page6 村と少女の過去
馬車に揺られながらゆっくりと流れていく景色を見る、というか見続ける・・・。その理由は正面に座っている女性騎士にある、馬車に乗ってからこちらをじーっと見続けてきているのだ。
やはり先ほどの失礼な発言で機嫌を損ねてしまっているのだろうか・・・。
しばらく居心地が悪い思いをしていると、遠くの方に建物が見えてきた。
「遠くの方に村が見えるか?」
「ひゃい?!」
突然声を掛けられ返事を噛んだ、恥ずかしい・・・。
「どした?」
「い、いや・・・何も・・・」
「そうか・・・、ところでそろそろ見えてきているはずだろう」
「なにがですか?」
「先ほどまで見ていた方向に村が見えてきたと思うのだが」
「あ、はい」
再び窓の外から村の方向を見る。最初に見えた建物は風車らしく、それ以外に大きな建物は確認できない。
「あの村は我が国の管轄領土内にある。王都からも近いため何かあったときこちらとしてもわかりやすいしな」
「我が国?」
「ああ、そうか。そういえば自己紹介がまだだったな。私はシスル・フォールン、シスルと呼んでもらって構わない。王都テューポスの姫であり一人の騎士としても活動している」
「姫・・・」
無意識に背筋が伸びる、冷や汗も流れてきた、僕はなんて人に失言をしてしまったのだろう・・・。
「そうかしこまらなくてもよい、別に取って食おうというわけでもないのだし」
「あ、はい・・・」
「ところであの村だがブリッサという名前で先ほども言った通り我が国の管轄にある、私と一緒に行けば悪いようにはしないだろう」
「はぁ」
会話をしているうちに馬車がブリッサ村についたようだ、騎士に促され僕は馬車を降りた。
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「お、姫様だ」
「突然どうしたんですか?」
「おーい、姫様が来たぞー」
馬車を降りて村に入るとすぐに村人達が集まりシスル姫囲う。
因みに、この村の周りには本から覗いた世界のように柵が設けられていた、魔物対策をしているのだろう。
「突然きてしまい済まない、今日は急ぎの頼みがあってきた」
村人の顔に緊張が走る。
「もしかして・・・徴兵ですか?」
村人の一人がシスル姫に聞くと、その足元にいた幼い男の子が聞いた男のズボンをギュッと掴んだ。他の子ども達もそれぞれの親の服を握ったり足に抱きついたりしている。
「いや、違う。」
その一言に村人は安堵の表情を浮かべた。
「ところでそちらの青年は?」
「ああ、今日はこの青年、星間というのだが王都への帰還中に偶然魔物に襲われているところを発見してな」
「どうも、星間といいます」
「それで話を聞いたところどうやら記憶喪失のようでな」
「記憶喪失?」
村人が疑いの目を向けてくる。まぁ、記憶喪失ではないんだが転生してきましたなんて言ったところで信じてはくれないだろう。
「それで王都へ連れて行こうと思ったんだが、いきなり王都へ行っても身振りがわからないと言ったから近くのこの村に暫くの間置いてもらおうかと思ってな」
村人が一斉に下を向く、いくらシスル姫からの頼みといっても見ず知らずの人間をすんなり受け入れるなんて出来ないのだろう。
「もちろん必要なものは私の方で買いそろえる、誰か星間を見てくれるものはいないか?」
嫌な空気が流れ、沈黙の時間が続く・・・。
「誰もおらんのか、なら仕方ない。しばらくの間王都で生活をしてもらうしかないか・・・」
「いや、それだけは・・・」
このままだと王都で窮屈な思いをすることになる、かといって自分では何かできるわけでもない・・・。
あきらめるしかないか・・・。
「あの・・・」
あきらめかけたその時、村人の中から手が上がる。その村人は手を挙げたまま前へと出てきて僕の方をちらりと見ると。
「あの・・・私のところでもいいでしょうか?」
おずおずとシスル姫へ問いかけた。
「私は別にかまわないが、両親は許可を得られるのか?君は見たところ若く見えるが、両親の許可もいるだろう?」
「いえ、私の家は私だけしか住んでいません、幸い部屋も余ってますので少しの間でしたら問題ないかとも思います」
「そうは言っても君はまだ成人していないだろう?成人していない男女が一つ屋根の下で暮らすとなればやはり問題になるのではないか?」
シスル姫の言う通り、名乗りを上げてくれた人は成人というにはほど遠い感じである。
顔立ちはまだ幼く、身長も160ないだろう。赤い髪がストレートに背中の半分の位置まで伸びている。
「姫様」
再び村人の中から声が上がる、出てきたのはあごにひげを携えた男性だった。歳は40前半くらいか?
「俺は嬢ちゃんの隣に住んでる者だが、嬢ちゃんなら問題ないと思うぜ」
「どういう意味だ」
「嬢ちゃんは見た目の割にしっかりしてるし、その青年もみたところ変な奴じゃないみたいだし、問題ないんじゃないか?」
相手は王都の姫だというのにフランクに話している、このおっさん大丈夫なのか?
それともシスル姫の人望が厚いから村人がこんな状態なのか?
「そうはいってもやはりな・・・」
「うちも子供がいるから泊めることはできんが、様子を見たり助けたり程度ならできるしな」
シスル姫は腕を組みしばらく考え込と、チラとこちらを見てため息をついた。
「仕方ない、他に良い方法も思いつかないしな・・・。星間は何かあるか?」
「いえ、僕は何も」
確かに年齢で言えば問題はあるのだが、王都に行くよりはましと思える為今の僕に拒否権はない。
「なら、気を使わせて悪いが、星間を頼んでもよいか?」
「はい、お任せください」
「星間も変な気を行ないようにな」
「お、起こしませんよ!」
「まぁまぁ、嬢ちゃんと青年は俺たちがしっかり見張っとくんで安心してくれい」
「じゃあ、頼んだぞ、しばらくしたら様子を見に来るから、もし記憶が戻ったりしたらその時に教えてくれ」
「わかりました」
「あと、これを渡しておく」
そういうと少女に革袋を差し出す。
「さっき星間を助けたときに魔犬から出た魔石だ、星間はクロンカを持ってないようなのでな」
「クロンカ?」
「本当に名前以外思い出せないようだな・・・。あの通り世話をかけると思うがよろしく頼む」
「わかりました」
少女は笑顔で革袋を受け取ると、中身を確認し驚いた様子でシスル姫を見上げる。
「気にするな、迷惑料だと思って受け取ってくれ」
「はい・・・、ありがとうございます」
そう言って少女が右手の小指を革袋に軽く当てると、革袋はしぼんでいき中身のないただの袋になった。
少女は殻になった袋をシスル姫に返すと会釈をし、僕の方へと歩いてくる。
「これからよろしくお願いしますね、星間さん」
「う、うん、よろしくお願いします」
ニコッと笑うその顔は、幼い顔立ちのせいでもあるのか少し無邪気にも見えた。
「それではまた様子を見に来るから元気でな」
「はい、ありがとうございます」
「シスル姫様も道中お気をつけて」
シスル姫が馬車に乗り、馬車が動き出す。
僕は一礼すると馬車が見えなくなるまで見送った。
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シスル姫の乗る馬車を見送った後、村人は何事もなかったかのように散っていった。村人から質問を受けると思って身構えていた恵太はほっとしたような物足りないような気持になっていた。
そのとき、先ほどの男性が少女に近づき念を押すように言ってきた。
「嬢ちゃん、くれぐれも俺達には迷惑かけんなよ?」
その言葉に一瞬顔を曇らせるが、恵太の視線を感じすぐに笑顔を作った。
あの男性は手助けをするわけではなかったのか、先ほどのシスル姫に対する言葉は何だったのか。
「私の家まで歩きながらお話ししますね」
そう言って少女は歩き出し、恵太が疑問に思っているであろうことを話し始めた。
「私も昔は両親と暮らしていました、でも10歳になった次の日から突然両親がいなくなってしまったんです」
「突然?」
「はい、書置きもなく・・・。テーブルの上には多くの魔石が入った袋がいくつかと、このブレスレットを残して・・・」
そう言って右腕にはまっているブレスレットを見せる、エメラルド色をしており、少女の腕にぴったりとくっつくようにはまっていた。
「これ、はめる前はもっと大きかったんですけど、腕を通した瞬間にこのサイズに縮んで抜けなくなってしまったんですよ」
「魔法具か何か?」
「私も初めはそう思ったんですけど、魔力が込められてる感じもないですし、今のところわからないままです」
そう言って困ったような笑顔をすると、少し悲しそうに顔を伏せた。
「両親がいなくなった後、探したりしようと思ったのですが、村の外は魔物がうろついてると聞いていましたし、生活に必要なものはそのままでしたので暫くこの村で生活することにしたんです。でも、村の人たちはあまりよく思わなかったようで・・・」
「どういう意味?」
「ここの人たちは世間体を気にするらしく、突然両親がいなくなった私のことを避けるようになったんです」
「ああ、だからさっきの人も・・・」
「はい、幸いお金は残してもらった魔石で今も問題なく生活できていますが、村の人からしたら早く出ていってほしいのかなと・・・」
「そういえばさっきも魔石渡されてたみたいだけど、あとクロンカってのも」
「ああ、そうでしたね。クロンカというのはこの指輪のことです」
少女はそういうと右の小指にはめられている指輪を見せる、銀色の細い指輪だ。
「これを魔石に当てるとクロンカに吸収されてクロンに変わります、そしてそのクロンを使って買い物をしたりするのです」
「ってことは、そのクロンってのが通貨になっているのか」
「そうです、昔は硬貨や紙幣があったのですが、国によって使えるものが違うなどで問題があったためクロンに統一したと聞きました」
「なるほど・・・」
「・・・本当に何も覚えてないのですね」
「うん・・・」
覚えていないというより、単純に知らないだけなんだけどな・・・。
「そういえば、星間さんのクロンカないですよね?ポケットかどこかにしまっているのですか?」
「ん?ああ、どうだろう」
さすがに持ってないとは言えそうにないのでポケットを探るふりをする、しばらく探ったあと手を出した。
「どうやらどこかに落としたみたい・・・かな?」
「えええええええええ!」
突然大声を出されびっくりする、そんなに大変なことなのか?
「クロンカを持ってないのは困りますよ!この指輪にはその人の個人情報も入っていますし、王都やほかの町に行くのに通行の許可が下りませんよ!」
「個人情報?」
「そうです、王都に行くときなど、門のところでステータスの開示が必要になりますし、何よりクロンカがないと買い物さえできません!」
「それは困るな・・・」
「となると、明日当たり王都に行くしかないですね」
「なんでそうなる?」
「クロンカは王都の大聖堂でしかもらえませんので」
「まじか・・・」
せっかく王都に行く必要がなくなったのに、このタイミングで王都へ行かなければならない状態になるとは思ってもみなかった為言葉を失う。
「・・・明日、もうちょっと服のどこかに引っかかってないかとか探してみるよ」
「それもそうですね、魔犬に襲われたとも聞きましたし、もしかすると出てくるかもしれませんね」
「そうだね・・・」
絶対的に出てくることがないそのリングが、何かの間違いで手に入ることを恵太は望んだ。
「そういえば」
「はい?」
「結構歩いてるけど、キミの家って村の奥の方とか?」
「キミ・・・!そっか、自己紹介がまだでしたね!」
「うん、まぁ」
「私の名前はカナ・ルフレットと言います」
「ルフレットさんね」
「カナでいいですよ」
「いや、遠慮しとくよ、初対面でいきなりカナってのもなんか気が引けるし」
「そうですか?私は気にしませんけど」
「僕が気にする」
「なら仕方ないですね、そして私の家は・・・」
そう言うと突然立ち止まり、腰に手を当てて恵太の方を向く。
「ここです!」
カナ・ルフレットの後ろには木造の赤い屋根の家があった。