Life1 悲しき恋
彼の名前は桜井耕作。高校二年生。彼には高校に入学してすぐに恋に落ちた先輩がいる。
その恋が初恋だった彼は、入学してからすぐに先輩に近づき、気に入ってもらうために様々な努力をした。一学期が終わる頃にはメールの交換もしたものだ。
それから一年。二人は、だいぶ仲も深まり、いい感じになっているのだが、まだ付き合ってはいない。
彼も告白しようと思ってはいるものの、後一歩が踏み出せない状況にある。
だが、そんな彼も思わぬ形で先輩に告白することになるのだ……
彼は、学校へ行き友達と喋り、授業は寝る。いつも同じような毎日だ。当然。友達と話している時も授業で寝ようとしている時も考えていることはずっと先輩のことばかり。それはもう、友達からも「たまに上の空になってるなお前」と言われるほどだ。
学校が終わった後。家に帰る道。帰った後。頭の中に鮮明に映るのは、いつも先輩のことだ。そしていつも心の中の自分に「明日こそは告白するぞ!」と言い聞かせる。まぁ、それはいつも叶わず終わるのであるが……
そして夜も更け24時を迎えようとしている。彼は……いや、ほとんどの国民は揃って祈るように手を合わせるであろう。死を宣告されるあの時間がやってくるのだ。「俺の名前が……そして俺の知り合いの名前が呼ばれませんように」彼はそう祈る。だが、無常にもテレパシーが伝える人間は彼であった。
彼は、自分の事だと分かった途端に呆然とした。そして、自分が明日消えると考えると涙が溢れた。
テレパシーの伝えが終えた瞬間。彼の携帯が、友人や知り合いのメールや電話で鳴り止まず、階段からは家族が駆け上がってきた。
家族は、涙を流し鼻水をたらしながら、大声で「どうして耕作なんだ……」「耕作…耕作」と唸っている。
そのとき、ようやく携帯の音は止まったが、彼はメールを返す気も家族に言葉を返そうとも思わなかった。逆に「一人にしてくれ!」と叫びたかったほどだ。だが、家族の気持ちを考えると、そんな事は言えるはずも無かった。
しばらくして、家族も彼の気持ちに気づいたのか涙を流しながら静かに部屋を出た。
急に静かになった部屋で、彼はぼんやりと携帯のメール着信をチェックしていた。その中には普段仲のいい友達や、メール交換をしたものの交換しただけでメールをしていない友達。みんなから様々な言葉が送られている。彼は、それを見て涙が止まる事はなかった。
そして、みんなの言葉を見ている途中、彼は先輩のメールを見つける。彼は、先輩の名前を見た途端、慌てて先輩から送られたメールを開いた。
先輩も皆と同じように自分を本気で心配してくれている。それは、メールの文章を読んでいるだけで伝わった。そして、これは後々気づいたことなのだが、電話の着信も五回以上あった。これだけ自分を心配してくれているのに、このまま消えて……死んでいい訳がない。
彼は一つの決心を固めた。先輩に、自分が抱いている思いを全てぶつけようと……
彼は、そう心に決めた後も眠れるはずもなく朝を迎えた。そう。眠れるはずもない。この一日は自分の命そのものなのだから……
彼は、何か下が騒がしいと感じ階段を下りた。そこには彼と特に仲のよかった友達が彼に会いに来ていたのだ。
友達は彼に会いたがっていた。だが彼の家族が、まだ彼が精神的に落ち着いていないと思い、「耕作はまだ……」と友達を止めていたのだ。
だが、友達はそれでも彼に会いたがった。それほど会いたかったのだ。なので下が騒がしかったというわけだ。
彼が下に降りると、友達は「耕作!!」と叫んで、彼の家族を振り切り、彼に歩み寄る。
「出てきて大丈夫なのか耕作……?」
「あぁ。もう覚悟は決めた……」
それから会話が続くことはなく沈黙が続いた。すると突然、彼の友達が涙を流した。
「ごめん……ごめん耕作……耕作に言ってやれる励ましの言葉が見つからない……俺、何の助けにもなってやれねえよ」
彼は涙を流したまま床に膝を落とし、掠れたような声でそう言葉を発した。
その言葉に彼は、彼の家族は号泣した。彼の家に泣き声が広がる。端から見たら奇妙な声であるが彼らからしてみればこれほど悲しい泣き声はない。
その後も彼は様々な友達や教師、近所の人。色々な人から励ましの言葉をもらった。いや、励ましの言葉というより励ましの心だろう。みんな彼にかけてあげられる言葉が見つからなかった。
だが、彼はそれでも嬉しかった。沢山の励ましの心を受け取ったのだから。
しかし、励ましてくれた人達の中に先輩の姿はなかった。彼にはそれだけが気がかりだった。これでは先輩に思いを伝えることが出来ない。
しかし、先輩の家に直接行くのも気が重いと思った彼は、メールで「23時に笹木野公園の前で待ってます」とメールを送った。
彼はメールを送った直後、家族に別れの挨拶を告げ、公園へ行き先輩を待った。
公園で待っている時間はいつもの何十倍も長く感じた。彼は今までの思い出を振り返りながら先輩を待つ。
思い出に浸るうちに、太陽が沈み、夕陽が見え始め、空がオレンジ色に染まる。毎日毎日見る夕日ではあるが、この日に限っては、今日でこの夕陽を見るのも最後かと、オレンジ色の空を眺め続けた。
そして夜も更け、夜空に輝く星を見て「この星を見るのも今日が最後か」と呟きながら時計を見ると、もう23時を5分も過ぎているではないか。だが、先輩はまだ来ていない。彼はそれでも待った。先輩が来ると信じて待った。
先輩を信じて15分。まだ先輩は現れない。彼も少し「これはこれで仕方ないかな」と思い始めたその時である。暗い暗闇の向こうから一つの人影が見えた。
人影は段々とこちらに近寄ってくる。近寄ってくるに連れて人影もくっきりと人として見えるようになってきた。そう。先輩だ。
彼は、人影が先輩だと分かると、心の中でホッと一息ついた。
「来てくれてありがとうございます」
彼はまず、軽く先輩に礼をした。そして、先輩の顔を見ると、泣きそうな顔を一生懸命こらえていた。彼には先輩のそんなところも愛おしく感じた。
「ごめん……私逃げてた。耕作がいなくなっちゃうなんて信じたくなくてさ。それならいっそもう会わなければなんて思っちゃったの……本当ごめんね」
先輩は涙をこらえきれずに流しながらそう言葉を発した。
「いえ。確かに俺もこのまま先輩に何も言えずにこの世を去るのは嫌だなぁって思いました。でも、先輩は今ここに来てくれてる。それだけで俺は嬉しいんです。だから、もう謝らないで下さい。先輩は何も悪くないです」
「うん。ありがとう……なんか私が励まされちゃってるね。本当は私が耕作を励まさないといけないのに」
彼は、ここで伝えるべきだと思った。自分が先輩に抱いている思いを……
「大丈夫です。俺が先輩をここに呼んだのは励ましてもらいたからじゃないんです。俺、入学した頃からずっと先輩に一目惚れしてました。俺、入学した頃、あんまお洒落とかもしてなかったでしょ? でも、今はたまに先輩、俺のことお洒落だねとか言ってくれるじゃないですか? これ、先輩のためなんですよ。お洒落とかあんま興味なかったけど、先輩にお洒落だねって言ってもらうのがたまらなく嬉しくて……」
ここで一回話を止め、深呼吸する。その間、先輩は何も言わず彼の眼を見つめ続けていた。
「俺、先輩が好きです。ずっとこれを伝えたかった」
その言葉を聞いた先輩は、一気に涙が溢れた。
「遅いよ耕作……遅すぎるよ。私も耕作が好きだった。話してて楽しいし、一緒にいてて居心地よかった。私もいつか耕作に告白しようと思ってたの。でも、後一歩踏み込む勇気が無かった……遅すぎだよ。私達……遅すぎたんだよ……」
彼は、彼女からそんな返答が返ってくるとは思わなかった。心の奥底では軽く流される程度だろうと覚悟を決めていたからだ。なので、いい意味で予想を裏切られた分、彼の中には倍の嬉しさと後悔が生まれていた。
「一緒ですね俺達……俺もそうです。踏み込めなかったんだ。怖くて、それで仲が壊れたらどうしようって……でも、俺は今、先輩から最高の返事を頂きました。ありがとうございます先輩。俺にとって最高の癒しです」
彼は精一杯の作り笑いで先輩に微笑みかけた。先輩も彼の気持ちにこたえようと精一杯の作り笑いを返した。
「ねぇ耕作。最後にキスしていい?」
突如。先輩が彼にそう問いかけた。彼は、先輩の急な問いかけに「なんでキスですか!?」と驚き、質問返しをした。
「最後に私と耕作が繋がっている証を作りたいの。そうすればまた、あの世で会えるかもしれないから」
先輩は、彼の返事を聞く前に自分の唇を彼の唇に合わせ、キスをした。時間はもう23時58分を過ぎた。後2分足らずで彼は消える。彼らはその2分の間。ずっとキスをした。
そして、24時を過ぎる10秒前。彼の実体が消えていくのが分かると、先輩は咄嗟に自分の唇を彼の唇から離した。
離した後、先輩は彼の顔を見た。彼は泣いていた。でも顔は笑っている。必死で笑い顔を作っているのだ。全ては先輩を安心させたいから……そして、彼は静かに消えた。
彼が消えた後、先輩は大声で泣いた。だが、そんなことはお構い無しに、頭の中には死の宣告を伝えるテレパシーの声が頭の中に流れる。
先輩は初めて、次に流れる人物が自分だったらいいのになと思った。
だって、あの世にいけば耕作と会えるかもしれない。同じ方法で死ねばもしかすると……