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8. あお色の夕焼け


 昼前に寝過ごしで急いで学校に向かった息子が、昼下がりに女の子を連れて帰って来たことに、母は大変驚いたが、放任主義どころか、僕が放浪息子になり、娘と時々おとんと平和の生活を送ることを望んでいる母にとっては、僕が非行に走ることは好都合だったようで、結果、生暖かい眼差しで僕たちを迎えいれ、自分は夕食の買い物へと出かけていった。


「悠人くんのお母さん、変わってるねー。でも、優しそうなお母さんでいいねー。羨ましいなー」


 そう言う彼女の目は、どこか寂しげで、彼女に限ってはそんなもの信用できないのだが、なぜか僕にはその瞳は真実のような気がした。

 まあ、彼女のような破綻した人格は、家庭内の何らかの問題が原因で築き上げられてしまった、という場合が多いだろう。そう考えると同情.......できないな。たとえ彼女がどれだけ劣悪な環境で育っていたとしても、僕は、彼女の行為に肯定の感情を抱くことは、どうしてもできそうにない。

 そんなことを考えながら、僕の部屋へと続く階段を登っていると、僕より先に階段を登っているヒナちゃんの短いスカートから、黒の下着がチラチラと見えた。

 ........案外、僕が彼女に肯定の感情を持つのは、そう遠い話ではないかもしれない。いや、あれ、もしかしたらさ、いい人だった、みたいなこととかあるかもしれないからね。そういうことだよ。

 

 僕の部屋に入った途端、彼女は待ちきれなかったのか、その大きく目尻のキュッと上がった目を輝かせながら、僕に詰め寄って来た。


「で、何で私を楽しませてくれるの?早くシちゃおうよっ!」


 言う人が言えばなかなか刺激的な発言だ。だが、その発言をしているのが、人を弄び遊ぶ悪鬼のような女なのだから、ほんの、ほんのちょっとしかいやらしい気持ちが湧かなかった。僕って本当に偉いなぁ。

 しかし、僕の部屋に女の子がくるなんて、いつぶりのことだろうか。花連とは中学以来疎遠だから、それ以来になるか。.......そう言えば、花蓮がいたな。もし僕の目論見がうまくいかなかったら、花蓮に協力してもらおう。彼女は基本的に正義感が強い方だし、すべての事情を説明すれば協力してくれるかもしれない。

 だいたい、先程は異常な事態に直面し判断能力が低下していていたのもあり、やる価値はある、なんて馬鹿げたことを思いもしたのだが、今になって考えてみたら、うまくいくわけがないのだ。


 NTRゲーを、ヒナちゃんにやらせようだなんて。


 一体、どこにうまくいく要素があると思い込んでいたのか。

 確かに、この僕の趣味は、家族はおろか二次元好きの友人からも理解されず、中にはこの僕の趣味が災いして、絶交を言い渡して来た友人もいた。

 だが、だからと言って、ヒナちゃんがNTRゲーにハマると、どうして言えるのだろうか。いや、言えるわけがない。NTRにハマる人間とは、基本的にM気質なのだ。好きな女の子が他の男に取られてしまうというのは、誰にだって苦痛なのだ。その、堪え難い苦痛が快感に変わるのだ。かくいう僕も、完全なMである。NTRにハマるには、まず絶対条件としてMでなければならない。目の前にいる女性が、Mだとはとても思えない。

 万が一、彼女がMだったとして、彼女は女性なのだ。異性として好きな女の子が寝取られるからNTRものと言えるのであって、彼女がいわゆるレズビアンでないと、彼女がNTRものの醍醐味を味わうことはないのだ。

 

「もうっ、何ぼーっとしてるのー?早くシようよー」


 彼女は思考に浸る僕を焦ったそうに促した。今頃になって何もない、なんてことを許してくれる様子ではない。もうこうなったら、彼女を楽しませるなんてことは完全に捨てて、彼女から恨まれることに集中しよう。

 そう考えたら、僕が選ぶNTRゲーは、すでに決まっている。

 その作品の名は『あお色の夕焼け』だ。

 『あお色の夕焼け』はNTRゲーの中でも悪名高いもので、NTR歴4年の僕でも、このゲームをプレイする前には入念なストレッチと軽めのランニングを欠かしてはいけないという代物だ。

 このゲームの何がきついかというと、簡単にヒロインが寝取られてしまう最近のNTRものと違い、ヒロイン達が主人公に対して本当に一途なのだ。そんなヒロイン達が、世紀末でもなかなかお目にかかれない残忍極まりない不良に、抵抗虚しく乱暴に犯されてしまう描写は、本当に熾烈を極める。鬼畜の限りを尽くしたその性描写は、普通の女性が耐えきれるものではないと間違いなく言い切れる。流石のヒナちゃんでもダメージはあるはずだ。

 僕はおもむろにパソコンを起動し、その前に彼女を座らせた。

 こんなゲームをやらせることに、罪悪感がないといえば嘘になるが、今まで彼女がして来たことを考えると仕方がない。僕を怒らせたことを、せいぜい後悔するんだな!!!



         × × ×



「.........ふぅん、こんなものがあるんだー。勉強になったなー」


 ........バッ、バカなっ!?平気な顔してエンディングを迎えやがった。しかも、一番キツいと言われ、このNTR界の大型新人の僕でさえ、一度クリアしたきりもう2度とやるつもりのなかった『町子ルート』をクリアしやがった。この女、化け物なのか?

 しかし、一番良くない展開になってしまった。彼女は明らかに恐怖も愉悦も感じていない、平素な状態だ。これでは彼女の悪質な策略を止めることができない。

 こうなったら、もう花蓮に協力してもらうしか。しかし、彼女にヒナちゃんをどうにかできるだろうか。それに、彼女を巻き込んでしまうのはどうだろうか。彼女は今回の件に関係していないわけだし。いや、しかし.....


「質問なんだけどさー」


「え?」


 彼女はパソコンからベットに座っていた僕の方へと視線を移し、続けた。


「このゲーム、君のなの?これを、自分で望んでやってるの?」


「.....う、うん。そうだけど」


「ふーん。でもさ、それっておかしいよねー?」


「おかしい?」


 まあ確かに、世の中の大抵の人間がおかしいと思うであろう趣味だという自覚はあるが、彼女の言いたいことはどうやらそうではないらしい。


「だってさー、悠人くんってさ、一途にずぅっと自分のことが好きな女の子が好みなんだよねー?なのに、なんでこんなゲームやってるの?おかしくない?」


「........なんで、僕の好みの女性を知ってるの?もしかして、菊池から聞いた?」


「菊池?誰それ?」


 ............菊池.......そういえば、外堀を埋めるとかなんとか言っておきながら、城ヶ崎さんは菊池には一切喋りかけていなかったな。あれだけ僕と一緒にいたのに、僕の友人であるどころか、存在そのものさえ認識されていなかったのか。哀れな男だ。


「そんなことよりさ、質問に答えてよ。なんで一途な女の子が好きな悠人くんが、こんなゲームやってるの?」


「.......ん」


 彼女の質問は、今まで僕が何度かされてきたものだったので、答えるのは容易なものだったが、僕は答えるのをためらった。

 なんとなく、嫌な予感がしたのだ。

 いや、理由は分かっている。今まで終始人を食ったかのような態度を取っていた彼女が、今はやけに真剣な様子なのだ。その表情はあまりに彼女に似つかわしくないものであった。

 しかし、それだけの理由で、この質問を拒否するわけにはいかない。僕に質問をする、ということは、僕になんらかの興味が湧いた、ということであろう。それはこちらにとって都合のいいことだ。彼女の関心が僕の方に向き、その分城ヶ崎さんと綾小路さんに対する関心が低下してくれれば、これほど都合のいいことはないのだ。

 僕は軽く深呼吸をした後、話し始めた。


「簡単な話だよ。ゲームは現実じゃないからね。苦痛の感じ方が全く違うよ。例えば、SM専用のムチに打たれ、快感を感じるマゾヒストがいたとして、じゃあそのマゾヒストが本物の、人を傷つけるためのムチに打たれて同じように快感を感じることができるかというと、まあ中には感じる人もいるだろうが、大抵の人は苦痛で耐えられないだろう。僕もその大抵に属していて、虚構の、偽物のムチになら耐えられるが、本物のムチには耐えられないんだ」


「ふんふん、なるほど」


「言い換えれば、僕はゲームやアニメなどの架空の世界で彼女が寝取られても耐えられるが、現実では耐えられない、ということだ。よって、一途な女の子、いや、一途な女の子というだけじゃ駄目だ。僕は、絶対に寝取られない、と僕が確信を持てる女性と付き合いたいんだ」


「.........なるほどねー」


 彼女は相槌を打ったかと思うと、うつむき何か考え込み始めた。

 その表情から彼女が考えていることを確認することはできなかったが、どうせろくなことではないんだろうけど。

 ふと窓の外を見ると、もうすでに日は落ち真っ暗になっていた。時間をみると7:30。エロゲの一つのルートを終えたのだから、時間が立つのも当然だ。これ以上、彼女を家に引き止めることは、残念ながらできそうにない。


「......ヒナちゃん、もう遅いし送っていくよ。話はその間にしようか」


「......ん、分かった」




         × × ×




 五月の東京の夜は、その景色も相まってかなり寒々しく、何かコートでも羽織ろうとも思ったのだが、羽織るものもなく、綺麗な生足を惜しげも無く披露している彼女の手前、それはできなかった。彼女に母親や妹のコートを貸すことも考えたが、彼女にそこまでする義理もないし、何より彼女たちの服ではサイズが合わなそうだ。もちろん胸の話だ。僕は基本的に胸の話しかしないのである。


 もう、家を出てから20分ほど経っただろうか、その間、彼女は一切口を開こうとしなかった。何か、僕に言いたいことがあるのは間違いがない。その20分の間、彼女はチラチラと僕の様子を伺い、今にも僕に何かを言おうとするも、結局何も言わず、少し顔を俯ける、という行為を何度も繰り返していたのだ。

 あまりに彼女に似つかわしくいないその態度にこちらも戸惑ってしまい、なかなか話しかけるきっかけをつかめず、結局この20分間、僕たちは沈黙した。


 このまま彼女を家に帰したら、どうなるのだろうか。突然彼女の気が変わり、すべての悪巧みを止める、なんてことがあるのだろうか。ない話じゃないな。僕と妹が仲良くヌーディストビーチでコサックダンスをするくらいの確率はあるだろう。流石に言い過ぎか。

 言い過ぎだとしても、このまま今日を終えるわけにはいかない。一体、何をためらっていたのか。早く彼女と話さなければ。なんでもいい。何か話を....


「ねぇ、ヒナちゃ」


「着いた」


「え?」


 気がつくと僕たちは、花蓮の家ほどではないが、一目でそこに住む住人が裕福だとわかる、大きな一軒家の前に立っていた。表札には『宇佐美』と書かれていた。そういえば、彼女の名字を知らなかったな。宇佐美ヒナ。それが彼女の姓名のようだ。


「家、ここだから」


「.....ああ、そう」


 結局、無駄に時間を過ごしてしまった。こうなれば、少しでも早く、彼女を楽しませる『何か』を見つけなければ。幸か不幸か、彼女の僕に対する期待、自分をより楽しませてくれるという可能性を、まだ捨てていないように思う。きっと明日からも、僕が話したいといえば取り合ってくれるだろう。

 とは言っても、僕がそれを見つけるまで、城ヶ崎さんの今の状況は解決しないだろうし、それに、『女心と秋の空』なんて言うしな。いつヒナちゃんの気持ちが変わるかもわからない。


「.......あのさー」


「ん?何?」


 彼女は僕に声をかけたかと思うと、またうつむき黙り込んでしまった。

 一体、彼女は何を言おうとしているのか。

 あれだけ残酷なことを平気な顔をして言う彼女が、これだけ言い淀むのだ。とても恐ろしいことに違いがない。

 恐れながらも、僕は彼女が喋り始めるのをまった。時間にして3分ほどだろうか。ついに彼女は顔をあげ、口を開いた。


「私の家、寄ってかない?今日、親帰ってこないから」


「え?」


 一瞬彼女がふざけているのかと思ったが、彼女の表情は真剣そのもので、それに偽りはないように思えた。しかし、そこに一切の色はなく、僕の期待している展開には間違いなくならないこともわかった。

 どうやら彼女は、どうしても僕に話したいことがあるらしい。


「わかった。いいよ」


「ほんとっ、よかったー。断られたらどうしようかなーって思ってたんだよねー。よし、いっぱいサービスするよー」


 期待するだけだったら損はない。一応心の準備はしておこう。


 彼女に招かれ、僕はその豪邸へと足を踏み入れた。


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