歪んだ愛
【ハートの女王様】
ハートの国の女王は 唯一無二の存在
どんな男も跪く 甘い笑顔と魅惑の瞳
「可愛い可愛いわたしの民たち わたしのために歌ってちょうだい」
仰せのままに女王様
誰もが彼女に溺れていく
どんなことも思い通り
なんて素敵なことでしょう
煩いウサギは閉じ込めて
時計の針を止めるのよ
迷い込むはずのアリスはどこへ?
始まらない物語
終わらない饗宴
それもそのはず 彼女はもう
愛されることに溺れてしまった
「わたしは不思議の国の女王よ!」
心を奪うことに囚われた 哀れな少女は今もなお
玉座の上で微笑むのでしょう
【魚よ愛を捕まえて】
たった二つの腕では、救われる量の愛を捕えることができないと知った。
小さな手でもがけばもがくほど、わたしは暗く冷たい海に沈んでいく。
口から少しばかりの言葉が漏れても、それはあぶくとなって消え、誰に届くことはない。
黒い水が肺の中を埋め尽くそうとする。呼吸をするには、足りないの――
苦し紛れに掻いた水の向こう、わずかな月明かりにちらりと光った魚の鱗。
冷え切った波を無表情に切り裂いていく。
わたしよりずっと身軽で、ずっと遠くまでいける。
鈍く七色に輝く魚に願う。
「どうか、魚よ愛を捕まえて」
【CHOOOOSE ME!】
ライラとリリィは双子の姉妹。
ライラは強気でケンカも強い。リリィは夢見がちで甘えんぼ。ボクの隣のおうちに住んでいる。
ライラと墓場を探検ごっこ。三日月がケタケタ笑う夜も、彼女となら平気だ。怖がりなボクの手を引っ張って、ライラはうねった丘を散歩する。
リリィと丘でお昼寝。彼女の空想は空の上で現実のように広がる。わたがし雲がキャラメル色に変わるまで、二人でずっとおしゃべりするんだ。
でも、一つ悩み事がある。
二人ともボクのことを大好きと言ってくれるのは嬉しいのだけど、どちらか一人を選べと迫ってくる。
「あたしと付き合うか、じゃなきゃ死ぬか、どっちか選びなさい!」
ナイフを片手にライラが言う。
「わたしのこと、一番好きって言ってくれなきゃ、わたししんじゃうよぉ」
にこにこしながらリリィが言う。
二人は双子の姉妹。コインの裏と表よりもぴったりと寄り添っている。
ライラはリリィで、リリィはライラ。彼女たちは知らない。一つの体に二つのハートを持っていることを。
どちらかを選べばどちらも消える。
彼女たちはボクに残酷な選択を迫り続けるんだ。
くるくる回るコイン、どうか止まらないで。
【標本】
木箱を用意して、ガラスの蓋を用意して、翅を留めるピンも用意した。
やわらかくて美しい君の姿を失うのが怖くて、私は君を標本にすることに決めたのだ。
麻酔をして、丁寧に血を抜いて、腐らないように薬を入れて……。
しかし、君にはそんなもの必要なかった。君は私の用意した標本の箱に自ら入り、ピンを鼓動で波打つ腹に刺した。
何てことだろう! 血は一滴も出なかった。
腹から背中の向こうへ長い鉄ピンが刺し貫いているのに、君は優しく私に微笑みかける。以前のように、変わらない姿で。
ガラスの蓋をして、ラベルを貼った。愛しい蝶――そうペンで書き入れる。
ケースの中で絶えず君は微笑んでいる。君は不老不死を手に入れたのだ。
「あら、そんなにずっと眺めていらしたら、あなたのほうが標本のようでしてよ」
君はくすくすと笑った。
そう、私のほうが標本だったのだ。彼女の魅力に刺し留められて、ケースの前から一向に動くことができない。
彼女は永遠の美しさと命を保つが、私は寝食を忘れ彼女を眺めている。いずれ彼女の前で醜く朽ち果てるだろう。
標本になった我々は、その歪んだ心臓をお互いのピンで留められている。
【チョコレイト・ラヴ】
とろりとろとろ、チョコレイト。
甘く煮詰めてコーティング。
あなたにあげるプレゼント。
明日に迫るバレンタイン。
世間の女の子たちは、おまじないでチョコレイトに髪の毛や血を混ぜるんですって。
でもそんなのじゃ、全然全然足りないの!
私の愛を教えてあげる。
あまあくとろけるチョコレイト。
私のからだをコーティング。
あなたに渡すプレゼント。
今日は素敵なバレンタイン。
世界で私にしか作れない、たったひとつのチョコレイトよ。
私の全部をあげたいから、残さず余さず食べてほしいの!
頭の先からつま先まで、甘いお菓子になった私のことを。
きっともうすぐ固まって、なんにも考えられなくなるけれど、これだけはずっと胸の中にあるわ。
あなたが だいす き 。
【マネキン】
私は素敵な仕立て屋さん。
あなたのためにお洋服を作ります。
でもなんだか、最近うまくいきません。
いったいどうしてかしら?
アトリエにはたくさんマネキンがあるけれど、あなたのために作ったお洋服を飾るにはイマイチです。
だってあなた以外が着たってちっとも綺麗じゃないんですもの。
新しいマネキンを街へ探しに行きます。
どれも歪で、つまらない体型ばかり。
あなたに似たものを探しても、完璧なものは見つかりません。
私の大好きなお洋服たちを、大好きなあなたに毎日着せてあげたいのに、うまくいかないものですね。
ある朝妹に相談してみたのです。
素敵なマネキンはないかしら?
「そんなの簡単よ! 本物を使えばいいんだわ」
どうしてそんなに怖がっているのです?
毎日違うお洋服が着られるなんて幸せじゃありませんか。
だいじょうぶ、私がきちんと着せて差し上げますわ。
私は素敵な仕立て屋さん。
これでいつでもあなたのために、お洋服をたくさんこしらえられますわね。
私がマネキンを揺らすと、あなたは頷いてみせました。
【採寸】
あたしは素敵な仕立て屋さん。
君のためにお洋服を作るわ。
でも最近なんだかうまくいかないの。
変ね、あたし腕はいいのよ?
胸囲にウエスト、肩幅、身長、ありとあらゆる君のサイズを把握してるつもりよ。
いつ測ったのかって? そんなの言えるわけないじゃない。
サイズ表とにらめっこ。完璧なお洋服を作るには、まず完璧な採寸から始まるのよ。
もっときちんと測らなくっちゃ、君の身体を隅から隅まで!
でも髪の毛の長さまで毎日きっかり測っているのに、どうしてうまくいかないのかな?
ある朝おねえちゃんに相談したの。
どこを採寸したらいいかなあ?
「そんなの簡単よ。まだ測っていないところがあるじゃない」
やっぱりおねえちゃんは天才ね。まだまだ採寸漏れがたくさんあったわ。
腸の長さも、骨の長さも、胃の最大値も、知らないことばかり。採寸の腕がうなっちゃう。
そのためには中身を見なくちゃね。
私は素敵な仕立て屋さん。
これで君のためにお洋服をたっぷり作れるわ。
さあ、君の全部を測らせて?
【恋の戦争】
ピンク色の迷彩服を身にまとい、私は戦いへ身を投げる。
絶対に負けられない戦いなの。わかるでしょう?
あたり一面は焼け野原、敗北した女の子たちの墓標がずらりと並んでる。
――恋っていうのは、戦争なのよ。
おかあさんは口癖のようにそう言った。
戦いに勝ったからおとうさんと一緒にいられるんだって。私を生むことができたんだって。
ピンクの戦車は煙をあげて、恋の邪魔者を打ち落とす。
定期試験も、先生のお小言も、全部吹き飛ばして!
今の私の前には、勝利の道だけが広がっているべきよ。
ライバルたちが君の周りに群がっているのが見える。
絶対負けないわ。ロックオン、銃をかまえる。
「なにしてるの?」
彼に不思議そうな顔で言われて、銃の形にした指をあわてて背中に隠した。
焼け野原も並んだ墓標も消えて、辺りは普通の学校になる。
私も、迷彩服姿じゃない。ただの制服。
「ううん、なんでもない!」
私はそういってごまかした。まだ標的に知られるわけにはいかない。これは極秘任務よ。
恋っていうのは、戦争なの。
敗れた女の子たちは深手を負うだろうけど、私はそうはいかない。
この戦いに勝って、あなたの心を手に入れてみせるからね。
【リロード】
足元にたくさんの、たくさんのたくさんの骨や死体が転がっている。歩きにくいことこの上ない。
これも、ダーリンの周りには邪魔者が多すぎるせいだ。わたしとの恋路を阻もうとする人間は、誰であろうと赦さない。
「ころさなくちゃ……ダーリンとわたし以外の人間は全員ころさなくちゃ……」
構えた銃が火花を吹いて、今まさにわたしの前に現れた邪魔者たちを一掃する。
最近は邪魔者のレベルが上がってきて苦労するようになったけど、恋には障害がつきものだし、これを乗り越えればふたりの距離ももっと近付くだろう。
ビルの陰に隠れて、銃をリロードする。薬莢がばらばらと地面に落ちた。
これはわたしに会えないダーリンの涙。待っていて、きっとすぐ片付けて会いに行くから。
街一つが静まり返った頃、わたしは太腿にころした人間の数だけペンで正の字を書き入れた。
数が多すぎて、今日一日分のだけ書き入れて夜に洗い流しているけど、もうスカートから字がはみだしてきてしまっている。
こんなところ恥ずかしくてダーリンには見せられない。いずれ全部終わったら、お風呂で綺麗に洗って完璧な姿にしなくては。もっとおしゃれして、かわいいって褒めてもらう予定なのだから。
顔に付いたべとべとの返り血を、リストバンドで拭った。
――もう少し、もう少し待っていてね、ダーリン。
【歪んだ愛】
「ねえ、君の好きな女の子は見つかった? え、見つからなかったの? それは残念。
ぼくは、このまっすぐで歪んだ女の子たちが大好きだよ。それしか愛せないんだ。
生半可な恋愛なんて、お遊び同然でしょ。ちょっとくらい壊れたり欠けたりしていたって、真剣な愛は何にも勝るんだからね。
一途だったら何をしてもいいのかって?
ふふ、それは彼女たちの采配によるなあ。ぼくは構わないと思うよ。恋する乙女は無敵だからね、誰が何を言ったところで聞こえないのさ。
見てごらん、彼女たちはこんなに穢れのない目をしているんだよ。
ぼくは彼女たちを邪魔するなんて野暮なこと、とてもじゃないけどできないよ。
それにね、さっきも言ったようにぼくは彼女たちを『愛している』んだ。彼女たちの幸せがぼくの幸せ。
――彼女たちの不幸も、ぼくのしあわせ。
君たちに向けられる歪んだ愛がこじれてねじれていくほどに、ぼくは震えるほど嬉しいんだ。
綺麗なものが綺麗なまま壊れていくのは、矛盾しているようでありえることなんだよ。
少女たちの純粋な愛は、歪に組み合わさって複雑な模様を描く。
ぼくはその行方を見守っていたいな。
やれやれ、理解できないって顔をしているね。まあいいさ。
ぼくが書きとめたこの少女たちが幸せになれたかどうかは、またいつか教えるよ。
その時、君が彼女たちの愛に押し潰されていなければね」