第一部 第一章 混沌の風 その2
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「ラーマを倒したのは、シャイアなんだって」
カオスが嬉々として云う。
「カオスも彼ぐらい強くならないとね」
「無理だよ。シャイアは世界で一番強いかもしれない。対峙した瞬間、もう負けているんだから。でも、彼がぶつぶつ云っているときに、なんとか攻撃できれば勝てると思うんだけど……」
「確かに彼の能力はやっかいね。だけどあんたの云うとおり、発動前が肝心なのよ。今度リベンジしなさいよ」
カオスの家の食卓で、二人はシャイアの話題に夢中になっていた。
「さあ、ゴハンよ。お待たせ」
そう云って、カオスの母親がクリーム状のスープを持ってきた。
「ありがとうおばさん。もうペコペコよ」
「いただきます!」
ふたりは手を合わせた。
母ひとり子ひとりの家にメテアが転がり込んできたのは、今から五年前の暖かい夜のことだった。
キリシの村は海に隣接している。そのため主食は魚だった。食事が偏らないように村人たちは近くに農場を持っていた。
五年前――隣に住むメテアが泣きながらカオスの家の扉を叩いた日――彼女の両親は稀にみる豊作だったため、ついつい夕暮れちかくまで刈り入れを行っていた。
帰りが遅い両親を心配して、メテアは農場を訪れた。
そこで眼にしたのは、ラーマに襲われている両親の姿だった。
当時、十四歳だったメテアは恐怖にかられ、身動きヒトツできなかった。ただ両親の死ぬ様を見つめることしかできなかった。後悔し、その反動でメテアは強さを求めるようになった。いつの日か、ラーマを倒せるようになってみせる……と。
そしてカオスの父親もまた、ラーマによって失っていた。
カオスが十歳のとき――今から八年前、隣町からの帰路を襲われ、帰らぬ人となったのである。
だからカオスには、メテアの気持ちが痛いほどよくわかった。
強さに憧れる継姉に従ってカオスも武術を学んだ。仮面の持つチカラを引き出す術、また、自分の能力をどう使うべきかを必死に勉強した。
「二人ともシャイアくんの話題で盛り上がっているの? 村中大騒ぎだからね」
「本当にすごいよ、シャイアは」
「で……当の本人の姿が見えないんだけど」
メテアは面白くなさそうに尋ねた。それは彼の強さに対する嫉妬心だろう。
「なんでも帰る途中、密猟者らしき人たちを見かけたらしく、ひとりで何処かへ行ったらしいわよ」
カオスの母親、ショカはにこやかに答えた。
額にもうヒトツの眼がある仮面。顔の前面にしか仮面がなく、うしろは黒くツヤツヤとした頭髪が流れている。動くたびに香りが漂い、他人をリラックスさせる。またショカは人柄もよく、村中の人々に人気があった。メテアを自分の娘のように愛している、優しい母親を、カオスは誇りに思っている。
「さあ、食べ終わったら早く寝なさい。明日はラーマを売りに行くのを手伝いなさい。あの巨体ですもの、きっと人手が必要になるわよ」
食事を終え、二人は自分の部屋へとむかう。離れ際……、
「……ありがと」と、メテアがボソボソと云った。
「ん? 何か云った」
「……何でもないわよ。早く寝なさい」
カオスはキョトンとした。
「でも、本当に無事でよかったよ。これに懲りて、ひとりで森に入るのはやめなよ。じゃあ、おやすみ、メテア」
「はいはい、また明日ね。おやすみ」
閉じられた扉にむかって、再びメテアはボソボソと云った。
「……バカ」
つづく