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第二部 5 ユグドラ

     5 ユグドラ


 シャイアの元へ駆けつけると、そこには一番おそれていた光景が広がっていた。

 ついに、シャイアも仮面に支配されてしまったのだ。

 仮面から伸びる無数の緑色の糸が、シャイアの大きな眼に突き刺さっている。そのシャイアがバガドルンの頭に食らいついていた。じゅるじゅると音を立てている。

 カオスたちの存在に気づいたシャイアは、バガドルンを離し、血まみれの顔を向けた。

「私はラナヘイム。地球に降り立つ前の星を支配していたもの。この肉体を使い早く復活することを望んでいた。そうして私は今、こうして立っている。君たちの希望は消えうせた。私を止められる生物は、宇宙の何処を探しても存在しない。みなは私を倒せるだけのチカラを手に入れるために、他を食し、強さを求めた。しかし、如何なる能力を持ってしても、私を止めることは不可能である」

 ラナヘイムはカオスとメテアに対して、交互に視線を走らせる。何順目か繰り返し、カオスにピタリと視線を止めた。

「お前は……ユグドラ?」

「こいつを知っているのか?」

 カオスは自分の仮面を指差す。

「私の永遠のライバル。ユグドラか? まさかお前ともあろうものが……」

 恐れを含んだその言葉を訊いてカオスは勝機を見出した。

「コピーを恐れているのか?」

 ラナヘイムは自分たちの言葉で何かを叫んだ。その刹那、太陽の光が何かに遮られた。頭上に眼をやると、空を埋め尽くすほどの仮面人間たちが集まってきていた。今、世界中の仮面人間たちがここに、集合しているのだった。

「私の能力は究極支配。肉体のあるもの、精神を持つもの、魂あるものなら、すべてを支配することができる」

 視線をメテアに向けた瞬間、彼女がカオスの首に手をまわした。ぐいぐいとチカラを入れるメテア。それだけではない、土すらも支配しているのか、地面がもりあがり、カオスの足を覆う。

「面白い星だ。その辺に転がる石ころに至るまで、魂が満ち満ちている。すなわち、私にとって理想の星というわけだ」

 しかしカオスは、焦ることなく静かに囁いた。

「ボクにとっても、地球は味方だ!」

 カオスはシャイアが思いついた方法を試したのだ。

 マーの能力で糸の生体を透視し、エフノの能力で糸と肉体を害なく切り離し、瞬間移動で糸を体外へ出し、サラノスの麻痺で動けなくした仮面を結界で封印し、反射鏡を張り巡らせ、太陽光で焼き尽くす。

「良い作戦だ。だが、糸を切り離す作戦は、他の惑星でも経験済みだ。奥の手がこの程度か、ふふ、まあいい。どのみち余興だった」

 しかしラナヘイムは、光をも支配し、肉体に接触するのを防いでいた。

 それでもカオスは、攻撃の手をゆるめなかった。

 シャイアの能力を使いメテアの動きをとめ、足を固定させていた土を払いのける。自由を得たカオスは、ラナヘイムへと接近する。

 結界内に毒霧を注入する。毒液を注ぐ。

 まばゆい光の中、ラナヘイムの声だけが響く。

「そんなものか……ユグドラよ、地球人ごときに支配されているから弱いのだ」

 結界が……光と毒が乱れ飛ぶ結界だけが上昇した。その中から、無傷のラナヘイムが姿を現す。カオスが右手を前方に突き出した。大気が渦を巻き伸びて行く。しかし渦は大きく弧を描き大地を砕いた。ラナヘイムの真上に浮かぶ無数の暗黒球。大地から伸びる無数の鞭。それらもすべて見当違いの場所へ攻撃を繰り出す。それでもカオスは歩をとめない。

 メテアに被害が及ばないように。

 雲行きがあやしくなったかと思うと、すぐに嵐になった。大雨が降りそそぎ、落雷が起き、暴風が吹き荒れる。カオスはメテアの元へ戻り、彼女が飛ばされてしまわないよう、抑えつけた。その瞬間だった。嵐がやみ、太陽が顔を覗かせた。手をかざしながら上空を仰ぐカオスだったが、思わずこうつぶやいていた。

「どうなっているんだ……」

「さあ、もう一度体験するがいい。もっと強力な嵐を」

 予言通りになった。たちまちあたりが闇に覆われ、雨が真横から襲ってきたのだ。

 さらなる異変に気づくカオス。

 メテアの身体が浮く。飛ばされてしまわないように腕をつかむ。しかし、それほど風は強くないのだ。

「私は今、地球の自転を速くしている」

 重力の減少……カオスは思考を巡らせた。

 最大の敵を、どうやったら倒せるのか……。

 答えは、不可能……。

「捕らえたぞ!」

 ラナヘイムが歓喜の声を上げる。それは勝利の雄叫びだった。

 カオスの身体が硬直した。

 嵐が収まり、再び光が大地を照らす。

 ドンというメテアが落ちた音が響くが、振り返ることが出来ない。まっすぐ、ラナヘイムを見つめるしか術はなかった。

「長い間、この瞬間を待っていた。前回は逃げられたが、もう、あのときのようなミスは犯さない。さようなら、ユグドラ」

「ボクが倒れても、メテアがいる。地球は、今までのようには行かない」

「そのセリフ、何度聞いたことか……さらばだ、少年よ、この星での出来事は、心にとどめておこう。次へのステップに、な」

 暗転。

 震動。

 爆発。

 閃光。

 カオスの内部で、何者かが伊吹を上げた。

『我が名はユグドラ』『やっと現れたか』『お前の願いは伝わっている』『なら話は早い。ボクの身体をくれてやる。だから、あいつを倒してくれ』

『断る』

『どうしてだよ。お前ごと食われるんだぞ!』『わかっている。だが、遅すぎたのだ』『支配のこと?』『うむ。だが、今なら間に合うだろう。勝てるかどうかはお前次第だがな』『どういう意味?』『この肉体は今、ふたつの精神に分かれている。この間に、支配は我が受け、自由となったお前が、ラナヘイムを倒すのだ』『……』『お前の自我が自由だということは、すぐに見抜かれるだろう。時間との勝負だ。行けるか?』

『やるしかないだろ』

 ラナヘイムからの束縛から解放された。何故、動けるのか、理解に苦しんだラナヘイムは一瞬とまどいを見せた。カオスが叫ぶ。

「地球を、人間を、なめるから負けるんだ」

 カオスは駈け出し、右手を大きく振りかぶった。

 こぶしを、仮面に振り下ろす。

 ラナヘイムは叫ぶヒマすらなかった。砕け散る仮面。

 カオスはそのまま、シャイアの頭部から伸びている糸をすべて引きちぎった。しかし、糸が肉体を求めて蠢く。カオスの眼に、仮面が映った。踏みつけ、細かく砕き、そうして小さな光る物体を発見した。

 米粒くらいの大きさの光る球。

「こんなモノに……」

 カオスはそれを拾い上げ、親指と人差し指で、つぶした。


 シャイアが完全に仮面の支配から離脱したとき、静寂が訪れた。

 それと同時に、正気に戻るメテア。

 彼女の眼に映ったのは、仮面から糸が飛び出している、カオスの姿だった。

「カオスやめて! 進行が……進んでしまう」 

 止めるメテアをよそに、群がる仮面人間たちに対して、カオスは切り離しを開始した。

 その数……数十万…………カオスはひとりも見捨てない。ラナヘイム亡き今、もうひとりの強大な敵、ユグドラさえ倒すことが出来れば、チカラは均衡する。そう考えた仮面人間たちがいっせいにカオスに向かって攻撃を開始したのだ。

 ひとりを仮面の呪縛から解放するたびに、カオスの仮面から一本、また一本と糸が増えていく。カウントダウンが始まる。しかしカオスは、誰も見捨てたりはしない。

「イヤよ。カオス! イヤアア」

 人々が正気を取り戻していく。仮面を失い戸惑うものの、助かったことに歓喜する。

 開放されていく人々とは別に、カオスだけが人間ではなくなっていく。

 歓声が沸きあがる。ただひとりだけ泣き叫ぶ女。

「彼らを救えるのはボクしかいないんだ。世界とボクひとりの生命を天秤にかけるなんて出来ない」

「何を云ってるの。あなたがいない世界なんて意味がない。ワタシを独りにしないでよ!」

 メテアはカオスの糸を掴み、引きちぎろうとする。その間も、ひとり、またひとりと仮面から解放される仮面人間たち。それと同時に、カオスの意識は遠のいていく。

「……わかったわ。あなたが世界を救いたい気持ち……みんなを愛する気持ち……もう止めたりはしない……ねえ、カオス。絶対零度って、知ってる?」

 メテアはカオスの首に、キリシ村伝統の首飾りをかけてあげた。

 ついに……全人類が仮面から開放されるときがきた。

 人々は自分の顔をじかに触るのは久しぶり、もしくは初めてで、ゆっくりと吟味する。

 これが自分の本当の顔!

 人々は隣にいるものの素顔を食い入るように観察する。

 精神支配を恐れる気持ちがあるが、周りを見て、それも徐々に杞憂だと知る。

 そんな中、人ごみを掻き分け、シャイアはカオスたちの元へ駆け寄った。

 そこで彼が眼にしたものは、氷づけになった、抱き合うカオスとメテアの姿だった。


                                   第二部 完


つづく

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