Life3 君は白鳥
深夜12時。テレパシーを受け取った人間は、みんな少なくともマイナスの感情になる。そのはずだった。しかし、ここにテレパシーを受け取り、嬉しさのあまり笑顔が込み上げている青年が一人……
その青年は引きこもりだった。ある理由で高校を中退して以来、もう数年間、ほとんど外に出ていない。
青年は、テレパシーを受け取った日の真っ昼間に、満面の笑みで自分の部屋の押入れの奥深くから隠しておいた大量の改造銃と改造爆弾を鞄の中に入れ、勢いよく外へ飛び出した。部屋に、「今日。僕はみにくいアヒルの子から白鳥になります」と書いた書置きを残して……
勢いよく外へ飛び出した青年が向かった先は、少し自分の家から離れた一軒家。
青年は一軒家の敷地に入り込み、一軒家の裏にあるガラスを割り、家の中へと進入した。
青年が中へ入った直後。家の人であろう人物がこちらへ向かってきているであろうバタバタと、慌てふためいた足音が聞こえた。
その足音を聞いた青年は鞄から改造銃を取り出し、ドアに向かって改造銃を構える。
そして、この家の人であろう誰かが部屋のドアを開けた瞬間、青年は改造銃を撃った。
撃たれた家の人であろう人物は、何者が何をしたのか脳が確認する前に息絶えた。当たり所が悪かったのだ。撃った本人は素人。狙って撃てるはずは無い。神は青年に微笑んだのだ。神は、どんな生物にも同じように味方する……
青年は、血を流し、ピクリとも動かない家の人であろう人物を見て、笑いを押し殺すように笑った。
青年に罪悪感などなかった。あるのは快感のみ。青年は思った。これほど楽しいことがあっていいものかと……
青年は殺害後、何かを探すように家中の部屋を探し回った。
青年が一階を探し終え、二階への階段を上る。そしてまた、同じように部屋を探していると、青年が急に立ち止まった。
立ち止まった青年は、部屋の前にかけてある札の名前を読み、また笑った。
部屋の中にいる人物は大音量で音楽を聴いているようで、部屋の外まで音が漏れている。これでは、さっきの騒動に気づかないのも無理はない。
青年は改造銃を構え、勢いよく部屋のドアを開けた。
部屋を開けたそこには、ヘッドフォンをつけ大音量で音楽を聴きながら読書している女性が一人。
女性は、部屋を開けた音には気づかなかっただろうが、背後に人の気配を感じて、バッと後ろに振り向いた。
改造銃を持った青年がいると確認した女性は、慌てて音楽を聴いていた機械を止めると、「誰!!」と叫んだ。
青年は、そんな女性をみてニタニタと笑っている。
「何が可笑しいの!? 笑っていられるのも今のうちよ。今すぐお母さんに警察を呼んでもらうんだから!」
あまりに突然。そして、あまりに得体の知れない気色悪い青年がニタニタと笑っている光景に内心、ビクビクしながらも、自分を鼓舞するように、青年を睨みつけながら大きな声で言葉を発する。
そんな言葉を吐かれても、青年はただただニタニタと笑みを浮かべている。
「ほ……本当に呼んでやるんだから!」
女性はそう言った直後、大声で「お母さん!」と叫んだ。だが、返事は無い。
「そうだったんだ。あれ、お母さんだったんだ」
青年は、微笑みながらそう言うと、女性が「どういうこと!」と言葉を返す。
「どういうこともこういうことも無いさ。お母さんはもうこの世にいない。でも、すぐに会えるよ。どういうことかというとね、理沙という人間も殺さないといけないんだ。そうだよね理沙?」
青年は、改造銃を理沙に突きつけながら冷静にそう言い放った。
それを聞いた理沙は、流石に自分の許容範囲を超えたのか、恐怖でガタガタ震えだし涙も出てきた。しかし、このままじゃ駄目だと思い、許容範囲を超えても精一杯強がる。
「あんた、私達家族になんの恨みがあんのよ! なんで私の名前知ってんのよ! もしかしてストーカー!? ふざけんじゃないわよ!」
理沙がそう言った途端、青年はさっきまでのニタニタした不気味な笑みはどこへやら。とても冷たい、不機嫌な顔へ変貌した。
「僕のことなんて覚えてないよね。そうだよね。君みたいな学校のアイドルが……白鳥のように輝いていた君が……僕みたいな人間を覚えていろというほうが無理がある」
理沙は、青年が咄嗟に言葉を返してきたことに驚き、返す言葉に戸惑っている。
青年は、そんな理沙に構わず、また口を開いた。
「きっと君は大学でもモテモテなんだろうね。たくさんの友達が出来て、たくさんの男に告白されて、たくさんデートして、たくさんSEXしてさ。20歳過ぎて引きこもっている僕とは雲泥の差だ。でも、それも君のせい。覚えているかい? 僕が君に告白したときのこと」
そう。青年が引きこもった理由は理沙にあった。
青年は元々、高校で何人もの人に苛められていた。でも、青年は不登校になることなく学校に登校した。それは、理沙の存在があったからなのだ。
青年は理沙に惚れていた。惚れていたといっても顔や性格にではない。その人望にだ。
理沙は学校でも人気の女子で、男女共に人気があった。青年は理沙に憧れていた。いつか、理沙のようになりたいといつも思っていた。
そう思っている内に、青年は理沙自身を好きになっていた。
そして、青年は勇気を出して告白した。青年だって「はい」と言う返事をもらえるとなんて思ってはいなかった。それは正にその通り、青年は理沙に断られた。だが、理沙が普通に「ごめんなさい」と断っていれば、こんな事にはならなかったかもしれない……
理沙は青年に告白され、大きなショックを受けたようで、「醜い」「うざい」「あなたに告白されるなんて信じられない」と、青年を罵倒して断ったのだ。
ついには理沙が泣き出し、走り去ってしまうという最悪の結末。
これには青年もひどく傷つき、苛めから耐えるための支えが消えた青年は、次の日から学校に来なくなり、引きこもりになったのだ。
しかし、こんな出来事を理沙は覚えているはずはなかった。子どものように泣きわめきながら「そんなの知らないわよ!」と繰り返し叫んでいる。
その言葉を聞いた青年は、何か全てを諦めたように理沙に向けて静かに改造銃の引き金を引いた。
叫んでいた理沙の声はパタリと止み、床にドサッと倒れた。
青年は理沙から流れる血を少し手につけ、それを舐めた。
「僕と理沙。血の味は同じなのに、どうしてこんなに差がついたのだろう。まぁ、それももうどうでもいい話か」
青年は、フフッと笑うと、独り言のように喋り続けた。
「ねぇ理沙、聞こえるかい? 理沙は白鳥のように美しかった。でも、死んでしまったらもう同じ。羽をもがれた白鳥は飛べやしない。だから共にあの世で過ごそうよ。地で這いつくばってる僕を、飛びながら見下してた理沙も地に落ちたんだ。これで少しは理沙に近づけたよね? そうだったら嬉しいな」
青年はそう言いながら、改造爆弾をセットした。
「でも、きっとあの世でも理沙は白鳥になるんだろうな。僕も、この世ではみにくいアヒルの子だったけど、あの世で白鳥になるんだ。そして、あの世で理沙と一緒に……」
青年が言葉を言い終える前に爆弾は爆発し、青年も理沙も塵となった。
青年がテレパシーを受けとって決意したこと。それは、青年を罵倒して振った理沙に復讐することではない。
青年は理沙の事を忘れることが出来なかった。青年はどうしても理沙と一緒になりたかった。
青年はテレパシーを受け取って、誰が見ても不気味で嫌気が起こる、こんな歪んだ行為を実現することを決意したのだ。
この事件は、歪んだ愛情をもった青年が起こした救いようの無い事件である……