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第一部 第一章 混沌の風 その1-2

 他人の素顔を知っているモノは少ない。そこで、本当の顔を見たがる心理がはたらくのは仕方のないことだった。

 子供が寝ているとき、親がソッと仮面をはずすのはよくあることで、すこやかな寝顔を見て微笑む。精神支配は寝ている相手にも及ぼすために、それは一瞬のことだが、そうせずにはいられないのが親心というものだった。

 また、ケンカのあとに、相手の仮面をはずすということもある。こちらは(よこしま)まな心からの行動で、いい結果を生まない。ただ、精神支配を施したモノも、世間に忌み嫌われるため、そうそうあることではない。

 そして最後に、もっとも邪悪な行動のために相手の仮面をはずすことがある。


 リンボサ大陸最東部にキリシという小さな村があった。漁業が盛んで、村人たち捕れた魚を売り生計を立てている。女性たちはキリシに伝わる木彫り細工を内職にして、こちらのほうもなかなかの売り上げだった。自然を相手に生活をしているために、安定はしていないが、村人たちから笑顔がなくなることはない。

 そのキリシの南に、広大な森が広がっている。森には伝統細工の首飾りを作るときに必要な樹、イジュミが群生していて、ときどき村人が伐採しに入るのだった。

 精神構造が違うためか、動物をコントロールすることは出来ない。森には猛獣も生息しているため、ひとりでは森に入らないのが村でのルールとなっていたが、少女が誰もともなわず侵入していた。

「このあたりにあるはずなんだけど……」

 白に少しだけピンクが溶け込んだような色で、両耳から小さな翼が生えている。この少女の仮面は口元を覆ってはいなかった。

 少女が探索を続けていると、奥のほうからガサガサという物音が聴こえた。

 身を強張らせた少女は相手の正体を見極めようと息を殺した。

「おい、そろそろ引き上げようぜ」

「なに云ってるんだ。まだまだこれからだろうが」

 猛獣ではなかった。

 ほっとした少女は彼らの前に出ようとして、ピタリと歩をとめた。なぜならば、彼らは網を持ち、その中にはさまざまな小動物が乱雑に放り込まれていたからだ。

 流浪のハンター。姿を見せると何をしでかすかわからない。密漁はご法度だったからだ。

 少女は物音を立てないようにその場から離れようと腰をかがめ、そっと動き出した。

(こういう場合かならず枝を折ったりするのよね、気をつけなくちゃ)

 そう思った刹那、見事に枝をふんずけ、ボキンという音が大きく鳴り響いた。

「誰だ!」という怒号が響き渡る。

 ヤバイ、と思った少女は急いで立ち上がり駆け出そうとした。

「おいおい、こんなところでカワイイお姉ちゃんが独りで何をしているのかな?」

 いつの間にか男が前方に回り込んでいた。そして、背後からも声が響いた。

「見られたからには帰せないな」

 完全に挟まれた状態となった。

 少女は二人の力量をはかった。後方にいる岩のような仮面を被った大男は、かなりの動物を捕まえているにもかかわらず網を軽々と持ち上げている。前方の男はやせ細っていて、こちらは鳥のような仮面だった。

「見てみろよ。かわいいお口が丸出しだ」

「網を下ろしてすぐ動けるようにしろよ。どんな能力を持っているかわからないからな」

「ああ、わかっているよ」

 どうやらチカラ関係は鳥仮面が上のようだ。

 少女はターゲットを鳥仮面にしぼった。

 先ほど倒れたときに握り締めていたこぶし大の岩を鳥仮面に向けて投げる。それと同時に駆け出し、そばをすり抜ける作戦。が、当たったと思った瞬間、鳥仮面は消え、突然、少女の眼前に現れた。

 鳥仮面の能力をそのとき悟った……瞬間移動。

 少女は肩を押され転倒した。

 小さな悲鳴に岩仮面が歓喜の声を上げる。

「うひょう、声もかわいいじゃないか」

 それに怒りをあらわにした少女。

「あんたたち、もう許さないから。心の底まで凍てつけ! スルトラ」

 突然、地面から無数の氷の柱が伸びてきた。

 しかし、鳥仮面は姿を消し、岩仮面の身体は氷の柱を受け付けない。氷は粉々に砕けた。

「俺の身体は鋼鉄に変化する。こんなものでつらぬけるものか」

「俺の能力は瞬間移動。氷の柱はお前の近くを避けるものだろ? だからお前に密着すればいいと思ったのよ」

 鳥仮面の声は少女のすぐ後ろからした。

 逃げようとしたが、押さえつけられ、うつぶせに倒れる。

「氷使いか? やすっぽい能力だな」

「そのまま逃がすなよ。仮面を取ってカワイイお顔を拝見しようぜ」

「そのあとで、俺たちの記憶を消すか」

「何云ってやがる。そのまま支配して連れて行くんだよ」

 岩仮面がズンズンと近づいてくる。

「イヤアアアア」

 鳥仮面と岩仮面の口元がグニャリとゆがんだ……そのときだった。

 ガン! という衝撃音とともに岩仮面が地面に転がる。

 何事かと鳥仮面が振り返ると、そこにはひとりの少年が立っていた。

「カオス!」

 少女が安堵の声をあげる。

 カオスと呼ばれた少年は奇妙な仮面をしていた。眼と口と鼻はついているが、あとは何もない……きわめてシンプルで、なおかつ、不気味だった。

 人の顔がそれぞれ違うように、仮面にもいろいろな顔がある。それが個性となって、仮面を被っていても違和感がないのだ。しかし、この少年はどうだろう。これほど個性を持っていない仮面は珍しい。

「無事か、メテア」

 メテアと呼ばれた少女は力強くうなずいた。

「知り合いか? だが、お前もただでは帰さないぞ」

 岩仮面は勢いよく立ち上がり、カオスの元へ近づいていく。彼は能力を発現させているらしく、全身が硬化している。

 カオスは右手で仮面を隠し、その右手を下げると同時に、叫んだ。

「すべてを映し、素顔を公に……ユグドラ!」

「気をつけろ」

「かまうものか、これでコナゴナよ」

 岩仮面はその(はがね)と化した右拳をチカラの限り振り下ろした。スピードも速い。

 右腕はものの見事にカオスの脳天にたたきつけられた。

「やった」

 鳥仮面の歓声に、しかし、岩仮面は否定した。

「いや……何だ……こいつの、身体は」

 カオスの頭蓋は無傷だった。

「こいつの身体も鋼鉄だ」

 それを訊いて鳥仮面はメテアから離れ、カオスへと身体をむけた。

「俺は硬化能力の弱点を知っている。お前は数分の内に……死ぬ」

「やってみろ」

 カオスは再び叫んだ。

「降りかかる災いに終止符を……ユグドラ」

 その刹那、鳥仮面の姿が消えた。瞬間移動だ。鳥仮面は、細く先端の尖った枝を手にし、それをカオスの眼に突きたてようとした。

「眼と口はやわらかいままだよな~」

 鳥仮面の攻撃は空を突いた。

「なるほど、そういうことですか」

 カオスの声は鳥仮面の背後から響いた。

 驚く岩仮面、そして、鳥仮面が叫ぶ。

「こ、こいつ!」

 次の瞬間、岩仮面の両眼にカオスの指が突きたてられていた。

「いてええええ」

 岩仮面の末路を茫然と見守る鳥仮面。次の瞬間、太い木がブンという快音を響かせ、鳥仮面の後頭部をとらえた。

「うがああ」

 地面でのたうつ二人を見下ろしながらカオスは声高に云った。

「密漁していたことも、メテアを襲おうとしていたことも許す。だから今すぐここから立ち去れ。そして、二度と姿を現すな」


     ☆


 ハンターの二人が消えるとカオスはメテアの元へ駆け寄った。

「大丈夫かい? メテア」

 メテアはカオスの腕を借りて腰を上げる。

「どうしてここに?」

「君が森に入って行く姿を見かけたから追いかけたんだよ」

「そう、ありがとう……」

「どういたしまして。さあ、帰ろう」

「ドリャアア」

 カオスが後ろを見せると蹴りが飛んできた。

「もっと早く助けろ」

「だって、途中で見失ったから……」

「言い訳するな」

 今度は後頭部をたたかれた。

「ご、ごめんなさい」

 森を抜けると太陽は西へ傾いていた。大地を赤く染め、海は炎のような色を浮かべていた。森での出来事を忘れさせてくれるほどの優しさにあふれていた。

 キリシの村へ入ると大きな賑わいを見せていた。

 どうしたのかと訊くと、ラーマを捕らえたと答えが返ってきた。

 ラーマとはこの界隈でもっとも危険な猛獣である。六本の足は巨漢をなんなく運び、頭部から生えている八本の触手は捕らえた獲物を逃さない。太い爪は岩をも砕き、巨大なキバはすべてを粉々にする。

 カオスとメテアは人だかりが出来ている中央広場へと向かった。

 みんなの視線を集めるようにして、ラーマは横たわっていた。深紅の体毛が倒されたことへの怒りを浮かべているかのようだった。ラーマの呼吸は完全に停止しているが、触れられるモノはいない。死してなお恐怖心はぬぐわれないのである。

 しかし、メテアだけは違った。その巨躯にいっぱつ蹴りをおみまいした。

 カオスはその理由を知っている。村人たちはその原因を理解している。

 カオスはそっと……両親をラーマに殺された少女の肩を抱いた。


つづく

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