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新しい私さん、こんにちは

作者: 猫帽子


4月1日 午後4時34分


私は『世界の終わり』が見えたような気持ちにとらわれて家を出た。


目的地は死亡現場。


そして、たどり着いたのが、学校の屋上。


思い残りや懐かしさや果たせることの出来なくなった夢にとらわれて、着いた頃には、顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。


普段、閉まっている屋上のドアの鍵が、人生で最初で最後のナイスタイミングで開けられていた。


私は初めて屋上を出た。


昔の恋人の家の方向には向かないようにした。


私は屋上の縁にあがったとき、携帯電話のメール機能で遺書を書いた。


『今までありがとうございました。』


怖くて、それしか書けなかった。


私が飛び降りる覚悟を身に付けたのはこの時だった。


着ていた制服を全て脱ぎ捨て、そのあと、ブレザーだけを身に着けた。


「よし。」


私は広がる景色を背に手を広げた。


「さよなら、自分。」


4月1日 午後6時31分


私、死亡。


全てはここで終わるはずだった。


なのに、私は目を開いた。


怪しい部屋の中でロボットがせかせかと働いている。


「あれ、私、死んだはずなのに…」


目の前に現れたのは、白衣を着たカッコいい科学者だった。


「はい。あなた様は亡くなられました。」


「じゃあ、なんで…」


「それは、あなた様がまだ死んではいけない『理由』があるからです。」


「あんな怖い思いしたのに…」


「その分、次、死ぬときに何も痛みも怖さも感じないように設定しておきました。」


「……」


私は分からなかった。

何を言えばいいのか…

何を考えればいいのか…


「あなた様にはこのアンケートに答えてもらいます。」


「はい。」


そのアンケート用紙には

『来世注文書』と書かれていた。

名前も性別も国籍も両親の名前も…今世で失われたはずの情報がもうそこには刻まれていた。


「あなた様の場合、ただの『生まれ変わり』なんで、前の情報は変わりません。」


「つまんないの…」


「ですが、聞いて下さい。あなた様の思考、性格、雰囲気は変えることが出来ます。」


「このままでいいし…」


「嫌な過去もただの過去として扱うことが出来るんですよ。」


「嫌な過去ねぇ…」


すると、私は頭の中で、いじめられたり、笑われたりした経験がフラッシュバックした。


「ぎやぁー…」


私は怖くなり思わず奇声を発した。


「どうですか?過去は怖いでしょう?」


「はぁはぁ…はい。。」


私は息を荒くした。


「じゃあ、決定ですね。」


すると、私は嫌な過去を思い出したせいで、良い過去まで思い出した。


「待ってください…」


私は孤独で苦しかったときに、怖くて泣き出しそうだったときに、私を闇から拾い上げてくれたT君の姿を思い出した。


「どうしました?」


「T君が…」


すると、私はその科学者にキスをされた。

過去が全て吸い取られるようだった。


「大丈夫。また会えるから。」


私は目の前にいるこの人がT君であることに、今、気付いた。


「科学者になったんだ。」


私はT君の科学者になりたいという夢を覚えていた。


「おめでとう…」


「どなたかと間違えられているの…」


私は抱きしめた。

約1ヶ月半前のバレンタインの日のように…


「T君にはまだ早すぎるみゃ。」


私はあの時、本当に幸せだった。

失いかけてた自分をT君の目だけはしっかりと映していてくれたから。


「36になっても、まだ早いのか…」


「うん…」


私は本当に幸せだった。


ベッドの中でもこの幸せは変わらなかった。

これが、過去の私の最初で最後のセックスだった。


「好きだよ…」


「俺たちは別れたんだ。だから…拘るな。」


「拘りたくなくても、好きなんだもん。」


「はぁ…」


「喘いだの?」


「違うよ…ため息ついたの。やっぱガキだなぁって。」


「そりゃ、19も年離れてるんだもん。淫行で捕まるよ。」


「大丈夫。」


動きが速くなるほどに私の理性は飛んでいった。


「あっ…」


「もっと強くしてあげるから…」


「気持ち良いよ…」


私は未来のT君に初めてキスをした。


「新しい私がもしこのことを忘れてるうえに妊娠したらどうしたらいい?」


「大丈夫。あとで薬飲ませるから。」


19年の時を越えて、年を取ったとしても、T君は一つも変わっていなかった。

ここにいるT君は過去の私の最後の恋人だった。


「生まれ変わったら、T君ともう一回付き合いたいなぁ…」


「ダメだ。」


「でも、好きなんでしょ?」


「いいや。」


「じゃあ、なんで、抱きしめるの?」


「ブレザーだけしか着てない元カノにいきなり抱きしめられたら…」


T君はにやついた。


「キモヲタ。変態。」


「あ、そう。」


「ヤバい…」


私は絶頂に達した。

それはとても痛く、とても気持ちよかった。


私は『来世注文書』を手にとってマークした。


向上心は高い方がいいなぁ…

人の心は分かりたいなぁ…

こだわりはいらないと…


マークが終わると、注文書は機械に通された。


「じゃあ、これに座って。」


「うん。」


私は身体中に機械を取り付けられた。


「痛いなぁ…」


「我慢しろ!」


私は身動き一つさえ取れなくなった。


「もう、自殺なんてするなよ。」


「分かった。」


「過去の君は死んだんだ。多少、過去のことで言われることがあるかもしれないけど、もう君は新しいんだから。気にしないように。」


「うん。」


「じゃあ…」


私はT君と最後にキスを交わした。

口の中に薬が入ってきてることが分かった。


「ん…」


私は少し別れを惜しんだ。

「それじゃあ」


「またね。」


「スイッチオン…」


T君はスイッチを押した。

機械は勢いよく回り、私は意識を無くした。


T君…



4月1日 午後4時34分


私は今までのことを全て忘れていた。

T君が科学者になれたということも、T君とセックスをしたということも…全て。

ただ、生まれ変わったってことだけが脳裏に残っていた。


その頃、19年後の4月1日 午前4時34分では…


「俺を守りたいか…」


注文書に書いた『願い』にT君はため息をついた。


コンコン

「失礼します。」


「はい。」


研究所に入ってきたのは髪にウェーブのかかった女の人だった。


「私の作った機械の調子はどう?」


その女の人こそが19年後の私だった。


「お前は俺をこの世に呼ぶために引き金を引いただけだろ…」


「呼ばなかったら、私の機械。ノーベル賞だって、私のものなんだから。」


「あ、そう。」


「…私、ちゃんと博士のこと守れてるかな?」


「さぁ。」


未来の私は未来のT君の頬をつついた。


「好きだよ…」


「こだわり無くしたはずなのに…」


「もう…。次、病気で死んでも助けてあげないから。」


「俺こそ、自殺したって…」


私は19年経っても、何一つ変わらなかった。

この好きな想いだけは…



the END…


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