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7. 対決


「ここ、お勧めなんだー。動物かわいいしさー。癒されたい時に来るんだー。ちょっと臭いがするのはあれだけど」


 彼女は、先ほど綾小路さんが眺めていたうさぎ小屋の前に座り込んだが、その表情は先ほどの綾小路さんとは正反対の、楽しそうな笑顔だった。

 しかし、お勧めの場所が飼育小屋とは。偶然の一致にもほどがあるな。

 .......こんな偶然あるか?もしかして、僕と綾小路さんがここで話していたのを知っていたとか?それを暗に伝えるために飼育小屋を選んだとか。

 .......まあいい。こんなこと考えても無駄だ。そんなことより、今は彼女と二人っきりで話せるという機会を、精一杯生かさなければ。


「それでヒナさん、話しなんだけど」

「ヒナちゃん」

「え?」


 彼女はこちらを振り返り、少し照れ臭そうな表情で続けた。


「ヒナちゃんって呼んでほしいなー。さっき呼んでくれてたよね。嬉しかったんだけどなー」

「ああ、うん、わかった」

「よかったー。私も悠人くんって呼ぶねー」


 彼女は、本当に嬉しそうに笑った。その笑顔を見ていると、彼女が良い人だと信じたくなってしまう。全ての事情を知っている僕でそうなのだから、彼女のことを友人だと思っていた城ヶ崎さんなら、なおさら信じたくなるだろう。その信頼を、彼女は物の見事に裏切って見せたのだ。

 そんな彼女を目の前にして、僕の中に怒りが湧かなかったといえば嘘になるが、僕だって城ヶ崎さんを傷つけ、追い詰めた一員だ。今は僕のつまらない感情よりも、城ヶ崎さんの助けになることを優先しなくては。


「それで....ヒナちゃん、話なんだけど」

「はい、どーぞ」


 彼女は満足そうに僕を促した。僕は覚悟を決め、口を開いた。


「城ヶ崎さんについてのことなんだ」

「..............」


 途端、彼女の表情は悲しそうに歪んだ。

 何だ、その表情は?もしかして、今頃になって罪悪感が湧いたとか?彼女がそんな玉だとは、とても思えないのだが。

 話を続けていくうちに、案の定、彼女はそんな人間ではないことがわかっていった。


「単刀直入に言うと、城ヶ崎さんに対する嫌がらせを、やめて欲しいんだ」

「えっ!?」


 彼女は、自身の特徴的なつり目を丸くして驚いたかと思うと、困惑の表情で口を開いた。


「私、愛佳に嫌がらせなんてしてないよ.......どちらかと言うと、私が、愛佳から、嫌がらせ受けてるし」


 ん?どういうことだ?もしかして、僕が何も知らないと思っているのか?確かに、彼女からしたら、僕が彼女の悪事を知っている、なんて思う理由がないわけだし......じゃあ、僕に向けたあの笑顔や、先ほどまでの飄々とした態度は何だったんだ?自分が黒幕だと認めたから、あんな態度をとっていたんじゃないのか?

 .........待てよ、そういうことか。

 僕はポケットからスマートフォンを取り出し、彼女にわかるよう電源を切って見せた。


「大丈夫。録音なんてしてないし、これ以外の機械類も身につけてない。何なら、ボディーチェックしてもらっても良いよ」


 彼女の表情は一変し、探るような目で僕の顔を覗き込んだ。やはり、それを気にしていたんだ。

 彼女が城ヶ崎さんに対する嫌がらせを認めるような発言を、もし僕が録音していたら、音声だけでは決定打とはなり得ないだろうが、こちらを有利にするだけのものにはなる。彼女はそれを警戒していたんだ。

 

「.....じゃあ、チェックさせてもらおっかなー」


 彼女はそう言うと、いきなり僕の懐に手を入れてきた。その行動には、かなり驚かされたが、それと同時に安心もあった。これで、ヒナちゃんは、自分が城ヶ崎さんに対する嫌がらせをしたと認めたことになる。重要なのはここからだが、この承認がなければ話にならなかった。とりあえず、第一関門は突破したといって良いだろう。

 それにしても、この状態は、かなりまずいな。彼女の手は、布一枚を隔てて僕に触れているし、さらにいえば、彼女の凶器とも言える豊満なお胸の方が、いまにも僕にお触れになりそうだ。もしそんなことが起これば、僕は彼女のことを良い人認定してしまうかもしれない。どんだけ助平なんだ僕。

 ......しかし、この距離で改めて見ると、彼女は本当に美人だ。これだけの至近距離で見ても、粗らしい粗が見当たらない。本当に綺麗な顔立ちだ。

 それに、進学校の特進クラスに所属できる頭脳。さらに、妹によくおねだりされるのでわかるのだが、彼女の身につけている装飾品は、かなり高価なブランドのものであろう。どうやらお金もあるようだ。

 そんな、彼女に好意的な僕でさえ、完璧に見える彼女が、果たして人に対して嫉妬心なんてものを抱くのだろうか。少なくとも、城ヶ崎さんに対する行為が、嫉妬からきたものだとはどうしても思えない。城ヶ崎さんを悪く言うつもりはない。ただ、ヒナちゃんがあまりに完璧すぎるのだ。

 それに加え、今までの行動、特にあの笑顔のことを考えると、彼女はやはり........


「あれー?これ何ー?いかにもキカイルイって感じだけど?」


 懐を探すのを終え、ブレザーのポケットを調べていた彼女の手に、正方形の黒い箱状のものに、アンテナがついた、僕が全く見覚えのない、確かに機械類っぽい謎の物体があった。


「これって、盗聴器ってやつじゃないのー?これで、私たちの会話、録音するつもりだったんだー」

「へっ?」

「ひどいなー。何もないっていったのに」

「いやっ、ちっ、違うよっ!そんなの知らない!!」


 何だ、どういうことだ。どういう状況なんだ。あんなもの、全く身に覚えがない。何で、あんなものが僕のポケットから出てきたんだ。どうする。この彼女と二人っきりで喋れるという貴重な機会を、こんなことで潰したくない。いつ紛れたんだ、あんなもの。どうにかして僕が意図的に入れてたものじゃないことを説明しなくては......いや、そんなことより、それが盗聴器でないことを証明する方が簡単か?僕の知らないうちに、何かが紛れ込んだとして、それが盗聴器のはずがない。それさえ証明すれば..........待て。


 僕は顔を上げると、そこには、さぞ無様だったろう僕を見て、ニコニコ楽しそうに笑っているヒナちゃんがいた。僕は怒りを抑え、なるべく落ち着いた様子で彼女に話しかけた。


「何で、僕なんかに盗聴器を仕掛けたの?」

「あれ、もう落ち着いちゃった。もう少し混乱してくれると思ったのになー♪」

 

 その言葉と裏腹に、彼女はより一層楽しそうに笑った。

 僕は確信した。

 彼女は、城ヶ崎さんを恨んでるんじゃない。


 彼女は、愉快犯なんだ。

 彼女はこうやって、人を弄び、それによって苦しんでいる人をみて、楽しんでいるのだ。


「質問に答えて。どうして僕なんかに仕掛けた」

「あれ、ちょっと怒ってる?ごめんごめん......うーん。単純に、楽しめるかなーって。女子の世界じゃ結構ある話なんだけど、いじめっ子といじめられっ子の立場が逆転することがあって、その時の元いじめられっ子のいじめっぷりっていったらすごいんだよー。多分、人が一番醜くなる瞬間じゃないかなー、復讐の時って。そういうの、見逃したくなかったからかなー」


 彼女は、饒舌に、そしてなぜか誇らしげに、自分の悪意を語った。その目には一点の曇りもなく、それが非常に不気味に感じられた。

 かと思うと、その目に明らかな非難の色を浮かべ、僕を見ながらいった。


「なのにさー、悠人くん、愛佳ちゃんのこといじめるどころか、助けようとするんだもん。びっくりだよ。流石に焦ったなー、あの時は」

「.....ああ、そう」


 今思えば、先ほどの、教室での城ヶ崎さんに対するヒナちゃんの大立ち回りも、あまりにタイミングが良すぎた。きっとヒナちゃんは、僕たちにその光景を見せ、僕たちが驚く表情を見て楽しもうとしたのだろう。恐ろしい人だ。

 しかし、その嗜好は、今回の僕にとっては都合がいい。


「今回の目的は、城ヶ崎さんを醜くいじめる僕を見ることだったということ?」

「.....うーん。それもないことはないけど、メインイベントは違うかなー」

「メインイベント?」

 

 もしや、彼女は城ヶ崎さんに対して何らかの恨みがあり、それを晴らすのがメインイベントだ、とか?だとしたら非常にまずい。

 続きを促す視線を送ると、彼女は自慢げに話し始めた。


「メインイベントってゆーのはー、愛佳ちゃんと結奈ちゃんを、仲違いさせることだったんでーす♪」


 仲違い?目的は城ヶ崎さん単体じゃなかったのか?でも、なぜ?


「....仲違い?なんで?」

「...うーん。単純に二人ってすっごく仲よかったからさー。崩れるのが見たくって」


 彼女は当然のことを言ったかのような自然体だ。一切の気負いが感じられない。こんなに自然に、人の不幸を願うことができるのか。

 僕はもはや恐怖を感じながらも、何とか彼女に食い下がった。


「.....城ヶ崎さんと綾小路さんに対して、なにか恨みでもあるの?」

「んーん、何もないよー。ただ、見てみたいってだけ」

「........そう」


 よかった。いや、良くない。良くないんだけど、これで、僕の計画は成功しそうだ。

 こんな子をこれから相手にしなければならなくなるのは、死ぬほど嫌なのだが、仕方ない。

 僕は、彼女に悟られないよう静かにゆっくり深呼吸をした後、彼女の目をまっすぐ見つめ、言った。


「とりあえず、城ヶ崎さんに謝ってほしい」

「.....ええ?なんで?」

「君は今、城ヶ崎さんのひどい書き込みの被害者、という立場に今ある。その君が城ヶ崎さんに謝罪すれば、今の城ヶ崎さんの状況も解決できる。城ヶ崎さんのあの書き込みは、彼女のアカウントを乗っ取った人が書き込んだもので、それを知った君が、城ヶ崎さんに謝罪する、という場面を、みんなに見せてほしいんだ」


 そう、被害者が増えてしまったのなら、また減らせばいいだけの話だ。この諸悪の根源が、城ヶ崎さんの味方にさえなれば、すべてがうまくいくのだ。

 その諸悪の根源といえば、不機嫌そうな顔で僕を見つめた後、ため息交じりに言ってみせた。


「そうじゃなくて、何で私がそんなことしなくちゃいけないのーって言ってるの。私は愛佳ちゃんと結奈ちゃんの仲違いが見たいんだってー。愛佳ちゃんを助ける理由がないよー」

「城ヶ崎さんと綾小路さんの仲違いだけ、見たいわけじゃないだろ。ようは、君が思う面白いものが見られればいいわけだ」

「........ん、そうだね」


 不機嫌そうな表情から一変、彼女は僕に期待の眼差しを向けてきた。きっとこの期待に、僕は答えてしまうのだろう。しかし、それは僕の青春を終わらせてしまうかもしれない。それに、この手は、あまりに褒められたものではないんだ。

 ......駄目だ駄目だ。迷っちゃ駄目だ。城ヶ崎さんの助けになると決めたじゃないか。覚悟を決めて、言ってしまおう。

 僕は何度も決め直した覚悟をもう一度決め、口を開いた。


「城ヶ崎さんのアカウントを乗っ取ったのは、僕だということにしてもいい」

「えっ?」


 困惑する彼女に構わず、僕は続けた。


「僕が、城ヶ崎さんに対する復讐のため、アカウントを乗っ取って、城ヶ崎さんを孤立させようとした、ということにすればいい。そして、また城ヶ崎さんたちを焚きつけて、僕をいじめればいい。君みたいな人間が一番見たいものだろう?」


 綾小路さんには悪いことをしてしまう。彼女は、城ヶ崎さんがいじめをするのを明らかに嫌がっていたから。でも、城ヶ崎さんが今のように孤立するよりは、よっぽどマシだろう。それに、これで僕も、純粋な被害者ではなくなる。

 ちょうど、ヒナちゃんは復讐のためのいじめを見たかったようだし、ちょうどいい。と、思ったのだが......

 目の前の彼女は、随分不満そうに頬を膨らませている。その態度に対する苛立ちが、思わず声に出てしまう。


「一体何が不満なんだ。言ってよ」

「えー。本当にわかんない?」

「.......わかんないから、言ってくれ」


 彼女は一つため息をつくと、僕の顔を覗き込みながら、僕を諭すように言った。


「だって、そんなの全然面白くないじゃん」

「........は?」

「いじめていじめてって言ってる子をいじめて、何がおもしろいの?そんなのただの変態だよ」


 .....こんな形で、彼女と意見が合うことになるとは。僕も全く同じ気持ちだ。ああ、同意見だ!しかし、お前は違うだろ!お前は、こんなことが楽しいんじゃないのか。

 怒りと混乱で戸惑う僕を放って、彼女はまた諭すように続ける。


「大体、自然じゃないんだよねー。今回のは自然でしょ?私は」

「どこが自然なんだよ!!!全部お前が仕組んだことだろッ!!!」


 耐えきれず、彼女を怒鳴りつけてしまった僕を、彼女はあきれた様子で見つめ、彼女の少しウェーブのかかった髪を、苛立たしげにかき上げた。


「自然だよ。だって私、不自然なこと、一つもしてないでしょ」

「は?どこがだよ?」


 怒る僕を、彼女はできの悪い子供を見るような、優しささえ感じる目で見ながら、口を開いた。


「確かに、私は君が愛佳ちゃんを振るよう、ほかの男の子にアピールしてるように見えるよう仕向けたよー。でも、私はあくまで、外堀から埋めていった方がいいって言っただけだからね?そんなの、普通のアドバイスでしょ?私が言わなくても、誰かほかの子が言ってたかもよ?」

「.........っ」

「愛佳ちゃんが、緒方君や中谷君にクッキープレゼントしてたのだって、私がやれって言ったわけじゃないからね?愛佳ちゃんが能動的にやったんだよ?君に女子力アピールしたかったんだろうねー。可愛いところあるでしょ?愛佳ちゃん」


 そう言いながら彼女は嘲るように笑った。本当に、本当に嫌な女だ。

 何とか、この女の鼻をへし折りたい。僕は怒りを込め反論した。


「城ヶ崎さんが僕をいじめたことについてはどうだ。お前そうなるように仕向けたんだろ」

「ま、それはそうだけどー。それも、あくまで自然な流れだったんだよ。自分の友達を酷い振り方した男のことを、悪くいうのなんて普通のことでしょー。結奈ちゃんは、なぜか私の思惑に気づいてたみたいだけどー、はたから見たら、私、ただの友達思いのどこにでもいる女の子だったと思うよー」

「.....っ、教室での城ヶ崎さんと綾小路さんの喧嘩は」

「あれも自然なことだよー。微妙な関係になっちゃった友達二人に、お互いの本音をぶつけ合う機会を与えるのだって、友達として当然の行動でしょー。何も悪いことじゃないよ。」


 彼女は腕を組み、得意げに僕を見つめた。自分が正しいと信じ切っているかのようなその態度に、僕は一瞬気圧された。が、すぐに反論は見つかった。


「SNSの書き込みは、どう考えても自然じゃない。城ヶ崎さんではなく、君が書き込んだんだから。そんな友達、自然と言える?」

「言えないね」

「ほらっ、じゃあ」

「でも、それは君のせいだよ」

「は?」


 唖然とする僕を、彼女は責めるように見た。


「君が、愛佳のこと助けようとしたから駄目なんだよ。昨日自分をいじめていた子を助けようとするなんて、不自然だよ。君みたいなイレギュラーが現れたから、仕方なくその不自然さを相殺するために、不自然な行為をせざるおえなかったんだよー。本当に、苦肉の策だったんだからー。君が何もしなかったら、ちゃんと愛佳ちゃん、助ける予定だったんだよー?」


 僕が、悪い?

 僕が何もしなければ、城ヶ崎さんと綾小路さんを、苦しませることはなかった?

 

「あーあ。本来だったら、昔いじめられてて、いじめ行為に対して人一倍嫌悪感を持ってる結奈ちゃんと、全てにおいて自分の少し上をいく結奈ちゃんに密かにコンプレックスを抱いている愛佳ちゃんの、自然な友情の崩壊が見れたのになー。あ、結奈ちゃんがいじめられてたのも、愛佳ちゃんのコンプレックスも、私、一切仕組んでないからね。私が二人の友達になった時には、すでにあったものだから。どう、自然でしょ?」


 違う。

 罪悪感に飲み込まれそうになったのを、何とかこらえる。

 この悪魔を、このまま野放しにしておけば、絶対に二人を不幸にする。それどころか、僕たちのクラス、いや、学校そのものを、不幸にするに違いない。自分の欲を満たす、ただそれだけのために。

 何とかして、彼女を止めないと。


「......お前は、お前はっ、何でっ、自然なんて求めるんだよっ!!!お前は、傷ついてる人間が見たいだけだろっっ!!!!だったら、だったら俺でいいだろ!!!!何で俺じゃ駄目なんだよ!!!!!」

「.......うーん」


 彼女は自分の小さく尖った顎を撫でながら、思案したかと思うと、ポツリ、ポツリと語り始めた。


「........安心、したいからかな」

「安心?」

「そう、安心。みんなが、私と同類なんだって」




 ...........同類?どういう意味だ?




「例えば、愛する家族が人質に取られ脅されていたら、どんな残酷なことしたって、それは仕方がないことだよ。そういうのが見たいわけじゃないんだ。あくまで自然な、日常の中で、人が、友情とか、思いやりとか、愛とか、そういうものを捨てる瞬間が見たいんだ。そういうのを見たとき、安心するんだ。ああ、みんな私とおんなじなんだーって。私とおんなじで、みんなふつーに、そういうの捨てられるんだーって」


 そう語る彼女の表情は、あまりに自然なものだった。僕は、彼女が僕の手に負えるものではないということを、ようやく悟った。

 が、しかし、ただ黙って、この人を人と思わない、悪魔のような女が好き勝手するのを、ただ傍観することは、どうしたって耐えられるものではなかった。

 勿論、城ヶ崎さんと綾小路さんの助けになりたいという気持ちもあったが、それ以上に、今目の前にいる女に対する、強烈な嫌悪感がどうしても止まりそうになかった。

 その嫌悪感と裏腹に、僕の口は自然に動き始めた。


「....そうだ、じゃあ、もう終わりだ。もう自然な状況じゃ無くなってるのには変わりないんだ。君が無理やり城ヶ崎さんのアカウントを乗っ取って、城ヶ崎さんをいじめの加害者に仕立て上げたんだ。どんな展開になろうと、城ヶ崎さんが君の悪口をSNSでいうことはなかっただろう。じゃあ、もう終わりだ」

「だからー、それは君という不自然な存在のせいで、仕方なくやったって言ってるでしょー?普通だったら、愛佳ちゃんはいじめの加害者として、これからもいたはずなのに、君がそれを邪魔するから。確かに、愛佳ちゃんが私の悪口をいうとは思えないけど、いじめの加害者には、自然な展開でなってたんだから。自然な結果を導くために、仕方なく不自然な過程を辿ったに過ぎないんだよー。君という不自然な存在がいなければ、たどり着いた、自然な結果のために」

「......確かに城ヶ崎さんは僕をいじめたけど、そこには僕の大きな過失があったわけだ。そのいじめをしたせいで、城ヶ崎さんが不幸になろうとしているんだから、それを僕が阻止しようとすることは、そこまで不自然なことじゃない。それを邪魔する君が不自然な存在なんだよ。君さえいなければ、今頃城ヶ崎さんと綾小路さんは仲直りしていたんだ。君がその、自然な結果を邪魔してるんだろ」

「........うーん」


 僕の苦し紛れの発言は、どうやら彼女を悩ませるに至ったらしい。

 そうだ、その通りだ。僕の行動は決して不自然なんかじゃない。彼女の方が、よっぽど不自然な存在なんだ。

 よかった。これで、彼女を止められる。


「確かに、言われて見たらその通りかも」

「...そうだろ!じゃあ、もう」


「でも、止める気はないなー」

「............................は?」



 何言ってるんだこいつ?今、認めただろ。なんで、なんで、なんで止めようとしないんだ。もう、理由なんてないだろ............



「理由を説明しろって言われたから、自分がなんで愛佳ちゃんと結奈ちゃんを仲違いさせたいのか、無理に説明してみたんだけど、なんかパッとしてなかったんだよねー。私、そんなに自然にこだわってたっけなーってさ。」


 ........そんな、馬鹿な話があるか。今頃、通るわけないだろ、そんな自分勝手。じゃあ、さっきまでの会話は、一体なんだったんだ。なんの意味があったんだ。


「だいたい、自分の欲求の理由を完璧に説明するなんて、不可能に近いよ。シたいからする。私は愛佳ちゃんと結奈ちゃんの仲違いが見たいの。それじゃダメ?」


 ........駄目に、決まってるだろ


「駄目に決まってんだろッッ!!!!!!」

「ま、君はそういうだろうけどさー。私には関係ないしー」


 ........本気だ。彼女は本気で言ってる。本気で、これからも、綾小路さんと城ヶ崎さんを、苦しめていくつもりなんだ。

 無茶苦茶だ。なんで、なんでそうなる。なんでそんな風になっちゃうんだ。おかしいだろ、そんなの。ふざけてる。

 .....どうすればいいんだ。どうすれば、彼女を止められるんだ。一体、どうすれば......


「一体、どうすれば......」

「ん?」


 結局僕が選んだのは、本人に聞く、という、至極単純なものだった。


「一体どうすれば、君は、止まるんだ......頼むから、教えてくれ」


 彼女は、まるで僕のこの言葉を待っていたかのように、満足げに笑い、言った。


「........うーん、簡単だよ。そんなの」

「...かん、たん?どう、すれば」


「私を楽しませてくれればいいんだよ」


「.......え?」

「私が、愛佳ちゃんと結奈ちゃんの友情が壊れるところを眺めること以上に、楽しいなーって思うことを、悠人くんが提供してくれたらいいんだよ。それで、全部解決」


 彼女が、楽しめることを、僕が提供?

 それさえすれば、全部解決するのか?


「たっ、例えば、僕にどんなことをしてほしいんだ?」

「それがわかったら苦労しないよー。悠人くんが考えてー」

 

 わかったら苦労しないって........こっちのセリフだよ、それは。

 だいたい、そんなもの、僕にわかるわけがない。僕は、ごく普通の高校生だぞ。こんな異常者の嗜好なんて、わかるわけがない。


 ......いや、ある。

 一つだけ、僕にも異常なところがある。誰からも、理解されることなく、それでも、いまも僕のことを楽しませてくれるものが。

 もしかしたら、この異常者なら、それを楽しめるかもしれない。

 ......しかし、彼女だって、一応は女子高生なんだ。そんな彼女に、やらせるものじゃない。


 いや、だからいいんだ。

 なんて言ったって、僕は彼女が苦しんでいるところが見たいんだ。彼女が困惑し、恐れおののく表情が見たい。初めて自分が、そちら側に立足された時の、彼女の反応が見たい。反省が見たい。

 それに、それで僕に対して恨みが向けば、彼女は城ヶ崎さんや綾小路さんに対する悪意より、僕に対する悪意を優先するかもしれない。決して悪い作戦じゃあない。

 やってみる価値はある。


「........思い当たりが、ある」

「えっ、本当?楽しみだなー♪」

「......期待してもらっていいよ...そうだな、僕の家に来て貰えば、すぐにできるよ」

「えー?もしかして、悠人くん私にえっちなことするつもりー?私、こう見えてかなり純情なんだよー?それはちょっとお断りかなー」

「......大丈夫。僕は何もしないよ」


 僕は、ね。


「ふぅん。随分と自信に満ちてるねー。これは本当に期待できるかも。じゃ、今から行こっか」

「えっ、い、今から?」

「もちろん。善は急げだよー♫」


 いざ、実行するとなった途端、僕は激しい後悔に襲われた。

 それを実行した僕に、一体何が待ち受けているんだろう。

 .....いや、迷うな。もう決めたんだ。最後まで、やりきるんだ。

 僕にはもう、これ以上の策なんて用意されていないんだから。




 

 結局僕は、彼女を連れて自宅へと向かった。

 


 今思えば、ここで後悔に従い踏みとどまっていれば、僕はもう少し、マシな恋愛ができていたかもしれない。



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[一言] 完全にサイコパスやん
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