第一部 終章 絶望の糸 その3
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シャイアの統率力はすばらしいものがあった。他人をうなずかせる説得力。人を引きつけるカリスマ性。臨機応変に対応する柔軟性。そのどれもがずば抜けていた。
そのシャイアを失った今、反乱軍は事実上の崩壊といってよいだろう。
カオスは選択に迫られていた。
仮面を渡して投降するか、このまま反乱軍として闘いぬくか……。
前者は自分の命だけですむ可能性があるが、後者は全員の命が危ない。カオスの独断で決めることは出来ずにいたのである。
カオスたちはまだラウティの宿屋にとどまっていた。動けずにいたといったほうが正しいだろう。独りでいるカオスの部屋に、メテアが珍しく遠慮がちに入ってきた。
「ご飯食べた?」
窓から差し込む光を見ると、朝はとうに終わっている様子だった。昨夜から寝ずにいたが、疲労感も空腹感もなかった。しかし、カオスは心配をかけないように勤めた。
「大丈夫だよ。ちゃんと食べたし、ぐっすり眠ったから」
「そう、よかった……」
「これからどうしたらいいんだろう。三叉の矛に勝てる気がしない」
「何ウジウジしてんのよ!」
メテアの後ろ回し蹴り。見事にあごを捕らえ、カオスの脳がゆれる。
「みんな、死ぬのが怖くてここにいるんじゃないわよ。志はひとつなの。だから早く決断しなさいよ。そして、こう云いなさい。ボクたちだけで、三叉の矛を倒そうって」
アア……なんて強い女性なのだろうか……。今の自分にとってこれほどチカラになる女性がいるだろうか。愛おしさがこみ上げてきて、抱きしめたくなる衝動を抑えて、カオスは云った。
「メテア、全員を集めてくれ」
マーの情報によるとセイダンもラデスの元へ向かったようだった。カオスたちの目的地は決まった。目指すは、リンボサ城――。
そこに全員が集結し、最後の決戦が繰り広げられる。
☆
リンボサの城内はざわついていた。エラの死亡が伝えられたからだった。
セイダンが城の守りに合流し、臨戦態勢は整った。
エラを葬ったプロメタの仮面、そして、伝説の戦士サラノスがやってくる。この戦いはセウサ対プロメタの再現なのだ。三叉の矛がいくらチカラを持っているといっても、油断するわけにはいかない。
薄暗い王室にラデスとセイダンの姿があった。ラデスはワインを片手にリラックスした様子だった。
「彼らはどんな作戦で来るのでしょうか」
「ふん。いかなる策を労しようと、全力でつぶすまでよ」
「牢獄に捕らえている男をつかうというのもひとつの手ですね」
「あいつは違うことで利用する。驚く顔が見たいからな」
ラデスがワインを飲み干したときだった。部下がひとり、息を切らせて入ってきた。
「来ました、ヤツラです。それも、真正面から!」
☆
「城内に侵入されたぞ、これ以上進めるな!」
「ダメです。止められません。何だコイツら!」
「早く援軍をよこせ!」
「何をやっている、早く止めろ!」
城内に響く怒号と罵声。混乱と血潮の中、巨大なヘビと水のドラゴンが真っ直ぐ進んでいる。ナミノミに変身したディーテとメテアだ。
ナミノミの吐く毒が飛び散り、水ドラゴンの氷の刃が乱れ飛ぶ。
彼女たちの背後からサラノスが城内に入ってきた。
「ここはもういいぞい。わしが引き受けよう。おぬしたちは奥へ急げ。地獄の苦しみを味わうがよい、ハンズー」
三叉の矛たちが全員苦しみだした。
「わしの能力はこんな密室だと無敵よ。すひいすひい」
城の二階に、メテアとディーテが到着した。奇妙なことに、敵の姿がひとりも見えない。
能力を解くディーテ。
「みんな下へ行ったのかしら?」
「どうかしら……それにしても、この壁の絵は何なの。気持ち悪いわね」
メテアはドラゴンを出したままだ。これが彼女の水対策だった。コントロールした水をそのまま連れ歩く。そうすれば、水のないところなど関係ないからだ。
「本当ね。何でこんな絵を描いたのかしら」
メテアとディーテが気味悪がるのも無理はなかった。
壁一面をリアルな人の絵が埋め尽くしていたからだ。今にも動き出しそうなほどの写実画。
「とにかく、先に進みましょ」
二人が歩き出した、まさにそのときだった。
彼女たちの背後から、絵がひとつひとつ厚みを増し、まさに人間に変わっていった。音もなく背後に現れる三叉の矛たち。
彼らに気づかないメテアたち。二人にそっと近づき、絵から出たひとりが剣を振り上げる。
「ここは敵の本拠地だ。一瞬たりとも油断するな」
その声と同時に三叉の矛たちは切り伏せられる。
「ナト!」
「まだだ。こいつらを操っている人物がいる」
云い終わると同時に、壁の絵のひとつがペロリと剥がれた。それが見る見るうちに立体化する。
「さすがですね。私の名はカシャル。次元を超越するもの。お相手をお願いします」
奇妙な仮面の男。何色ものペンキを無造作にぶちまけたような模様で、左右の眼の色までが違っている。狂ったアーティストが製作したような仮面だった。
ナトが前に出る。
「俺とサシでやらないか?」
カシャルはそれにうなずいた。
「面白いですね。あなたの噂は訊いています。手合わせ願います」
「言葉を間違っているぞ。これは試合なんかじゃない。殺し合いだ」
二人は満面の笑みをもらした。
メテアはそれを見て、あきれたように云った。
「男って、どうしてこうなんだろうね。行きましょ、ディーテ」
「かっこいい」
☆
メテアとディーテは三階へと着いた。そこには大勢の敵が待ち構えていた。大階段が中央に見える、が、全員を倒さなくてはたどり着けないだろう。
「やっぱり、コウでなくちゃね」
「同感」
メテアとディーテは同時に叫んだ。
「くらえ!」
「神の与えしものに変化を、スルトアールハイム」
つづく




