、裏が焦げてる」
焼きメレンゲの裏側が、焦げて苦くなっていたのだ!
「——今の私の気持ちみたい」
甘くてほんのり苦いチョコは、何故か、ついさっきのことを思い出させるのだった。