他種族の知り合いが出来ました!
人には得意不得意が有る。そして、それは『人じゃなくなったモノ』にも有効だ。人間止めちまったからって何でもかんでも出来る様になると思ったら大間違いだし、寧ろ出来なくなる事の方が増えてきて。
上手く出来る事が有れば上手く出来ねー事も有るし、それは人それぞれってやつだろう。同じ括りで分類される人ならざるものでも、個体それぞれで違う。癖は有るし、個体同士でそれが合う合わないも有る。つまり人じゃなくなっちまった俺らも、蓋を開けてみたら人間と大した違いなんて物はねーんだよ。多分。
まぁ長い事限られた空間で限られた事しか繰り返してねぇ俺からしたら、そんなのどうでも良い事なんだけど。
あー、暇だなぁ。
「……今日はこんなもんか」
ドスンと、買い込んだ食材を一旦地面に置く。今すぐ食える物から調理しなきゃ食えねぇ物まで大小様々、とにかく色々買った。普通の人間だったらこれだけ有れば数人居てもどれかしら腐らすんだろうけど、それでも俺には少し、少ない気がする。
───…腕が二本じゃなきゃ、もうちょっと買い込めたんだけどな。流石にこんな体だからって腕を増やしちまったらこうして買い物になんか来れねーだろうし、増やすより減らす方が簡単だし。
これは諦めてまた明日も買い物に来るしかない。そう思って、俺はまたその地面に置いた包みをほっそい腕で持ち上げた。
「うっわぁオニーサン見た目によらず力持ちだねぇ…かなり大量に買い込んだみたいだけど、引き籠もりでもするの?」
「は? …ああいや、これは一日分だよ」
「え、いちにちぶん」
「こう見えて俺はよく食うから、正直これだけじゃ足りないくらいだ」
「は?! それオニーサン一人で食べるの? 本気で言ってる?!」
「? おう、これは今日全部俺が食う」
「…………………」
ふと、両手に荷物を抱えながら市場を通り抜けようとしていたら、店外に席を設けてるタイプの店で飯を食ってたらしい男に声を掛けられた。見た目によらずよく食べる、それは俺が普段からよく周りに言われてる事だが、俺からしたら今俺に声を掛けてきたソイツもよく食べる方だ。
ソイツの居るテーブルに並ぶのは、軽く四人分は有るんじゃねーかと思うくらいの大量の料理。椅子の数からして、何人かでその量を食べるんじゃないっていうのがわかる。俺みたいに『それしか』娯楽がない訳じゃないなら、ソイツは間違いなく大食漢ってやつなんだろう。
まぁそもそも俺、普通の人間じゃねぇしな。そりゃ普通の人間とは食える量が違ってても可笑しくはない。同時に食べなくたって構わなかったりもするんだけど。
チラリと自分の目に掛かる『黒髪』を確認して、俺は溜め息を吐きたくなった。口寂しい気がする。早く帰ろう。
美味しく食べる為なら、調理の手間は惜しまない。寧ろ不味くたって良いんだ、何しろ俺には普通よりも時間が有る。
そうそう今日は美味そうな林檎が手に入ったから、アップルパイと林檎のコンポートを作る予定なんだよ。多少多めに作っても余るだろうから、兎の形に切った物も用意したい。そう思えば思うだけ、俺の足は不思議と速まって。
食べる事以外の娯楽を知らない俺は、今も頭の中は食べる事で一杯だった。
「んー…、やっぱスプレータイプだと外に出る度に染めなきゃなんねぇのが面倒くせーな…けど外で買えるヘアカラー剤を使うと頭皮まで染まっちまうだろうし、下手したら薬が他の部分にまで……」
買い出しから帰った俺がまずする事は、買ってきた物を最適な管理温度の下に置く事。それから、生きた人間の前に何食わぬ顔で混ざっていく為に自分に施した、化粧品的な物を落とす事だ。
冷水に近い温度の水で髪を洗い流すと、スプレーを吹きかけて黒く染めただけの髪はあっさりと白に戻っていく。一緒に顔を洗えば、叩いた粉が落ちて血が通ってんのかわかんねぇくらい、あまりイイ色とは言えねー色した俺のホントウの肌が現れて。一部爛れた痕が目立つのはご愛嬌、と。
そのままガーゼ素材に近いタオルで濡れた所を軽く拭いて顔を上げれば、姿見に映るのは何ともまぁ、生きてるとは思えねー奴の姿だった。
「右の皮膚、問題なし…左の皮膚、ちょっと腐敗気味…えっと予備有ったっけ」
俺は所謂『死人』だった。わかり易く言えば一度死んで蘇らされたゾンビってやつだ。ゾンビっていうのは元々何処かの宗教において生きた人間に薬物などを投与して仮死状態にした後、蘇生させて正常な判断が出来ない状態にしたものを労働力として使役していたというのを元ネタに、人間が面白半分で考えた架空のモンスターの事を言うらしいが、俺はその『架空じゃない』化け物って事になる。そういう存在に関わりのない人間は存在を否定するんだろうけど、この世界にはその架空だと思われてる存在が割りと多く存在してるんだよ。
死後、ゾンビマスターにより造られたゾンビ、それが俺。因みに俺が知る限りじゃ、ゾンビって定義されそうな奴らは結構な数存在してる。ゾンビになった経緯とか、方法とかはかなりバラバラだけどな。
俺は自分と似た様な存在としか関わりを持った事はねぇけど、ゾンビとか、ゾンビを造っちまえるゾンビマスターなんてものが存在してる世の中なんだ、きっと他にも色んな種類の化け物とか、架空とされてる生き物が存在してるんだろう。それがどれだけ人のフリをして、人に紛れて生活してるんだか。
この体になってかなり長い年月が経ったけど、そんな俺でも出会った事もねぇ他の生き物の事なんて流石にわからなかった。まさかこれだけ想像しといて、人外は皆ゾンビとかいうオチだったらどうしよう。ちょっと心配になるわ。けど。
───…ここ数年、秋の収穫祭に合わせて市場の方でハロウィンとかいう催しをする様になった。俺はあれがかなり大好きだ。普通の人間が化け物に仮装してくれるからこっちは素で外に出て行けるし、季節が秋なのも良い。気温は暑すぎず寒すぎず、ハロウィンイベントのメインは夜だから日に当たる心配もない。人間を止めた俺らには凄くありがたくて便利なイベントで。
きっとそこにゾンビ以外の『何か』も参加してる、筈。もしかしたら俺達以上に人間の中に上手く溶け込んでるのかも知れない。生活してくれてるのかも知れない。そう思ってなきゃやってらんねーよ。
というかそれくらいの夢は、俺にも見させて欲しい。
だって食べて寝るだけでつまんねーんだもん、ゾンビ生活。二度目の死もいつか来るんだろうけど、ひっそり生活してりゃあ何百年と生きていられる、それもまたつまらない物だぞ。俺からしたら。
「あ、オニーサンそっちの髪色の方が素だったんだね、僕としては黒い方が好みだけど…でもそっちの色も日の光に当たったらキラキラ反射してすっごく綺麗かも」
「…………」
「ゾンビっていうからもっと皮膚が爛れてたり虫が寄るくらい異臭放ってたりするのかと思ってたけど、そうでもないんだ」
「………………き…」
「き?」
「キャーッ! 不法侵入者ー!!」
だから、俺は何かしらの『刺激』を求めてたのかも知れない。つまらねぇ日常へのスパイスとやらが欲しかったのかも。
けど、けどだ。俺はゾンビ、語られる吸血鬼みたいに日の光に当たると死ぬとかそういうのはねーけど、当たり過ぎると腐る。腐敗する。一度死んだ身だから、脆くて下手したらすぐに崩れる。
そんな俺だから、俺はそんな存在のゾンビだから。
こういうちょっとした『ドッキリ』に、今格好悪く死ぬかと思った。すごーく弱く動いてる心臓が止まりかけたわ。
「…ぷっ、あははは! なーに今の悲鳴、イメージと違う」
「は!? あ、アンタ市場に居た」
「うんちょっと前ぶりだね? 僕ずーっと君を後ろから追い掛けてたのに君ったら全く気付かないんだもん、ああ因みに僕はちゃんと玄関から入って来たんだけど、駄目だよ~放棄された町だからって一人暮らしなのに鍵を掛けないなんて」
「いやいやいや?! 玄関から入れば良いって訳でもねぇし、それに、え!? 俺ちゃんと後ろに誰か居ないか確認してたけど!?!?」
「そうだね、だから僕は不法侵入を否定する気はないし…それについての説明とかもしたいから、取り敢えず今その手に取った物騒な薬品っぽいのを下ろして貰える? 皮膚はそれなりに強い自覚は有るけど痛いのはイヤだよ」
「……………」
そう大きくはない俺の部屋。洗面台の在る場所から居間に当たる場所に出てみれば、其処には市場で見掛けた奴が何食わぬ顔をして座っていた。そうそう今日俺に声を掛けてきた、店の外の席に座って大量に飯を食ってたあの。
はァ? 何で人ん家に居るの? ずっと俺の後ろを追い掛けてた? どういう事だよ。鍵は…確かに掛け忘れてたかも知れねーが、普通の人間が付いてこねぇ様に帰りはいつも後ろを気にして帰ってきてるし。
此処は人に見放された町だ。流行病とかで人が減って、人が去って、住む人が居なくなっちまった町。そんな所に俺みたいな行き場をなくしたゾンビが住み着いて『ゾンビ街』みたいになってんだけど、そんな不気味な町に人が来るとか。きっと俺なんかより、もっと早くから此処に住み着いてたゾンビ仲間もびっくり。
ああでもコイツ、今俺の事ゾンビって言ったな。ゾンビって聞いてたのに~って、つまりコイツは全部わかってて俺の後ろを付いてきたって事になるのか。何だその馬鹿みたいな話。
一瞬ゾンビマスターか? とも思ったけど、目の前の男からは俺の知ってるゾンビマスターと同じ様な物は感じられなかった。多分コイツはゾンビとは何ら関係のない何かなんだろう。こうして自分からゾンビに関わりに来る辺り、もう『普通の』人間なんかじゃないんだろうけど。
用が有るなら話は別だが、俺にはコイツに近付かれるだけの用件に思い当たる物なんかない。今後出来る予定もない。じゃあ何だ、暇なのか、コイツは。
それならこんな道を選んだコイツはきっと、趣味が悪いのかも知れない。ゾンビに自分から近付くなんて趣味が悪すぎる。
「ねぇ聞いてる? 君の手のそれおーろーしーてー! 物騒で近付けないよ…というか、それ何なの?? ラベルとかないけど」
「え? ああこれは1×のPBSだな、すぐ使える様に傍に置いてたから、ついつい手に取っちまったんだろ」
「いちかけぴーびーえす?」
「リン酸緩衝生理食塩水を水で薄めた物…って、近付くな! 何なんだお前!」
「生理食塩水って事は保存液って事で良いのかな? まぁまぁそう怒らないでよ、今から僕の事と、僕が此処に来た理由を説明するんだからさ」
にっこり、余裕の有る感じでこっちに笑い掛けてくるソイツは、俺が手に持ってるのが劇薬の類じゃない事を知って俺に近付いてきた。ああ法螺でも吹いとけば良かったな。今更言わなくてもわかると思うが、ゾンビな俺の戦闘力はゼロに近い。
防御力なんて和紙以下だから、棒を突き刺されたらそれだけで死んじまうだろう。特に俺のメンタルの方が。
一歩前に出られたら、俺が一歩後ろに引く。あーもう、此処俺の家なのに! …いや元々は違う人間が住んでたんだけど。
───…死んだ筈の汗腺から、汗が出てきた気がした。ふと前方から熱気を感じた気がしてぞわぞわする。これは恐怖か? 俺の二度目の死がやってくるのか。
いやでもこのぞわぞわとした感覚は、何かが違う様な。
「何となく察してはいるんだろうけど僕は普通の人間じゃないよ、君が僕に後ろを追われてても気付けなかったのは僕が空を飛びながら追っていたからだ」
「そら」
「そう、空、僕は空を飛ぶ生き物だよ」
「え…ええー??」
「今は人間の姿をしているけどね、実体は翼を持っていて、堅い皮膚と鋭い爪を持っていて、火を吹いて…」
「……ワイバーンってやつか…」
「あんな二本足と一緒にしないで!!」
いや竜を連想してくれたのは良いんだけど! 何でドラゴンより先にそっちの名前が出てくるのかなぁ!? ワイバーンとか知らない子は知らないよね。
俺の予想にそんな反応を返してきたソイツは、不服そうに叫びながら俺の肩をガシッと掴んできた。痛覚がない俺としちゃ痛くはない…が、力は強そうだな。多分強く握り込まれたらぐしゃりといきそうな気がする。俺の皮膚は脆いから。
ああそれより、そうかコイツはドラゴンなのか。
若干必死な形相で迫るソイツの姿を、俺は真面目に見てみる。いや、普段あんまり人をじろじろ見るって事はしないんだ、逆に見つめられたりしてゾンビだってバレたら大変だからさ。
けど、今回はもうバレてるし。迫られてる所為で無駄に顔もちけーし。
淡い色の髪から覗く相手のその目は、近くで見ると金色に近い色をしてるのがわかった。ああ確かにそれは人間のそれじゃない。そんなに長くはねぇ髪も顔のサイドを少し多めに残して、残りは後ろでぴょこんと縛る、そんな女みたいな髪型をしてるソイツだけど、その髪が隠す様にしてる耳も先の方が尖ってるしな。上手く人間に擬態している様だけど、それも『わかる奴にはわかる』レベルの擬態なんだろう。
───…ついでとばかりに着ていたシャツを捲って見せられた腹には、確かに黒い鱗が付いていて人外だっていうのを証明させられた。うん、別に鱗まで見せられなくても良かったんだけど。
「…で、そのドラゴン様が俺みたいなゾンビに何の用だよ? 俺らゾンビの肉には新鮮さなんてねーから食っても美味くはねぇと思うぞ」
「いや捕食するだけならわざわざ挨拶とかしないし…市場で会った時にも思ったけど、君ちょっとどこかずれてるよね」
「取り敢えず俺は飯を食いたいから、特に大した用がないならお前には早くお帰り願いたいんだが」
「あーっ待って! 結論を急がないで!」
目の前の男の言い回しに何となく腹が立って、俺は拳を握る。…と、ソイツは慌てた様に身を引いた。
ドラゴンとかいう戦闘力の高そうな奴が俺みたいな非力なゾンビが拳を握るだけで慌てるなんて何だか可笑しな話だが、まぁ良いか。これで漸く話が進む。
ついでに忘れてたけど、俺買い物から帰ってきてからまだ何も食べてなかった。口が寂しい。何の為に化粧してまで市場に行ってたと思ってるんだ。
「僕は君にちゃんと用事が有って此処に来たんだよ、市場に居たのも君が市場を利用してるって聞いたからだ」
「………聞いたって誰に」
「あ、それは企業秘密だからまだ教えてあげられない」
「………………」
けど、これで少しは話を聞いてくれる気にはなったよね? 君に危害を加える気なんてないから、ついでにその警戒も解いてくれると僕は嬉しいんだけど。
そんな無茶な事を言うドラゴン様は、そう言って俺から距離を取る。きっと俺の警戒を解く為なんだろう。
ああもう面倒くさいな。正直、どんな理由が有ってもこういうよくわからんのと関わるのは面倒で仕方ないんだが。
夢は見てた、ゾンビ以外にも人間がその存在を疑う様な架空の生物が、化け物とも言われる様な存在が居る事。それは確かに俺が願っていた事では有るんだけど。
けどそんな存在に自分が関わるっていうのはまた、違う話だろ。そりゃ幾ら俺が今、とっても暇な毎日を送っているとしても。
「僕はね、今自分の番になってくれる存在を探してるんだ~、お嫁さんってやつ! で、僕は君にその番探しの手伝いをして欲しいワケ」
「……、…ハァ…?」
「ゾンビは年を取る事がないからあまり気にしてないだろうけど僕は今年頃でね、そういうお相手を探す時期なんだよ、因みにその番探しに君を選んだ理由は幾つか有るんだけど、今の所の理由としては君がゾンビだからっていうのが大きいかな」
「はぁ…」
「ドラゴン同士でお見合い…なんて事がない訳ではないんだけど、ドラゴンも意外と縄張り意識の強い生き物でさぁ、近付くのも一苦労なんだよ! それにこの多種族共存の世界だ、僕は自分とは違う種族に僕の子を産んで欲しい、だから」
だから、それを探すのに協力して? …そんなふざけた事を言った相手の金色の瞳が一瞬赤く光った気がして、俺は口に溜まった唾液を思わず飲み込んじまった。
ごくり、小さく喉が鳴る。
ああ確かにコイツは何かを『狩る側』の存在なんだろう。
多種族の奴に子を産ませたい、それは好みの問題だからどうでも良い。ただそれの協力者に俺を選んだ理由が俺にはイマイチよくわからなかった。
ゾンビは体が崩れる事さえ気を付けていれば、確かに不死身だ。長く生きれる。けど体は何度も言う様に一度死んじまってるから脆いし、食べても多分美味しくない。ゾンビだから協力者に最適って理由にもならねぇだろうし。
そもそもゾンビって定義されてる奴はこの世界に俺一人な訳じゃねーんだ、特にこの近辺にはゴロゴロ居る。中には俺みたいなひ弱な奴じゃなくて、こう、戦闘に特化してそうな奴? お前これから人間襲いに行くんじゃねーのって奴もいるんだぞ。そういう奴は見た目の劣化も激しいけど、使えはするだろう。だから余計に、俺は俺を選んだ理由が本当に検討つかねぇんだけど。
俺みたいなゾンビに拘らなくても、適任者になりそうな奴なら他にも沢山居るんじゃね? それこそ同じ様に空を飛んで移動出来る奴とか。ドラゴンに関する職に就いてる奴とか。
コイツの言ってる事が嘘か本当かは後で考えるとして、ドラゴンが実在したんだ、それならそんな職業の奴が居たって可笑しくはない。しかもそれはかなりの即戦力になってくれると思う。俺と違って。…そう思っての俺のそんな言葉に、けどソイツは目を細めて綺麗に笑った。
まるで俺の言葉なんて予想してたみたいに。そしてそんな言葉を、欠片も望んじゃいなかったみたいに。
「確かに僕らの存在を認知してる奴らは他の種族の中にも結構居るよ、人間の中にも…けど僕さ、こうして人型をとって人に紛れてはいるけど人間ってあんまり好きじゃないんだよね」
「? そうなのか? 退治されるから?」
「それも有るかな、遭遇する度に勝手に襲われるって勘違いして攻撃してくるでしょ、使役しようとするのもムカつく」
僕らドラゴンってね、別にそう好き好んで人間を食べる訳じゃないんだよ。どうしても飢えてヤバいって時にはやっぱり食べちゃうんだけど、基本は人間と同じ様に牛や豚、猪の肉を好んで食べるの。
だってあんな脂肪と筋で出来た存在、美味しくないでしょ。牛とか豚の方が断然良いに決まってる。
───…そんな事を言う相手に、今度は俺が目を細めてしまった。まぁ気持ちはわかる、確かに人間は脂肪と筋ばっかりで食用には向かない。けど。
あの、俺も一応元人間なんですけど、ドラゴンさん。
「けど一番彼らを好まない理由は、僕の友達を殺しちゃった事かな」
「……………」
「ずーっと昔の事だよ、今から百年くらい前の事なんだけど、こんな僕によくしてくれた人間の子供が居たんだ」
けど風の噂でね、その子は同族である筈の人間に殺されてしまったって聞いたの。変な話だよね、僕らは何かをしでかさない限り同族同士で争う事はないのに、人間は簡単に人間を殺してしまえるんだ。僕はそれが不思議で仕方ないよ。
ただその時の子供への情けで、人間自身を嫌いには『まだ』ならないであげてる。人の姿をして人に紛れて、そんな軽率な人間の姿に笑ってやるだけに留めてる。それもまぁ、楽しいしね。
そう言ってさっきとは違う笑顔を向けてきたソイツは、最後に「まぁ好き嫌いの話以前に非常食として食べちゃったら問題だから、だからゾンビが最適なんだけどね、流石にヤバくても腐った肉を食べようとは思えないもん」って言葉で締め括った。
おいこら俺の同情を返せ。悪かったな腐っちまってて。
「と、いう訳なんだけど」
「協力しないぞ」
「え」
「お前がどういう経緯で俺の事を知ったのかは気になる所だが、俺、ゾンビだからあんまり日に当たってると腐敗が進むし…人前に出るなら当然見た目を気にしなくちゃならねぇ、あと俺に得の一つもない」
「えー? 退屈な日常を変える事くらいなら出来るよ? 長生きって暇でしょ? というか僕、仕事の合間にこうしてわざわざ君にコンタクトを取りに来たから、これで断られると色々と困るんだけど」
「………けど! とにかく! 俺はあんまり外に出たくはねーの! 腐っちゃうから!!」
「僕は君はもっと外に出て風に当たった方が良いと思うけどなぁ…家の中は保管された皮膚のスペアとか諸々が有るんだろうから仕方ないとしても、君、ちょっと臭いよ?」
「え」
「腐敗臭してるよ」
「え」
前言を撤回しよう。俺はきっとコイツに協力するべきなのかも知れない。
この話の流れだと食われる事はないみたいだし、コイツの実力は知らねーが、ドラゴンなら何かしら危ない目に遭っても逃げる事は可能だろう。あとちょっと空とか飛んでみたい。背中に乗りたい。
チラッと聞こえた仕事とやらは、今はまぁ良いか。
俺の意思が変わった事に気付いたらしい相手は、にっこり笑うと「交渉成立だね」と手を差し出してきた。正直まだこの話に何の得も見いだせてねぇ俺だけど、それでも不思議と手は上がる。
コイツにも察されてたくらいだ、案外、俺は自分でも思ってた以上に退屈な日々を送ってたのかも知れねーな。食べる事しかマシな娯楽がなくて、何年も何年も。
それを変えられるなら、確かにこの話は『良い話』だった。
「僕の名前はショウだよ、ショウくんって呼んでね」
「ショウだな、…ドラゴンってもっと変わった名前してると思ってた」
「ああ実際にはもっと長ったらしい名前が有ったりするんだけど、真名っていうのはそう簡単には人に明かさない物だよ? それに僕は外では基本この名前で名乗っててね、君にもこっちで呼んで欲しい」
「わかった、俺はアキだ」
「アキか…あ、じゃああっくんだね!」
「アキだ」
「…君って結構頑固だね…アキくんって呼ぶよ……」
差し出された手を取る。生前と違う俺の手じゃ感じ方が違うのかも知れねぇが、ショウの手は少し皮膚が固いくらいで後は普通の人間の手とそう変わらねー様に俺には感じられて───数秒後、俺はすぐにその手から手を離した。
あっヤバい、これはヤバい。俺の一度は死んだ脳が危険信号を出してる。
「え、アキくん?」
「ショウ、お前俺に触るな」
「えっ」
「お前、確か火を吹くって言ったな? 俺だって人間の平熱くらいだったら触っても全然問題ねーけど、お前体温高い、お前に触ったら俺腐っちまうわ」
「えっ…えー……」
「どーしても接触しなきゃならねぇなら、俺の為にその体温を下げるか触っても熱が伝わらねぇくらい皮膚を堅くするか何かしてくれ! 駄目、腐るのだめ!」
痛みはない。痛みはないけど、ショウの手を握った途端手に『ジュワッ』とした感覚が有った。それとなく自分から腐敗臭に近い臭いもした気がする。焼けてはないだろうけどそれに近いかくはあるのかも。
さっきショウの方から熱気を感じたのも、どこかぞわぞわとしたのも、きっとそこから来てるんだろう。コイツと居ると普通以上に俺の腐敗が進んじまうんだ。
ああ、これは前言撤回の撤回をしなきゃいけないかも知れない。
握手をした自分の手をもう片方の手で抑えて目を泳がせる俺に、ショウは不服そうに「えー、ドラゴンが人型になるのってそれなりの経験積まなきゃいけないから、結構凄い事なのにぃー」とか言いながらぷっくり頬を膨らませた。
悪いなショウ、お前がどれくらいの努力をして今の人型をとってるのかは知らねーが、俺はゾンビだから自分を腐らせるだけの存在にはおいそれと近寄れないんだ。あとお前男だろ、ほっぺ膨らました所で大して可愛くねーから止めとけ。
「あ、じゃあこっちなら平気かな」
交渉決裂を察したのか、ショウが次の提案を始める。炎に包まれる様にして発光したショウの体が、段々と小さくなっていって。
次に其処に現れたのは、ちょっと厳つい翼と爪の目立つ、堅そうな真っ黒い皮膚と鱗で全身を覆っている、なんか凄くデカいトカゲみたいなやつだった。ドラゴンって言うより、翼の生えたデカいトカゲで。
あっちょっと可愛い。そう思ったのは、此処だけの話にしておきたい。