Life4 親父と息子
深夜12時。テレパシーの悲しき被害者となったのは、ある大企業の社長。
この出来事に、深夜には社長に電話が鳴り響き、早朝から会社に全社員が集まった。
社員達はパニック状態で、跡継ぎ問題や、これからの方針で会議になり慌てていたものの、一つの結論がでた。これにはみんな泣く泣く賛成したのであるが……
会議を終えた後、マスコミが騒ぎ出してきたので社員達が全力で応対する。
社長が疲れた顔で社長室に帰ると、ポケットから携帯を取り出し、社長の一人息子にメールを送った。
社長には今年で25歳になる息子が一人いる。息子は頭もよく、何でも器用に出来る息子だ。社長は息子を跡継ぎにすると、ずっと前から決めていた。しかし、そんな都合よく物事は進まない。
その一人息子は、社長である父を嫌っているのだ。それも無理のない話なのではあるが……
社長はいわゆる仕事人間。それが問題で息子が小さい頃に息子の母と離婚している。
お母さんっ子だった息子は、自分の都合で勝手に離婚した社長を恨んでいるのだ。
それからというもの、息子は社長と最低限のことしか話をしていない。
それに息子は友達とバンドを組んでおり、音楽で食べていくつもりでいる。社長の跡を継ぐ気などさらさらない。
そうと分かっていながら社長は息子を呼んだのだ。迷っている時間などないのだから……
メールを送ってから15分程経ったとき、社長室に息子が入ってきた。
「外はマスコミでいっぱいだっただろ? 大丈夫だったか?」
社長は淡々とした口調で息子に語りかけた。
「なんとかな。それでなんだよ?」
息子は、社長をまるで汚いものを見ているかのような目で見ながら言葉を返した。
「あぁ……」
社長が話そうとしたところを息子が「ちょっとまて!」と言って止めた。そして、社長に問いかけたはずの息子が口を開いた。
「やっぱ言わなくていいわ。大体分かる。どうせあれだろ? 遺産やるから俺の跡を継げって事だろ? 違うか?」
息子は、「はぁ〜」と一つため息をつきながらそう言った。
「前まではそう思っとったよ。でも、残念ながら外れだ。私はこの会社を売却することにした。そうすればみんな今まで通りの生活が出来る。お前だって会社の跡継ぎなど本望じゃないだろ?」
社長の意外な返事に息子は驚きを隠せない。しかし、強がる息子は「当たり前だろ!」と言葉を返す。
「だろうな。やはりこれでよかった。お前はお前の生きたいように生きればいい。お前は、社員と共に会社売却の話しを聞いて手続きさえしてくれれば、それからはもう自由だ。これが私の出来る最大の罪滅ぼしだ……」
社長は息子がなぜ自分の事が嫌いなのか気づいていた。社長は離婚して少し経ったとき、自分のしたことに悔いた。しかし、今さら言い出すことも出来ず、ズルズルと時だけが流れてしまったのだ。
そして今、社長は息子に精一杯の自由を与えるため、会社の売却を選んだのだ。
さっきまで社長に強く当たっていた息子だが、こればかりは言葉が止まってしまった。
そして、少しの沈黙が流れると、息子がまた一つ「はぁ〜」とため息をついた。
「湿っぽい……あぁ、湿っぽい。こういう空気が一番嫌いなんだよな俺。なぁ、ちょっと1時間くらいそこで待ってろ。絶対戻ってくるから」
息子はそう言うと、社長室を出ようとした。しかし、それを社長が止めた。
「なんだよ?」
息子が社長を睨みつける。
「外にはマスコミがまだいるはずだ。だから……」
息子が、また社長の発言をさえぎる。
「分かってるよ。裏口だろ? ここに来るときも裏口使った」
「そうか……」
息子は社長の驚いた顔を見て、少し自慢げな態度で社長室を出て行った。
1時間で戻ってくると言っていた息子だが、1時間30分を過ぎても帰ってこない。社長も、ちょくちょく腕時計で時間を確認するようになっていたそのとき、息子が帰ってきた。
しかし、息子はボロボロになって帰ってきた。顔にはアザや腫れができている。
これには社長も「どうしたんだその顔は!?」と息子を心配した。
「そんな驚くなよ。バンドを辞めるって言ったら、みんな怒り出してよ。少し時間掛かっちまった」
息子は、頭をかきながら面倒そうに社長に言葉を返した。
「お前……なんでバンドを辞めたんだ。音楽で生きていくんじゃなかったのか……?」
社長は、あまりのことに冷静さを失っていた。息子は、そんな社長を見て、またため息を1つつく。
「今日のあんた可笑しいねえ。やっぱ死ぬ前だから混乱してんのか? 状況見れば一発だろうが。事情が変わったんだよ。俺はバンドを辞めちまった。これで生きていく術は無い。だから俺が会社を継ぐよ。会社を売ろうなんて考えんな」
息子は照れくさそうに静かにそう言った。社長は「しかし……」と、まだ納得する様子は無い。
「何にせよ強情なとこは変わってやがらねえな。おい親父。あんたは俺に生きたいように生きろって言ったよな? だから、生きたいように生きてんじゃねえか。あんたは、この会社の何代目だ?」
息子は、叱るような口調で社長に問いかけた。
「3代目だ……それよりお前、今、私のことを親父と……」
「そんなこと言ったっけか? 覚えてねえな。それよりも、3代目なんだろあんた? ここで会社売っちまったら4代目から名前変わっちまうんだぜ? それじゃなんかすっきりしない。だから俺が継ぐ。そんで、もっとでかい会社にしてやる」
息子が照れを隠すような表情でそう言う。社長は息子の言葉に返事を返せなかった。
そして、息子が社長のポケットから社長の携帯を取り出して番号を打ち、社長に渡した。
「でも条件がある。この番号に電話しろ。最後くらい喜ばせてやれよな。自分の本音ってやつをさらけだしてよ」
その番号は離婚した息子の母の番号であった。これには社長も戸惑ったが、息子の気持ちを無駄にしたくないと、意を決した。そして何よりも、社長の心には……
社長は手を震わせながら携帯の電話発信ボタンを押す。
プルルルルっという音が数回鳴り、ガチャという音が鳴る。
もうここからは社長と息子の母の世界だ。息子に入る余地は無い。
息子は、2人の会話をあまり聞こうとせず、ある準備を始めた。
息子が準備しているときに伝わってきた言葉、感情。「愛していた」「すまない」そして、瞳から綺麗に流れる涙。それは全て、話している2人にしか分からない本音の姿であった。
そして2人の時間が終わった。最後に泣きながらお別れを言った社長を見て息子が笑った。息子が社長の前で笑うのなんて何年振りかわからない。
「まぁ座れよ。きっと母さんも最後にいい思い出が出来たと思うぜ。あんたがした過ちによって傷ついた母さんの心も少しは救われたんじゃないか。気持ちっていう最高の回復魔法でな」
息子は照れながらそう言うと、社長と自分のグラスにビールを注いだ。
「本当にそう思うか……? 私は最低の父親だったんだなと今になって思うよ。すまんな」
社長は悲しそうな表情で息子に謝った。
「けっ。今ごろ遅いんだよ。とにかく飲もうや。こういう湿っぽい話は酒が入んないとやってらんないからな。少しは経営のノウハウも聞かないといけねえし。そんじゃ。乾杯」
「あっ、あぁ……乾杯」
2人はグラスとグラスをカチンと合わせ乾杯した。
それから2人は残りの時間ずっと語り合った。自分達を見つめなおし、営業のことについて語った。2人の本音と本音がぶつかりあった瞬間である。
親子2人でこれだけ語り合ったのは初めてのことであろう。そんな時間は過ぎるのが早く、あっという間に深夜12時前となった。
「もうこんな時間か……時とは流れるのが早いものだな……」
「だな。お別れの時間……きちまったみてえだな」
「最後に聞きたい。私はお前にとって、少しでも父親と呼べる存在だったか?」
息子は少しの沈黙の後、「そいつはあの世で教えてやるよ」と言った。
この答えに、少し驚いた顔を見せたものの、すぐに笑顔になった。ただし、この笑顔はみんなに見せる笑顔ではない。息子に見せる、唯一の父親としての笑顔である。
「そうか。楽しみにしている。では、さらばだ息子よ。会社の経営は難しいと思うが、お前ならできると信じている」
時間は深夜12時。社長の体が段々と消えていく。その姿を見て、息子は軽く舌打ちをした。
「あぁ湿っぽい! やっぱあの世の件は無しだ! アディオス マイ ファーザー!!」
息子がそう叫ぶと、社長はニコッと微笑み消えていった。
社長が消えると息子は窓を開けタバコを取り出し、月を見た。
「けっ。最後まで子どもに負の感情を与えながら死ぬんじゃねえよ馬鹿親父が……」
息子はそう言いながらライターを取り出しタバコに火をつけた。
「あ~あ。これから大変だぜ。経営の勉強して……その前に、髪の毛も服装も真面目にして転生しますってか。ばっきゃろう……」
息子が吐くタバコの煙には、静かに瞳から流れ落ちる涙が混ざっていた。
息子の涙が混ざったタバコの煙は、月に向かって静かに舞い上がっていった。