第二部 1 恐怖への序曲 その2
ナトはガクガクとこま回しのように動きながら、カオスたちに宣言した。
「我々は目覚めた。これからは、人類にとって代わって、この世界の支配者となる」
ナトの声は何処か機械的で、抑揚のない無機質さだった。
「お前は誰だ?」
カオスのするどいまなざしに、ナトは……ナトだった男は、嬉しそうに答えた。
「支配者だ」
「ナトさんはどうなった?」
「生きている。ここにな」
そう云って、男は自分のこめかみを指差した。
「何、どういうこと……支配したということなの?」
「我々はこのときをずっと待っていた。お前たちの精神、肉体が、支配できる性質になるのを、ずっと……」
「我々とは?」
カオスはこのとき、恐ろしい推論に達した。そうでないことを祈りながら、男に訊かずにはいられなかった。
「ふふふ、ははははは。お前も……お前も、我々の同胞なのだ」
男はカオスとメテアを順に指差し、心の底からの笑い声を上げた。
「意味がわからないわ」
「いや……ボクにはわかった……彼らの正体は、これだよ」
カオスは自分の顔をさした。
「まさか……仮面?」
「そう、そのまさかさ」
「我々はこの星の文明に眼をつけた。お前たちの生態系はまさに理想だったのだよ。だが、ひとつだけ障害があった。お前たちを支配するには、お前たちの肉体を我々の体質に変化させる必要があったのだ。改造する必要があったのだ! しかし、なんてことはない……我々を肌になじませなければならなかったのだが……ふふふ、能力を少し分け与えるだけで、すぐにお前たちは我々を求めだした。なんとも扱いやすい生物よ、貪欲なオロカモノよ!」
カオスは怒りをあらわに、
「お前たちの目的は何だ? 何処からきた」
ナトだった男は空をさし、つぎに地面を指差した。
「別の星からきたんだよ。そして、生きるためにお前たちを変化させた」
男が示したのは地面ではなかった。よく見ると、彼は倒れている人を指差していたのだ。
それを見たメテアは小さな悲鳴を上げた。なぜならば、死んでいる人はみな、頭部にぽっかりと穴を開けられていたからだ。
「我々は共食い種族。お前たちを食えるように変化させ、それからエネルギーの根源である脳を食らう」
「ボクたちがだまってそれを許すと思っているのか?」
男は嬉しそうに云った。
「我々の支配を逃れる術を教えてやろう。仮面を取ればいい。そうすることにより、我々は無力となる。我々だけでは……宿主がなければ……動くことも出来ないからな」
仮面をはがそうとしたメテアをカオスはすぐに制した。
「仮面を取ればボクたちに勝機はなくなる。すぐに支配されるよ」
「はははは。そうだ。そして、我々が与えた能力を使えば使うほど、お前たちの身体は変化していく。完全に適したとき、我々はこの男のように表に出ることが出来るのだ」
カオスは秘策を思いついた。彼の言葉からヒントを得たのだ。
そして、臆することなく能力を発動させた。
「我が死はおのれの死となる。絶望の淵に後悔しろ。ユグドラ」
ラデスの能力を使い、存在を消す。そして、ゆっくり男に近づき、仮面を剥ぎ取った。
だが、カオスの思惑は失敗に終わる。
剥ぎ取った仮面からは糸が伸び、ナトの身体に刺さったままだったのだ。
存在消滅の能力が解除されたと同時に、仮面が大声で笑った。
「もうこいつの体内には俺の糸が手足の先まで張り巡らされている。引き剥がすことは出来ない。もしも強引に引き離そうとすれば、この肉体の死を意味する。我が名はアヌー。仮面のチカラの真の恐ろしさを知れ」
ナトは……いや、アヌーがいきなり前進し、カオスに前蹴りを繰り出す。後方に飛ばされるカオス。体勢を立て直し、メテアに云った。
「君は能力を使うな。あいつの云ったとおりだとすると、チカラを使えば使うほど、支配される可能性が高まる」
「そんなこと云ったって、あんたが危ないじゃないの」
「大丈夫。ボクはもう、誰にも負けない。それに、これ以上は危険だと思ったら能力を封印するから」
「本当よ」
「うん」
カオスは戦いを長引かせず、すぐに終結させ、このことをシャイアに知らせなくては、と思った。彼なら仮面の支配を防ぐ方法を思いつくかもしれない、そう信じたからだ。
カオスは何者をも受けつけない結界を、メテアのまわりに張った。
そのあと、空中に木で出来た矢を無数に作り出す。
「自分たちで与えた能力で倒されろ」
「面白い、人間の力、拝見してやろう」
アヌーは離れていた仮面を顔に戻し、両手を剣に変えた。
カオスは無数の矢をいっせいに飛ばした。アヌーはそれを切り落としていく。
いくつかの矢が後方に流れる、しかし、アヌーの背後に行った矢は、見えない壁にぶつかり、向きを変え、再び戻ってきた。背に矢を受けるアヌーは驚きの表情を浮かべる。
その隙を逃さなかった。カオスはここでメテアの能力を使った。アヌーの体液を凝固させる。ラデスにとどめを刺したときと同じ、封印の技だった。
「終わったよ、メテア」
振り返るカオス。
メテアに眼をやると、彼女はカオスの後方を指差し、何かを叫んでいた。結界は音も通さないのである。彼女が何を云っているのかわからない。
「残念だったな。俺は身体から消化液を出すことが出来る、すべてを溶かす、消化液をな」
カオスの全身に緑色の糸が突き刺さった。
「このまま、お前の身体を消化してやろう。それから、その女は時間をかけて変化させ、食うことにする」
カオスはそれを訊いて声を荒げた。
「させないぞ!」
その刹那、カオスの身体中に刺さっていた糸がはじけ飛ぶ。セイダンの反射。
「ナトの身体を壊さないようにして、それからお前だけを切り離す手段を考えようと思っていた。でも、そんな悠長なことも云っていられなくなった。ボクは全力でお前を倒す」
「ただのエサが!」
「人間をなめるな!」
カオスは存在を消す。
「またその技か」
アヌーは糸をまわりに張り巡らせる。そのとき、降り注ぐ光。蒸発していく糸。背後に妙な気配を感じたアヌーが振り返ると、そこには人の大きさほどもある黒い球体があった。その球体が身体に触れた瞬間、アヌーの身体は球体に吸い込まれていく。
「エサのくせにこざかしいまねを。ここで生き延びても、地獄が待っているだけだぞ」
「云ったはずだ、ボクたちは侵略者なんかに屈しない……と」
アヌーの身体が消滅した後、カオスたちの顔を、悲しい風が優しくなでた。
つづく




