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13. 一難去ってまた一難


「..........一体どういうつもり?」


 綾小路さんと城ヶ崎さんが十分に離れてから、僕はヒナちゃんに言った。

 彼女は、人差し指で頬をかきながら、困ったように笑う。


「いやー、結奈ちゃんって正義感の塊みたいな子だからさー、ここはこっちから折れないとさー」


「......その割には随分ノリノリだったけど」


「そうかなー?んー、また結奈ちゃんたちと仲良くできるのが楽しみだったのかなー?」


「.......僕はそうは思わないな」


「へえ?聞かせてもらっていい?」


 ヒナちゃんは大きな瞳を興味深げに見開いて、僕を見る。彼女のその仕草を見ていると、親戚の家で飼われていた、好奇心旺盛な黒猫のミーちゃんのことをふと思い出してしまった。あくまで仕草の話で、昨日の彼女のパンツの色から連想したわけではない。


「保険だよ」


「保険?」


 僕が答えると、ヒナちゃんは不思議そうに再び問う。僕は少し得意げになりながら言う。


「単純な話だよ。今の僕と綾小路さんたちの関係は決して深いものじゃない。つまり、僕が彼女たちを見捨てて君との約束を破ったとしても、全くおかしくない状況っていうわけだ。君としてはこの状況は当然芳しくない。だから僕と綾小路さんたちが接する機会を作って、少しでも僕たちの関係を深くしようとしているんだ。僕が少しでも約束を破らないようにね。違う?」


 ヒナちゃんはポカーンとした表情で僕の話を聞いていた。そして、ほおっと息を吐き、目を輝かせながらパチパチと拍手した。


「なるほどー!そういう考え方もあるんだね。参考になるよー」


「......何、そんなこと考えてなかったってこと?」


 ヒナちゃんはこくりと頷き、困ったように笑って見せた。まるで、わがままな子供におねだりされるお母さんのようだ。確かにその胸に母性を感じてはいるが、それだけで母親を気取られるのは気に食わない。


「悠人くん、私のことなんだと思ってるのー?」


「クズだと思ってる。例えるなら『小宇宙戦隊NTRレンジャー』に出てくる悪魔大名ゴミカススくらいのクズだと思ってる」


「そのキャラクターのことは知らないけど、君がどれだけ私に嫌悪感を覚えているかはわかったよー」


 ヒナちゃんは大げさに肩をすくめ、その拍子に胸がたゆんと揺れた。ちなみに悪魔大名ゴミカススも巨乳なので、僕の例えはなかなか良かったんじゃないかと思う。


「私だってさー、友達と仲良くしたいって言う気持ち、ないわけじゃないんだよー?」


 ヒナちゃんこと悪魔大名ゴミカススは、少し気だるげな様子でそう言った。にわかに信じ難い話だ。悪魔大名にそんな感情は不要だろうし、何より彼女の行動が、彼女がそんなものを持ち合わせていないことを証明している。

 僕の懐疑的な視線に気がついたのか、ヒナちゃんは僕に向かって柔和に笑う。


「ほんとだよー?.......でも、それ以上に強い欲求があるってだけ」


 そう言った後のヒナちゃんは、口元に笑みを残してはいた。しかし、その目は、なんともいい違い不思議な様相をしていて、そこから彼女の心のうちを感じることはできなかった。

 僕は慌てて目をそらした。そして、そのことが無性に恥ずかしくなってきたので、誤魔化すために嫌味ったらしく言った。


「そうか、よく考えればヒナちゃんは僕との約束のことなんて気にしてる場合じゃないもんな。明日からいじめられっ子として学校生活を送らなくてはいけないかもしれないんだから」


「へっ?どうして?」

 

「....どっ、どうしてって」


 ヒナちゃんがあまりに動揺を示さなかったので、逆に僕が動揺してしまい、思わず声をうわずらせてしまった。それがおかしかったのか、ヒナちゃんはくすっと笑う。 

 僕は顔が熱くなっていくのを感じながら、それでも嫌味な態度は崩そうとはしなかった。


「ヒナちゃん、さっきまでどんな会話してたか覚えてないのか?君は、城ヶ崎さんに対する嫌がらせを認めたんだ。城ヶ崎さんがこのままはいそうですかって引き下がると思う?」


「思うよ。愛佳ちゃんに私をいじめる度胸なんてないから」


 僕の問いに、ヒナちゃんは即答する。そして、再び動揺している僕に、くすりと笑いかけた。


「悠人くん、気づいてなかった?愛佳ちゃんの私を見る目、完全に恐怖に染まってたの。あんな目をした子が、何かできるとは思えないな。.....それに、結奈ちゃんだって止めるだろうし」


 まあ、結奈ちゃんは頼りにできないけど、とヒナちゃんは続けて、同意を求めるように笑った。僕は全てを否定するためブンブン頭を横にふった。


「僕は城ヶ崎さんが怖がってたようには見えなかった。彼女の目は怒りと悲しみに染まっていたと思う」


「怒りと悲しみなんて、恐怖を作り出すいい材料だよ。君の目の前に、自分に怒りと悲しみを与えることができる人物がいたらどう感じる?怖いでしょ?」


「...........ご高説どうも。まさしく今恐怖を感じているから、本当にその通りだよ」


「あはは、こりゃ一本取られましたなっ」


 そう言ってヒナちゃんは自分のデコをペシっと叩く。怒りしか湧かない光景なので、恐怖は一切感じなかった。

 

「....綾小路さんが頼りないとは思わないな。事実さっきの暴れっぷりったらすごいものだったし。彼女たちの友情もさらに強まったように見えたな。君の妨害なんて苦じゃないくらいにね。この調子なら、君との約束を破っても問題ない....か、も.......」


 僕の言葉は途中から急速に失速していき、最終的に墜落した。背中に氷山が丸々突っ込んできたかのような悪寒に襲われたからだ。そして、その原因が、目の前にいるからでもある。


「.......悠人くん」


 ヒナちゃんがぽつりと僕の名前を呼んだ。僕は返事をすることも出来ずに、ただただ頷いた。


「結奈ちゃんたちを不幸にするのが、友情の崩壊だけだと思ってる?だとしたら面白い考えだね。試してみよっか?」


 ヒナちゃんの問いに、僕はブンブン首を横に振った。にも関わらず、ヒナちゃんから発せられる異常な雰囲気に変わりはない。


「結奈ちゃんたちじゃなくてもいいんだよ?悠人くんにも大切な人、いるでしょ?お母さん、お父さん、妹ちゃん........別に私は誰でもいいんだよ?」


「なっ.........」


 やっと出た声は、か細く、なんの意味も持たないものだった。しかし、僕がビビり倒していることを伝えるには十分だったようで、ヒナちゃんの瞳はだんだんと正常な色へと戻っていく。


「だから、約束を破ろうなんて考えちゃダメだよ。わかった?」


「..........う」


「わかった?」


「..............はい」


 僕の答えにヒナちゃんは満足したらしく、彼女らしい人を舐め腐ったような笑みを顔に浮かべる。普通だったら腹が立って然るべき時なのに、ちょっと安心しちゃってる自分が情けない。


「よかったー。もお、悠人くんが変なこと言い出すからあせっちゃったよー。びっくりさせないでよー」


「...........こっちのセリフだよ」


 僕はそう言って肩をガクッと落とした。僕が彼女に何らかのダメージを与えてやるつもりが、逆に返り討ちにあってしまった。これほど見事な返り討ちは市川海老○以来ではないだろうか。いや現場にいた訳じゃないから知らんけど。

 見るからに凹む僕を見て、ヒナちゃんは申し訳なさそうに頬をぽりぽり掻いて、たははと笑った。


「ごめんね、怖がらせちゃってー。でも私も必死だからさー.....それだけ君との約束を大切にしてるって考えたら、むしろ可愛いくらいでしょー?」


「..........いや、全く」


「えー、おっぱいも触らせてあげたのにー。あんなの君にしかやらないんだぞー?」


「あれは綾小路さんたちに見せるためにやったんでしょ」


 僕の言葉に、ヒナちゃんは大げさに目を丸くして驚いてみせた。


「すごいっ!よく気づいたねー。ほらっ、よしよし」


 ヒナちゃんはそう言って、背伸びして僕の頭を撫でる。非常に不愉快だったが、返り討ちにあったばかりの僕に抵抗するだけの余力はなかったので、おとなしく撫でられることにした。おっぱいも当たってるし。

 しかし、僕が弱り切っているとはいえ、自分が綾小路さんか城ヶ崎さん、もしくは二人どちらもを盗聴していたことを簡単にバラしてしまうとは。まあ、あれだけいいタイミングだったのだから、バレて当然と言った感じなのか。

 おいヒナちゃん。お前は綾小路さんたちに危害を加えないと言っておきながら、盗聴なんて最低の行為をしているではないか。もう約束やめやめっ。お前が最初に破ったんだからな。的なことでも言ってやろうかと、彼女の盗聴を疑い出した時なんか思っていたのだが、先ほどの彼女の様子を見れば、そんなこと全く効果がないことがわかったので言わない。


「あ、確かに盗聴はしたけどー、それはあくまで結奈ちゃんたちがうまくいくようサポートするためにやったことだからね。喧嘩とかしてたら止めにいかないとダメでしょー?だから、それを理由に約束なしっ!なんてことはダメだからねー?」


 一応彼女も言い訳を用意していたらしい。あまりにも苦しい言い訳だけど。

 彼女のような、悪魔大名ゴミカススでも失禁しながら命乞いするレベルの女の子に盗聴されてしまうなんて、危害以外の何物でもないのだから。

 とはいっても、結局僕は力なく頷くしかなかった。しかし、このままでは我ながらあまりにも情けなすぎるので、せめて綾小路さんたちのためになろうと、口を開いた。


「それは分かったけど、盗聴はやめてくれ。思春期の女の子相手にやっていいことじゃない。もちろん思春期の男子にも」


「うん、分かったよ。悠人くんのいう通り、あの二人、もう大丈夫そうだしねー」


 ヒナちゃんはあっさりと僕の要求を飲んだ。僕はひとまずほっと肩をなでおろし、そのついでに気になっていたことを聞いてみた。


「というか、なんで僕がヒナちゃんのおっぱい触ってるところを綾小路さんたちに見せたかったわけ?せっかくの約束を守る上で困ったことになってたかもよ?実際綾小路さん勘違いしてたし、流石の君も全校生徒を盗聴してるわけじゃないんだろうから。偶然飼育小屋の前を通りかかった生徒に見られて、君と僕が乳繰り合ってたなんて噂流れた日なんかは、僕が彼女を作る上で難易度がぐーんと上がると思うんだけど」


「.........あー」


 ヒナちゃんは視線を僕から見て右上にやり、気まずそうに口角だけをあげて笑った。


「うーん、ぶっちゃけていうと、好きな男の子が他の女の子の胸触ってるのを見て、傷ついている愛佳ちゃんが見たかったからかなー」


「..............めっちゃ危害加えてんじゃん」


 しっかり約束破っていやがったこのアマ。まあ『好きな』じゃなく『好きだった』だから、城ヶ崎さんとしてはそこまでショックではなかったろうけど。


「あははー、ごめんごめんっ。もう絶対浮気しないから、ね?これからは悠人くん一筋だから」


「............一回浮気した奴は、何度でも浮気するけどな」


「..あはは、それ、ゲームの話?」


「いや、現実でもそうだよ」


「.......ふーん」


 ヒナちゃんは僕の言葉に興味なさげに相槌を打った後、一変、嬉しそうに笑った。


「じゃあ、長いおつきあいになりそうだねっ」


「........最長でも2年だけど」


「ええ、そんなことないよー。大学だって一緒になるかも知れないし、同じ会社に就職するかも知れないでしょー?」


 ヒナちゃんの言葉に、僕はゾッとさせられた。

 まさかこの子、僕が彼女を見つけて、ヒナちゃんに『本物の愛』とやらを見せつけるまで、僕を追いかけるつもりなのか...........?

 

「ヒナちゃん」


「ん?なあに?」


「どうやら君が僕を恐怖に陥れるのに、怒りも悲しみも不必要みたいだな」


「あはは、その通りだよ」

 

 ヒナちゃんは楽しげに笑った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] おもろい [一言] 続きはやっぱ書きませんか?気になるのぅ…。
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