第一部 第二章 大会崩壊と少年 その2
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「準々決勝第一試合がいよいよスタートします。一回戦を圧倒的強さで制した紅一点ディーテ対砂漠の貴公子ルガー。はたして勝つのはどちらでしょうか!」
選手の控え室に、これから始まる戦いの実況が響いてきた。
選手たちは自分の出番に備えてなのか、それとも緊張からか、じっと動かない。汗の匂いが充満した密室。屈強な青年たちのなかに、場違いとも思えるような少年が紛れ込んでいた。
その少年の仮面は奇妙だった。白色の仮面に眼と鼻と口がついているだけで、特徴らしい特徴がないのである。外見から彼の能力を予測することは出来ない。そう、その少年とは、カオスだった。周りにいる選手たちの視線を集めている。なんだこのガキは。運で勝ち進んだのか。次にこいつと当たるヤツはラッキーだ。そんな想いが込められた視線。
沈黙の中、突然、控え室のドアが大きな音を立てて開いた。
「カオス! あんたの対戦相手が決まったわ。ディーテという女よ」
メテアが興奮気味に云った。
「あいつの能力は……やっぱり変身よ。巨大なヘビに姿を変えて尻尾の一撃で失神KO。他の動物にも化けられるかもしれない。気をつけてカオス」
眼が点になっている選手たち。
カオスが恐る恐る、
「あの……メテア……ボクが勝ったらってことだよね。次の対戦相手って、今ココにいるんだけど……」と、顔を蒼くした。
「だから何よ。こんなヤツラにあんたが負けるわけないじゃない」
「ちょ、ちょっと……」
雄叫びを上げて出場者のひとりが立ち上がった。
「ガキども、許さんぞ!」
☆
「準々決勝第二試合を始めます。今大会最年少のカオスくん対放浪剣士ナト。いったい勝ち残るのはどっちだ!」
歓声が上がる円形の会場。太陽の熱と相まって、ものすごい熱気だ。
「カオスに決まってるでしょ。コテンパンにしちゃいなさい!」
腕を振って応援するメテア。隣にいる人たちが少し距離をおく。
舞台中央で対峙するカオスとナト。
ナトの仮面は、額の中央から短い剣が伸びている。鋼鉄で出来ている鉄兜だった。
「それでは、試合開始!」
カオスは正直、勝てる気がしなかった。対戦相手ナトの両腕を剣に変える能力……相性が悪いのである。
カオスの能力はコピー。ナトのように単純な能力は、お互いに技術の差が勝敗を決めることになる。一応、剣の訓練を受けはしたが、ナトの技術は初戦でチラリと見ただけだが、かなりのものだった。それに体格の差がありすぎる。奇襲のような作戦は立てられない。
「細切れにしろ、アヌー」
ナトの両の腕が剣と化す。
「収縮と同一を、ユグドラ」
カオスの両腕が剣に変わるのを見て、ナトはニヤリと口元をゆがめた。
「やはりお前の能力はものまねか。初戦を観てそう思ったよ。ならばこの勝負、俺の勝ちだ。剣の腕で俺に勝てるかな。地獄滅殺流免許皆伝ナト、全力でいくぞ」
ナトは両手を広げながら歩をゆっくりと進めた。
カオスは自分の腕を見た。ひじから下が剣になっている。剣の重さ、強度を、地面に叩き調べてみる。腕を動かすのと同じくらい軽く、それでいて簡単には折れそうもない。
カオスのコピーは、ただ外見をまねるだけではない。質、量も同一になるのだ。そのため、カオスは瞬時にどういう能力、性能を持っているのか、判断しなければならないのだ。
ナトが右腕を垂直に振り下ろす。
カオスは左腕を上げて防ごうとするが、ナトの攻撃は空中でピタと止まった。
カオスは一瞬、そのことに注意を奪われた。次の瞬間、腹部に激痛が走り、後方に飛ばされる。足蹴りであった。
「動体視力はいいようだな。だが、地獄滅殺流の極意はフェイントにある。そう簡単には見極められんぞ」
カオスは呼吸を整え、跳躍した。左腕を大きく振りかぶる。
「多少、剣術の心得があるようだが、俺には通用しない」
「ギリギリまでがんばりますよ」
カオスの攻撃は難なく止められる。しかし、そのまま右腕の攻撃を水平に払う。
「甘い!」
しかし、これも簡単に止められる。
カオスは受け止められた反動を利用し、身体をひねり、回し蹴りを繰り出す。
ナトはそれを、身体をそらしてよけた。
「そうだ。動きがよくなってきたぞ。だが、まだまだ甘い。こうだ!」
そういうとナトは先ほどのカオス同様、大きく跳躍し、右腕を振り下ろす。それをカオスは受け止める。しかし、受け止めた腕に手ごたえがない。ナトは剣が触れた瞬間腕を曲げ、ひじをお見舞いする。
カオスは胸を強打され、大きく下がる。
「地獄滅殺流は全身が武器なのだ。お前はいいものを持っているな。かろうじて急所をはずしている。訓練を重ねればナカナカの腕になるぞ」
「ご、ご教授……どうも……」
メテアはここまでの展開を固唾をのんで見守り、大きく息を吐いて腰を下ろした。と同時に、隣に座る人物がいた。その男は舞台上から眼を逸らさずにメテアに話しかけた。
「カオスの調子はどうだい?」
「どうもこうもないわよ。このままじゃヤラレちゃうわ」
「そうか……対戦相手は……ナトか。それじゃ、分が悪いな」
「あの男を知っているの?」
「ああ、東にあるニョッカ島を知っているかい? 閉鎖されていた島なんだけど、最近三叉の矛によって強制開国させられてね。蓋を開けてみると島民たちはものすごい戦闘集団だったんだよ。ニョッカを落とすのに、ラデス直々に出向いたらしいんだ」
「三叉の矛の総帥……ラデス……」
メテアは噛み締めるように云った。
「ナトは、最後まで抵抗していた者の、ひとりなんだよ。彼の強さは本物だ」
「ナヌ? そんなに強いの。カ、カオス! しっかりしなさい。あんたも応援しなさいよ、シャイア」
メテアは再び立ち上がった。
つづく