6. 被害者
ヒナちゃんは、顔を両手で覆い隠し、とても大きな声、僕にはかなりわざとらしく感じた、で、彼女が泣いている理由を説明した。
「ひどいよ、愛佳ちゃん.....私のこと、こ、こんな風に思ってたんだ.....直接、言ってくれれば、良かったのに」
「ち、違う!私、こんなこと、書いてない!!」
「.....書いてないって、これ、愛佳ちゃんのアカウントだよね......だったら、愛佳ちゃんが書いたんじゃん」
「....ち、違う」
城ヶ崎さんは顔を真っ青にし、かろうじで首を横に振った。しかし、この状況で、その否定はあまりに弱すぎた。
ヒナちゃんは立ち上がったかと思うと、涙をきらきらと振りまきながら、教室を飛び出して行った。
そしてその時、僕の方をチラッと見て、確かに彼女は笑った。一瞬のことだったが、確かに僕は見た。
もしかしたら、全ては綾小路さんの勘違いで、ヒナちゃんは何にも関わってないのではないか、という考えもあるにはあったのだが、今の笑顔で完全に吹き飛んだ。今回の件の黒幕は、ヒナちゃんで間違い無いだろう。
ヒナちゃんが去った後、教室は静まり返っていた。皆の視線はさまよっていたが、その中継地点には、明らかに城ヶ崎さんがいた。
綾小路さんは、僕の横に突っ立って、ヒナちゃんが去って行った出口と、城ヶ崎さんと、僕を何度も見て、口をパクパクと動かしていた。無理もない。こんなこと、全くもって予想していなかった。
授業の始まりを告げる金を合図に、教室は呪いが解けたかのように動き出した。皆は一斉に席に着いたかと思うと、ひそひそ声で喋り始めた。
綾小路さんも声を取り戻したようで、「さ、桜庭くん!?な、何これ!?どうなってるのっ!?」と、僕にすがりつくように聞いてきた。
僕はそれに答えず、逆に、「城ヶ崎さんのSNSのアカウントって見れる?」と尋ねた。
彼女はハッとした表情になったかと思うと、スマートフォンをかまいだし、そしてその表情は驚愕に染まった。
僕も一緒になって画面を覗き込むと、そこには、ヒナちゃんに対する、ありとあらゆる罵詈雑言が書かれた、城ヶ崎さんのアカウントが映し出されていた。その書き込みたちの右上に、それらが先ほど投稿されたものだということが示されていた。
「........こんなの、ありえない」
綾小路さんのいう通りだ。こんなことはあり得ない。なんで今、城ヶ崎さんがヒナちゃんの悪口を言うんだ。城ヶ崎さんからしたら、彼女は敵では無いのだ。言うとしても、僕や綾小路さんであろう。
間違いない。ヒナちゃんだ。
ヒナちゃんが何らかの手を使って、城ヶ崎さんのアカウントに自分の悪口を書き込んだんだ。
「アイカ、違うよねっ!?書いてないよねっ!?これっ!」
気がつけば綾小路さんは城ヶ崎さんの元へと駆け寄り、彼女を問い詰めていた。城ヶ崎さんは綾小路さんの顔を力なく見た後、ゆっくり頷いた。
「ねっ!?そうだよね!?良かったっ!きっと乗っ取られたんだよ!アイカ、大変だったねっ!」
綾小路さんはそう大声で言った。その様子は、先ほどのヒナちゃんのように、アピールめいたものがあった。教室のざわめきは、より一層大きくなった。
その時、遅れてやってきた先生が教室へと入ってきた。一瞬、教室の異様な雰囲気に驚いた様子だったが、授業中にも関わらず席に着いていない僕と綾小路さんを見ると、厳しい表情を作り、僕たちを注意した。
綾小路さんは一瞬それに抵抗するようなそぶりを見せたが、その抵抗は決して今の状況をよくしないと思ったのか、肩を落とし自分の席に戻っていった。僕もそれにつられるように、自分の席へと着いた。そこでやっと僕の固まった思考が動き始めた。
これは、まずい。
被害者が、増えてしまった。
これで、僕が城ヶ崎さんを許して見せても、もう効果はないだろう。僕よりも明らかにクラスの中心に近い、ヒナちゃんが被害者になってしまったのだ。今頃僕が許したところで、より強力な被害者が生まれてしまった今では、それは大した意味を持たない。
綾小路さんは依然として味方だが、先ほど彼女が大声で叫んだ説は、あまり教室で受け入れられていないようで、皆はこそこそ携帯を覗き込みながら、これまたこそこそと、近くの席どうしで話している。綾小路さんの発言力を持ってしても、この状況を抜け出せるかどうか。
それに、まだヒナちゃんが何かを用意している可能性が高い。SNSを乗っとるなんて、即興でできるはずがないのだ。まだ何か城ヶ崎さんを陥れるものを隠し持っているに違いないんだ。
........一体、どうすればいいんだろう。
正直、何をやってもヒナちゃんに勝てる気がしない。
......いや、まだ手はある。
今、この状況になって、僕はヒナちゃんという女の子の人物像が、なんとなく理解でき始めているような気がしていた。
もし、僕の考えが正しければ、城ヶ崎さんを救い出すことだって可能なはずだ。
「すみません、体調が悪いので保健室に行ってきてもいいですか?」
僕はいてもたってもいられず、手を挙げ先生に尋ねた。彼は一瞬怪訝な表情をしたが、きっと僕の顔色が悪かったのだろう、保健委員に僕を連れて行くように言った。
僕はそれを丁重に断り、教室を出た。そして、教室から十分離れたところで、走り出した。
一体彼女はどこへ行ったんだろう。場所もわからないのに飛び出したのは間違いだったかも。しかし、これから彼女と人気のないところで二人っきりで話す機会は、そうそうないだろう。この機会は逃したくない。
「あれー。桜庭くんそんなに急いでどうしたのー。あ、もしかして私を慰めに来てくれたとかー」
僕はズッコケ三人組六巻分のズッコケを見せた。本当に保健室に行かなければいけないレベルだ。ただ、状況が状況なので、痛がっている場合ではない。
僕は何事もなかったかのように立ち上がり、むしろこちらが心配するかのような口調で、ヒナちゃんに話しかけた。
「まあそんなところかな。ヒナちゃ.....ヒナさんは教室に戻るところ?」
「うわ、顔真っ赤だよー。ズッコケ三人組十巻分ぐらいの勢いで転んでたもんねー。大丈夫?」
僕の問いかけを完全に無視して、彼女は僕より四巻も多く僕の転びっぷりを表現した。客観的に見ている彼女の方が、多分正しいのであろう。僕は案外彼女と気が合ってしまったことへの動揺を、なんとか隠しながら言った。
「全然大丈夫。むしろズッコケ三人組十巻分のズッコケができて誇らしいくらいだよ」
「そっかー。よかったー」
そう言って彼女はにっこりと笑った。自分が全く傷ついていないことを、彼女は隠そうともしない。これは話が早そうだ。
「.....ヒナちゃん、今頃教室に戻ってもあれだしさ、どこかで話しでもしない?」
「うん、いいよー。私も桜庭くんと話してみたいと思ってたんだー」
僕の提案に、彼女は笑みを崩さず答える。よかった。ここで断られるとかなり辛かった。しかし、重要なのはここからだ。
「立ち話もなんだし、どっか座るところ探そっかー」
「.......うん」
彼女はお勧めのスポットがあると、僕の手を掴み引っ張った。
そしてたどり着いた、ヒナちゃんお勧めのスポットは、飼育小屋だった。