護身用料理入門
きれいに片づいたカウンターキッチンを前に、赤い服に白のエプロンの女性と、一回り背の高い白シャツに紺のエプロンをした男性が立っている。
「今日の料理は皆さんお待ちかね、吉良野ミレイさんの『15分でお弁当』です」
男性、きまじめに一礼。女性、意味もなく大笑い。何かテンションが上がっている。
「やははは。今日は殺そうとしてくる相手から身を守る10の料理を教えます」
「1つだけです」
男性あっさり否定する。
「そう。昔、ボクデンって人がね、食事の支度の途中で暴漢に襲われてね、そのとき慌てず騒がずエイヤッて、囲炉裏端にかけられていた鍋の蓋で暴漢の刀を受け止めたって話があるのね」
言いながら女性、いきなりコンロに乗っていたオレンジの鍋のフタを手に取り振り上げる。
「騒がずって、『エイヤッ』て叫んでますよね?」
「そんな、細かいこた、どうでもいいのよ。これがいわゆるナベブタ防御ってやつね。身の回りのものはなんでも使おうと思えば護身用に使えます。それをちゃんと意識してやるのがエライのよ。料理は身を助けるということね。で、これがあたしの考えたミレイパン」
右手にナベブタ、左手に深型フライパンを持って笑う。
「これ、革新的なのよ。特殊部隊にいたコックさんと協力してもらって、あたしが作ったのよ! 考えたの! 普通の深型フライパンだと煮物とか揚げ物とか、できるのはせいぜい焼く、炒める、揚げる、煮る、蒸す……くらいなのね。でも、銃弾を弾いたりするのは苦手なのね。鍋で何発も銃弾受けると穴が空きます。でも、このミレイパンなら大丈夫! この鍋底の曲面が巧く衝撃を逃がすようになってるの。かぶればヘルメットにもなるし、フタの透明部分はポリカーボネートだから拳銃弾や火炎瓶くらいなら大丈夫!」
「ミレイさん……あの……」
困った顔の男に気がついて、女性再び大笑い。
「あー、ごめんね! 宣伝NGだったね? やめるね」
言いながらフライパンを足下に投げ込む。足下からがんがら音がするが気にしない。
男性も気にせず、カメラを向いてにっこりと笑う。
「そういうことで今日は護身用のお弁当です」
「今日はサンドイッチ! サンドイッチなら持ち歩いても銃刀法違反で捕まったりしないからね」
女性、カウンターの端の籐かごにささっているフランスパンをひょいと引き抜く。
「パリの女の人って、みんなフランスパンを紙袋に刺して歩いてるってイメージあるでしょ? フランスパンって、バケットとパリジャンがあるんだけど、防御重視ならバゲットよりパリジャンをお勧め。パリジャンの方が短いけど太いのね。バゲットだとナイフで襲われたときに通っちゃうのね。細いから。バタールはダメよ。サイズが中途半端だから。それだったらバケットの方がウリャアアアッて突き出してナイフを払えるからいいわ。叩いちゃダメよ。さすがにダメージ与えるほど堅くないもの。でも攻撃を反らすくらいはできるし、ノド突いたら危ないわよねーって」
バゲットを男性に向かって突き出すが、男は軽く手をひねってかわす。
「やっちゃダメですよね」
「ダメよ! でも自分が死ぬよりはマシよね」
「いのちだいじに」
「がんがんいくわよ」
バットのように軽くスウィングしてみる。ブンッという音をマイクが拾う。
「パリジェンヌって、ああいう堅いパンを食べてるからあごがしっかりしてるのよね。だから咬みつきにも強いらしいわよ。咬まれたことないけど」
「わたしもありません」
「おそろいね!」
2人そろって笑う。
男は静かに、女は大口を開けて。
そもそもフランス女性に咬まれた経験のある日本人はそんなにいないと思う。
「サンドイッチにするとき、パンに大きく切れ目を入れたりカットしたりするけど、それはお勧めしないわね。防御力が落ちるから」
「落ちますか」
「落ちるわよ! なので軽くスジだけ入れます」
ペティナイフを取り出し、全体に筋目を刻んでいく。
「次にバターをすり込みます」
塊のままのバターをごりごり、大根をおろすかのようにパリジャンにこすりつけていく。
「ニンニクもすり込みまーす」
生のニンニクを取り出してカウンターの上に置くと、再び足下から取り出したフライパンでバンッと叩いて潰す。
「このように打撃武器としても有効です……ぬりぬりっ……と」
潰れたニンニクをバケットにこすりつけるが、あまりすり込めているようには見えない。
「うまく塗れないけど、まあ、ニンニクの香りが強すぎるといけないから、こんなもんでいいのよ」
「ニンニクは必要ですか?」
「臭いが強いと虫とか吸血鬼とか寄ってこないでしょ!?」
あっはっはと笑う。
男性も静かに微笑む。
「次にぃ、サンドイッチだから具を挟むんだけれど、切れ目がないので挟めませーん!」
さらにあははと大笑い。
「挟めませんね」
「なのでオープンサンドイッチにします。生ハムにしようかと思ったけど、今回は防御メインなので干し肉にしまーす」
足下から赤茶色っぽい薄手のベニヤ板のようなものを取り出す。
「堅そう……ですね」
「複合タイプのドライビーフでぇす。アメリカ、ナボナ族の族長は、騎兵隊のライフル弾を胸に受けましたが一命を取り留め、そのまま戦闘を指揮し続けました。これは奇跡でも超人でもなく、胸元にしまってあった携帯食の干し肉があまりにカチンコチンになっていて、それが数枚かさなって複合装甲状態となっていたためです」
「本当ですか?」
「ウソです」
きっぱり言い切りながら、1枚取り上げる。
「みんなゲームのRPGばっかやってると、防具は布よりも皮、皮よりも鉄が高性能のように思いがちだけど、実際は布や皮でも加工次第で丈夫になるわね。軽い分だけ鉄製よりも機動性が上がり、トータル防御力では上になるんじやないかな。ただ、少しばかり堅いので、そのままではパンに乗りませーん。なので、塩水につけていつたん柔らかくし、そのあとすぐに火で軽く炙って乾燥させながら曲げていきます」
なんの話かいろいろとっちらかったことを言いながら、コンロの火にあてながら干し肉を少しずつ丸めて曲面を形成していく。
「肉切り3年、型どり5年といって、いろいろ修行するんだけれど、家庭用なので細かい出来は気にせず思い切りよくやりましょう。これが上手にできるようになると、彼氏彼女のために皮鎧も作れるようになります。クリスマスプレゼントに手作りの皮籠手を交換するって、ロマンチックよね」
一方、曲げに苦労している男性。
「私は生ハムの方が好みです」
「生ハムにしたいときは、枝肉で買った方がお得だし美味しいし、そのまま打撃武器として骨まで使えるのでお弁当と一緒に持って行って食べるときに切り分けましょう。ちゃーちゃららー。でも荷物が重くなるのよね!」
女性笑う。男性はまだ苦労して干し肉に曲面を与えようとしている。
なんとか干し肉を丸められると、今度は女性がパンに乗せて爪楊枝でぶすぶす固定していく。
「そのままだとこぼれ落ちちゃうので、爪楊枝で固定します。どこから食べても良いように、万遍なく乗せて、しっかり止めます」
「ピックというよりピッケルですね」
太くて長めのピックの両端が尖っているので、なかなかうまく刺せない。
サンドイッチにピックを刺すというより、赤いサボテンを作っているようにしか見えない。
「パリジャンに装甲を施しているみたいですね」
「さすがに槍は通っちゃうわよ。死ぬかと思ったわ!」
「いつ試したんですか!?」
答えはない。
女性はもう次の作業、ニンジンとキュウリを取り出しスティック状に切り出している。
「野菜が足りないので、野菜足します。栄養バランスは大事よ!」
今度はスティック野菜を装甲の隙間からパンに突き刺していく。
「はい、あなたも刺して」
男性にひとつかみのスティック野菜を手渡すが、うまく刺さらない。
「あなた、不器用ねえ。そういうときは先を削っちゃうと刺さりやすくなるの」
ペティナイフを渡され、スティック野菜の端を尖らせてはパンに突き刺していく。
そのとき、ふとカウンター済のガラスの大瓶に気づく。
「あっ、忘れてたー!」
また大笑い。
「本当はニンニクと一緒にハチミツも塗らないといけないのよ。そうしないとパンとドライビーフの間に隙間ができるから」
「……ええと、ハチミツはお好みでご使用ください」
「ということで、アーマード・サンドイッチの完成でーーーーすっ!」
「えええええっ?……完成です!」
画面に大写しにされるフランスパンのサンドイッチ。なんとなく、トゲトゲがいっぱい付いていて、鬼の金棒みたいに見える。
女性、サンドイッチを手に取る。
「ピクニックやハイキングの途中で暴漢にあったら、これでボウカンッとやっつけちゃうのよ。こんな感じ……」
といきなり、フルスイングして男性の腹に叩きつける。
ボカンッ
「あら……」
男性、ちょっと顔をしかめるが、それだけだ。でも、パンは凶悪なしっかり腹に刺さっている。
けげんそうに、そして不満そうに、腹部にパンが刺さった男性のエプロンをぴらりとめくり上げた。
「あ、ずるーいっ!」
エプロンの裏には干し肉が何枚も重なるようにしっかりと貼りついている。
「ドライビーフがなければ即死でした」
「ざんねーん」
「……残念じゃないですよ。でも、まあ、時間内に完成しました」
「おめでとー! わたし! ありがとー、みんな!」
大きく手を振っている女性を背景に、材料と手順がもう一度画面に表示される。
「また来週!」
「もうやりませんよ」
2人言いながら一礼。
お囃子の音と共に暗転。
幕。