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第二部 2 勝利への希望 その2

 シャイアから最後に届いた電報は、スイトの町からだった。かつて大会が開かれ、パイスによって半壊した町…………。

 復興が始められているが、今は中止しているようだ。それも無理はないと思った。

 スイトの町に一歩足を踏み入れると、そこは地獄の様相を呈していた。

 大会がまだ続けられているのかと思うほど、戦いが繰り広げられていたのだ。人が人を襲っている。頭部に食らいつき、能力を駆使する、狂った殺戮……。

 その中に、ひときわ目立つ強さを見せている人物がいた。カオスたちはその人物を知っていた。知りすぎるほど知っていた。

 その人物は女性だった。彼女の両眼には仮面がなく、大きな眼がさらけ出されている。だが、その眼にかつての美しさは残っていない。緑色の糸が肌に突き立てられ、瞳の色はクリムゾンにそまっている。

 かつてディーテであった女は、圧倒的な強さで他を食っている。

 その光景をとても見ていられなかった。その場を離れようと思った。だが、運命のいたずらは、彼らを許してはくれなかった。

 ディーテの赤い眼が、カオスとメテアを捕らえたのだ。それはかつての仲間の眼ではなく、ただただ獲物を狙う視線でしかなかった。

「お前たちを知っている。カオスとメテア。この肉体を取り戻しに来たか?」

 二人はディーテを睨みすえた。

「我はスルトアールハイム。近い将来、この星を支配するもの」

「お前たちは何故そうも支配にこだわるんだ?」

 カオスの問いに、スルトアールハイムは何を云っているのかわからないというように、赤い眼を細めた。

「面白いことを云う男だ。何故、支配するか? だと。それが生きるために必要だからではないか。食うか食われるかじゃないか。エサがなければ生きていけない。支配者にならなければ食われるのみ。だからやられる前に殺すのだ。なあに、我も学習した。我が支配者になったあかつきには、人間がいなくならないように調節しながら食らってやる。どんどん子を産むがいい。それから仮面をかぶせ、エサに成長したら、ボリボリと頭から食ってやる」

「お前たちは……いったいどれほどの星を滅ぼしてきたんだ?」

 スルトアールハイムは少し考えてから、

「お前は今まで食ってきた飯の回数を覚えているか?」

 カオスの中で何かが切れた。それはパイスの行いを知ったときに似た現象だった。こいつらを、決して許してはならないという怒り。

「メテアは下がってて……」

 食い合いをしていた者たちの動きが止まった。視線をカオスとスルトアールハイムに向け、戦いの行方を見守るつもりのようだ。その視線は決して好奇心というものではなかった。カオスがエサに成長し、スルトアールハイムが疲労で抵抗できなくなるようにつぶし合え、といった感情だった。

「カオス、殺さないでよ」

「何とかしてみる」

「かつての再現と行こうか、ユグドラよ」

「こいつのことですか……でも、ボクは支配されない」

 それを訊いて、スルトアールハイムは肩を揺らした。

「くっくっく。なんとも勇ましい男よ。早く変化してくれ。そうすれば、我はさらなるチカラを手に入れられる」

「どういう意味なの?」

 メテアの質問にカオスは困惑した。恐ろしいことに行き着いたからだった。

「我々は、食った相手の能力を吸収できる。いわゆる、コピーというやつよ」

 困惑すると同時に、自分は不利に立たされていることを痛感した。

 カオスが自信を持っていたコピー能力……それが、敵も使えるということは、敵と自分は能力差がないということになる。未知の敵と同じ位置に立っている。それは、人間にとって、自分にとって不利といえよう。

「謎が解けたわね。ラデスはセウサの脳を食らい、能力を得ていた……だから同時にふたり分の能力を持っていたのね」

 メテアは汚物でも見るような眼をスルトアールハイムに向けた。

「また結界で保護するよ、メテア」

 メテアがうなずくと同時に強固な見えない壁が出来た。外の音も完全に遮断される。

「ボクがシャイアの能力を使って試してみるよ」

 スルトアールハイムが身体中の骨をギリギリと鳴らし、カオスに近づいてきた。

「さあああ、絶望という恐怖を味わうがいいい」

 スルトアールハイムの身体が変化した。見たことのない生物。タコと甲虫が合わさったような容姿の怪物だった。

「いつかの惑星で手こずった相手よ。人間ごときが手に負えるものではない」

「人間は、お前たちの手に負えるものではない」

「ほざきよる!」

 スルトアールハイムの数十本もある触手が、カオスを捕らえるために伸びてきた。

 カオスは眼もくらむような光を発した。愛する母親の能力で、スルトアールハイムの動きが一瞬だが止まった。その隙をカオスは逃さない。スルトの動きをさらに封じるため、クモの糸を出した。グルグルに巻きつけられるスルト。それでも安心は出来ないカオスは、さらに結界で封印した。完全に捕らえた。

 スルトアールハイムは何かをつぶやき、そのまま地面の中に姿を消した。

 カオスのミスであった。結界は空間にしか設置していなかったのだ。ここで、能力の年季の浅さが出てしまったのだ。と、いうことは……カオスは背後を振り返った。

「メテア!」

 そう……メテアに施した結界も地中にはないのだ。

 メテアの足元が盛り上がる。カオスはすぐさまセイダンの反射鏡を作り出す。上空へはじかれるメテア。カオスはクモの糸でメテアを救う。今度はスルトがその隙を見逃さなかった。口から黄色い液体を吐き出す。液体がカオスの身体を覆う。

「毒はないから心配するな。凝固して動くことが出来なくなるだけだ」

 そう云ってスルトアールハイムは視線をメテアに向ける。

「お前もエサになるまで培養してやる」

 カオスは叫んだ。

「まだ終わっていないぞ。相手はボクだ!」

 カオスは瞬間移動で液体から逃れようとするが、それをスルトが制した。瞬間移動が発動しない。

「技の封印だよ。もう仮面の能力を使うことは不可能。我に勝つことも不可能。エサであることを回避することも不可能。何もかもが不可能!」

 メテアはカオスの危機に、能力を発動した。

「ダメだ、メテア!」

「そんなこと云ってる場合じゃないでしょ」

 スルトは顔をメテアに向け、さげすむように吐き捨てた。

「エサごときが何をすると云うのだ?」

 メテアは真っ直ぐにスルトを見据える。

「人間の女は強いのよ」

「……そして、男も強いですよ」

 訊きなれた声。捜し求めていた声。

 シャイア! カオスとメテアの声が同時に上がった。

「土足で踏みにじった敵に改心を、ラナヘイム」

 スルトが突然苦しみだした。

「お前、我に何をした?」

「以前、ラデスに対して精神支配が利きませんでした。だから前回のミスを踏まえて、肉体に残る魂を支配してみました」

 能力が回復したカオスがシャイアの横に並んだ。液体はセイダンの反射で身体から引き剥がしている。視線をそのままに、隣の救世主に云う。

「仮面の命令に、肉体が云うことをきかない……?」

「そういうことだよ、カオス」

 スルトアールハイムの仮面が肉体から離れた。しかし、緑色の繊維は肉体に刺さったままだ。

「エサの分際でえええ!」

 カオスはスルトアールハイムの体液を凝固させ、封印することにした。全身が固まる瞬間、スルトはカオスたちが発音できない言葉で何かを叫んだ。

「I<HL<HFTYNK+>ー」

 ラデス同様にスルトは活動を停止した。カオスの心配は、ディーテの肉体を、まわりにいる仮面人間たちに、いかにして食べられてしまわないよう守るか、だったが、仮面人間たちの様子がおかしいことに気づいた。今までターゲットは仮面に支配された人間の肉体だったのだが、彼らの視線は自分たちに向いている。カオス、メテア、シャイアはある予感にとらわれた。それは、スルトの最後の言葉が関係しているだろう……と。

 メテアが云う。

「ねえ、ここは逃げたほうがいいんじゃない?」

 それにカオスが答える。

「そうしたほうがいいかもしれない」

 シャイアは誰にともなく云った。

「マーさんの元へ行こう」

 周りにいる仮面人間たちがいっせいに飛び掛ってきた。


 スルトアールハイムの最後の言葉、それは……。

『この三人は我々の生態系をおびやかす敵である。一時休戦し、こいつらを先に倒せ』


つづく

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