第一部 終章 絶望の糸 その6
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四人の声が同時に響いた。
「心の奥底に浸透し、破壊せよ、スルトラ」
「千切りにしろ、アヌー」
「邪悪なる化身ナミノミよ、対峙するものを飲み込め、スルトアールハイム」
「数瞬後には塵と灰と液体を、ハンズー」
メテアは小さなトゲの塊を空中に舞わせ、ナトは巨大な剣を部屋いっぱいに伸ばし、ディーテはヘビに変身して毒を撒き散らし、サラノスは麻痺と毒の粒子を散布した。
「眼の前にある障壁を飲み込んでしまえ、ララクレス」
すかさずラデスは存在を消した。だが、部屋中に満ちているサラノスの粒子から逃れることは出来ない。そしてディーテの毒液も身体に受けてしまう。
解除されるラデスの能力。初めて彼の能力を目の当たりにしたメテアとディーテ、ナトは、一瞬キョトンとして動きを止めたが、すぐに立ち直り、攻撃を再開する。
メテアたち四人の攻撃の雨に、ラデスは成すすべがなかった。
意外な展開。意外な結末。
ゆっくりと、膝から崩れ落ちる王。
絶命しているラデスに向かってサラノスは、怒りをあらわに云い捨てた。
「恐怖によって世界を支配するようなヤツは、かならずこうゆう結末になるんじゃ」
メテアは踵を返して下への階段に向かった。
「譲ちゃん」
「カオスが心配なのよ。私たちも行きましょう」
「わしはセウサに解毒剤を飲ませる。おぬしたちも行くがよい」
ナトとディーテはうなずき、メテアの後を追った。
誰もいなくなったあと、サラノスは戦友に近づいた。毒で苦しんでいる友にすかさず解毒剤を飲ませる。
さまざまな思い出が蘇る。サラノスは眼に涙を浮かべながら、戦友を抱きしめた。
「わしじゃ、サラノスじゃ。覚えておるか?」
このときセウサの頭部に穴が開いていることに気づかなかった。なぜならば、サラノスの注意は彼の眼に吸い寄せられていたからだ。そして、サラノスはハッとする。
彼の支配は解けていない。それは、支配した人間がまだ生きているということだ。
サラノスはすぐに背後を振り返った。
そこには、死んだはずのラデスが音もなく立っていた。
☆
下へ降りると、カオスがこちらへ向かって歩いているところだった。それを見たメテアは喜びの声をあげる。
「カオス、もう終わったのよ。ワタシたちが勝利したの。これで、やっとキリシに帰れるわ」
カオスは何も云わず、ずんずんと近づいてくる。
メテアに追いついたナトとディーテは異変に気づいた。
「小僧の支配は解けていない。ということは……サラノスが危険だ」
ナトはすかさず来た道を戻る。
「ディーテ、お前はメテアと残れ。サラノスは俺が助ける」
うなずくディーテ。
カオスは近づきながら右腕を剣に変えた。
「イヤよ。あんたと戦うなんて出来ない。正気に戻ってよ。カオス……」
メテアはその場にくずおれた。
「カオス、本当に私たちと戦うつもり? どっちが傷ついても苦しいだけよ」
メテアとディーテの悲痛な叫びも、カオスには届かない。右腕の剣が巨大化する。ボロボロになっている壁をさらに削りながら前進を続ける。
「いいわ、ワタシはあなたとは戦えないもの。殺すくらいなら……殺されたほうがいい。ディーテ、あんたは上へ行きなさい。カオスはワタシが止めるから」
「まさか死ぬつもり?」
笑いかけるメテアに、ディーテは微笑で返した。
「わかった。ここはまかせたわよ」
「あとでね」
「うん、あとで」
メテアはカオスに向き直った。怒りと悲しみが入り混じった顔で、
「ばかカオス。さあ、殺して……あなたに殺されるなら……」
メテアは瞳をとじ、両手を広げた。
カオスは無慈悲にも剣を振り上げた。
「あの世で……結婚しようね。ショカお母さんと待っているわ」
頬に流れる熱い涙……メテアの顔には笑顔だけが浮かんでいた。
☆
ナトが最上階へ着いたとき、サラノスはまるで寝ているように、ラデスの前に横たわっていた。しかし、彼から生気というものは感じられない。見るからに絶命しているとわかった。
それを見たナトの中に怒りの炎が沸き起こる。
ボロボロになっているラデスは、ニョッカの剣士に眼をやると、にやりとして見せた。
「さあああいこおおおうだああ。ここはああいいい」
ラデスの仮面から緑色の繊維のような細い糸が無数に伸び、身体に刺さっている。何か奇妙な液体が糸の内部を行き来しているようだった。
一瞬、怪訝に思ったナトだが、それ以上に、怒りで燃えていたため、謎の現象を気にもとめない。
「お前だけは許さんぞ。我が国を滅ぼし、我が友を踏みにじった。俺の命に代えてもお前だけは許さん」
そのときナトの能力が開花した。腕だけではなく、全身から剣が発生する。しかもその剣は、自在に伸び、自在に曲げることが出来る。自分は動かずに、無数の剣だけを自在に操れる能力だった。
ラデスの前に、支配されているセウサが移動した。ラデスの盾になるようだ。
しかし、ナトは臆することなくセウサの身体を切り刻む。
絶命する瞬間、セウサの口から意味不明の言葉がほとばしる。
「生きている、生きているんじゃあああ」
ラデスは存在を消すがナトは剣戟を繰り出し続ける。憎い相手がいなくても、剣を振り回し続ける。
暗黒球を出すが、消えては伸びる剣の前に、やがて効力を失い消えていく。
ついにナトの剣がラデスの身体を捕らえた。
縦、横、斜めにとラデスの身体を切り刻む。絶叫のヒマさえ与えず切り刻む。
最後にラデスは電撃を放った。
ナトの剣は避雷針となり、自分の身体に到達する前に、雷を含んだ剣を切り離す。
やがて、ラデスの身体はぼろきれのように成り果てた。
ナトは勝利の雄叫びではなく、哀しみの叫びを上げた。
☆
容赦なく振り下ろされた剣が、空中でピタリと止まった。
眼を開けたメテアの前で、カオスが頭をおさえて苦しんでいた。
どうしたの? というメテアの問いに、カオスは嗚咽で答える。
彼を抱きしめるメテア。
「ゴメン、メテア。戻ってきたよ……」
止め処もなく湧き出る涙にさえぎられ、メテアには、カオスの背後に立つ男が誰だかわからなかった。
☆
ディーテの到着後、ナトはサラノスの亡骸を抱き上げた。
哀しみにくれるディーテをよそに、ナトは、ラデスに怒りの眼をやった。
ラデスの身体はすでに原型をとどめていない。それが人であったことすらわからない状態だった。
もしもここで冷静な判断が出来るのならば、ラデスの仮面から生えていた緑色の糸の動きを不振に思い、そのまま去ることはしなかっただろう。しかし興奮状態にあったナトたちに、冷静さを求めるのは無理な話だった。
「さあ、行くぞ。カオスはどうだ?」
「きっと、メテアが何とかしているわ」
「そうか、彼女なら心配ないだろうな」
下へ降りると、カオスとメテアが迎えてくれた。
その背後に、信じられない人物が立っていた。
誰かの能力かと疑うナトとディーテに、その男が頭を下げた。
「遅くなってすみませんでした。あなたたちの元へ向かったら、どうやら行き違いで……」
大きな眼鏡をかけているような眼。声、たたずまい、まぎれもなくシャイアであった。その背後には恐怖に震えているマーもいた。
「でも、シャイアのおかげでボクの支配が解けたから……」
まだ、頭痛がするらしく、カオスは苦しそうだ。
精神の支配を強力催眠によって、強引に自我を取り戻させる、シャイアにしか出来ない芸当だ。
「気にするな。ここにいる誰一人欠けていても、この勝利はあり得なかった」
シャイアの眼がサラノスに注がれる。
「ここにはいないアトロス、そして、偉大なる老賢人サラノス。彼らに感謝しなけらばなりませんね」
「そうだな……」
シャイアとナトのやり取りに涙するメテアとディーテ。カオスは一番足を引っ張ったと自分を責め、申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。強くなると……昔、誓ったはずなのに……と心が痛んだ。
「とにかくこれで終わったわけではありません。三叉の矛の残党を一掃し、世界を再建しなければならないのです。手分けして、平和な世界をつくりましょう」
シャイアの言葉に一同はうなずいた。
「ところで、死んだと訊かされたんだが、いったいどうなっているんだ?」
ナトの疑問ももっともだった。
シャイアは思い出すように、
「ここに来たとき、全員を支配しようと試みました。そして、それはほとんど成功したのですが……ああ、支配の内容は私の存在を忘れること……まあ、ラデスの能力を真似たのですが……そうして、何事もなく最上階に着きました。いよいよラデス自身を支配しようとしたとき、どうも彼の精神構造がおかしい。私の支配が届かなかったのです。こうなるとこの作戦は完全に失敗です。一度出直すことにし、支配内容を変えました。私が死んだと……」
「なるほど……」
そしてシャイアは、誰にともなく、
「仮面とは何でしょう? 生命はみな何かを成すために生を受けた。じゃあ、仮面は何を目的として生まれてきたのでしょう」
それに答えることは、誰にも出来なかった。
城を出ようと歩を進めているとき、ふと、メテアは天井からぶら下がる不思議なものを発見した。
「ねえ、あれ何?」
メテアの指差すほうに眼をやると、脈動する緑色の糸が無数に垂れ下がっている。
ナトはそれが何なのかを思い出した。
「あれはラデスの仮面から生えていたものだ。そんなバカな。ヤツはあの状態で生きていたのか?」
そう云った瞬間、緑色の糸が動き出した。
うねうねと増殖し、壁一面を覆っていく。瞬く間に城の全体を糸が覆っていく。
「何かがおかしい、逃げろ!」
ナトの提案を否定する者はいなかった。
駆け出す一同。崩れていく城。城外に出たとき、振り返った眼に飛び込んできたのは、城の瓦礫を飲み込む緑色の糸だった。
「何が起こっているの?」
寒心の言葉を発するディーテ。
恐ろしい映像だった。夕暮れに浮かぶその光景は世界の終わりを物語っているようだった。
その頂上に、ひとつの影が浮かび上がった。まるで糸に持ち上げられるように、ラデスの肉体が浮いていたのだ。
ボロボロの身体は糸がつなぎ合わせている。……もう、人とは呼べなかった。
ふと……メテアが云った。
「ラデスは何故、自分の能力とセウサの能力をあわせ持っていたのかしら……」
しかし、その疑問は瓦礫の崩れる音に消されていた。
仮面は、何処へ向かっているのだろう……。
つづく




