第二部 4 苦しみ怒り悶え、そして別れ
4 苦しみ怒り悶え
カオスたちはニョッカ最大の都市ラウティに足を踏み入れた。ここならば、仮面人間に対抗できる人材がそろっているはずだからだ。中には彼らの仲間入りしたものもいるだろう。だが、支配されていないものも多く残っているはずだ。カオスたちにとって最後の賭けだった。
以前、エラを倒すために訪れたときとは景観がガラリと変わっていた。
建物からは煙が上がり、人々の賑わいは消え、ざらついた風が吹き荒れている。
人の気配はない。
ゆっくりと歩を進める三人。
それをふさぐように、立ちはだかる人物たちがいた。信じられない人物たち……それは、ナト、サラノス、アトロスの三人であった。支配されていない……糸のない仮面をつけている……が、感情のない眼が違和感を放っている。
「死んだはずよ。誰かの幻影の能力なの?」
つぶやくメテアに、
「あの存在感、質感、幻影ではないようだ」
とシャイアが憎々しげに答える。
「どちらにしろ、ボクたちの気持ちを踏みにじる行為だ」
カオスは二人の前に出て、
「ここは……ボクが……」
静止しようとするメテアをカオスはさえぎる。
「この現象を操る人物がいるはずだ。シャイアとメテアはそいつを探して」
シャイアたちの姿が見えなくなると、ナトたち三人は無表情のまま少し広がり、ナトは腕を剣に、アトロスは大気の渦を纏い、サラノスは自慢のヒゲをさする。
「何故、こんなことをするんだ。許されるべきではない行為だぞ」
カオスの言葉に答えず、ナトが前に出た。後退するカオス。さらに追うナト。カオスは体勢を崩した。この隙をつき、大きく剣を振り上げる……が、足元が突然爆発し、ナトは大きく飛ばされた。
「隙をついのです。以前、あなたが教えてくれた戦略」
続いてアトロスが走り出した。
腰の入った重い回し蹴りが繰り出される。カオスはそれを大きくかわす。渦をもかわさなくてはならないからだ。アトロスの攻撃は休まることを知らない。拳、肩、ひざ、五体すべてが殺傷力を備えている。ほれぼれする流れ。
カオスは熱い涙があふれてきた。
尊敬する仲間、偉大なる男と拳を交えなければならない哀しみ……怒り……。
「あなたはただ攻撃をするだけではなかった。教えてくれましたね、相手の能力を観察し、何を得意とし何を苦手とするかを見極めろ……と」
カオスは母親の能力を発動した。まばゆい閃光がほとばしる。アトロスがひるんだ瞬間、銃声が響き渡る。
「大気の渦をずっと張っているわけにはいかない。かならず、呼吸のための空気穴が必要になるのです。この人形が――」
そこでカオスは足元にいる、マーの人形をさし、
「肉眼では見えない空気穴を発見し、そこを攻撃したというわけです」
右肩に銃弾を受けたアトロスは一歩退いた。
最後にサラノスが前に出た。すでに粒子を散布しているのだろう……が、カオスには効かない。
「あなたは戦いのむなしさ、生きる喜び、仲間の大切さを教えてくれましたね。テシュパくんを見て、ボクたちも子供が欲しいと思うようになりました。豊富な知識、過去の歴史をもっといろいろとあなたから訊きたかった」
毒の効かないカオス……そこでサラノスは周りにある家々や植物を生物に変化させた。
「あなたの能力はコピー能力のボクには効かないのです。ボクは解毒剤を自分でつくりだせますからね」
そこでカオスは上空にまなざしを向けた。頬を大粒の涙が流れている。
「今までありがとうございます。出会ったことに感謝しています」
太陽の光が……三人を一掃した。
☆
シャイアとメテアの前に、数人の仮面人間たちが立ちふさがった。彼らの雰囲気も何処かしら感情がなく、ナトたちと似ていた。それを見てシャイアが云った。
「彼らも操られているような気がする」
「そうね。もしかしたら、相手は死者を蘇らせる能力?」
「かもしれない」
仮面人間の間をすりぬけ、ひとりの男が前に出てきた。こちらは他と違い、眼をぎらぎらとさせている。
「ご名答。正解だよ。俺の名はバガドルン。人の記憶に残る死人を蘇らせることが出来る。以前この肉体の男は俺の能力をもてあましていたが――」バガルドンは自分の頭を指さす。「使い方次第だよ。うまく使えば、この世界を支配することも容易にできる」
「死者の軍団というわけですか……でも、人道に反する行いですね」
「何を云っている? 俺の世界では簡単に頂点に立つことはできない。だから持てる力のすべてを使う。奇麗事ばかり並べるから人間は弱いのだ」
「その優しさや思いやりが、この宇宙でもっとも偉大なチカラなんですよ。ラナヘイム」
シャイアは死者の支配を試みた……が、反応がない。彼らには魂がないことを意味する。そこで、バガドルンを操ろうとするが、彼の姿は何処かへ消えていた。
「肉体、精神、魂の三つで成り立つ人類だが、こいつらは肉体のみしかない。お前の能力はスルトアールハイムが教えてくれた。俺の能力の前では無力だ。さあ、絶望に震えるがいい」
何処からかバガドルンの声が響く。
「シャイア、ここはワタシが……」
「ダメだ。君は能力を使ってはならない。カオスと約束したんだ」
「そんなこと云ったって……」
シャイアが駆け出した。彼の能力からすると無謀と云えよう。死者の軍団は生前の能力を失わずそのまま持っている。降り注ぐ岩の塊、飛び交う刃をシャイアは何とかよけている。だが、徐々にではあるが傷を負っていく。
「メテアはカオスの元へ行け」
「え……」
「早く!」
メテアは早く戻ってくることを約束して駆け出した。
シャイアはそれを見届けると大声で叫んだ。
「私たち人類は何者にも屈しない。世界を守ってみせる」
次の瞬間、シャイアの身体の上に、わらわらと死者たちがのしかかってきた……。
☆
メテアがカオスの元へ戻ると、彼は絶望と哀しみに打ちひしがれていた。
何度も何度も蘇ってくるナトたちに、何度も殺さなくてはならない苦しみ……哀しみ。カオスの精神は磨り減っていた……磨耗しきっていた……。
「カオス…………」
メテアはそんなカオスを見て、自分も心を痛めた。背中から強く抱きしめる。
「もういいよ……カオスだけがこんなに苦しんで……ワタシ……絶えられないよ」
憔悴しきっているカオスは、それでもなお笑顔を浮かべ、
「ボクは支配なんかされない。ヤツラになんて屈しない」
無情にも、ナトたちは迫ってくる。
「あなたを失うくらいなら、ワタシが生きている意味がない。死ぬときはいっしょに……」
メテアはナトたちに向き直った。
「世界とワタシたちに害をなす存在に終止符を……スルトラ」
「メテア!」
周りに水気はない、にもかかわらずメテアの眼前に水蒸気があらわれ、それが巨大な水の塊となる。
新たな能力の開花……空気に含まれる水蒸気を凝縮し、自在に操ることができる。
ナトたちを、厚い氷の塊の中に閉じ込めた。
「殺すことが出来なければ、動きを封じればいいのよね」
メテアの策が、勝利をものにした。
シャイアのいるあたりから、悲痛な叫び声がとどいてきたのは、ちょうどそのときだった。
つづく




