第一部 終章 絶望の糸 その2-2
「まさか、私の能力で無機物にも変身できるなんて思ってもいなかったわ。岩よ、岩。あり得ないわ」
能力を解いたカオスに向かって、羨望のまなざしを向けるディーテ。
しかしカオスは、クレーターの底を見つめたまま無言だった。そのカオスに近づき、抱きしめるメテア。
大丈夫だよ、と云ってカオスは宿を見上げた。
ナトとアトロスは無事だろうか……。
「よくやった、たいしたモノだ」
またもや知っている声がした。いや、忘れやしない声。
「エラ!」
エラとクモ仮面のデメテラ、そして、数十人の部下たち。
「訊くところによると、お前たちはこのデメテラを知っているらしいな。すべてをこいつにゆだねたいところだが、お前――」
エラは真っ直ぐにカオスを指差した。
「お前のその仮面を渡せば、他の者たちを見逃してやろう」
メテアとディーテがカオスの顔を見る。
「私たちがプロメタの仮面を探しているのを知っているな。よくぞ、私の眼の前から逃げ失せられたものだ。お前だけは許せないところだが、百歩ゆずって、おとなしく渡せば見逃してやろう」
エラは右手を差し出した。
「選択の余地はない。さあ……」
カオスは悩んだ、エラを倒す方法が見つからないのだ。彼女の閃光。それだけなら問題ないのだが、他の仲間を巻き込んでしまう。だが、エラが能力を使っても、エラ本人は無事なのだ、何か理由があるはずだ。しかし、それが見つからない。
そのとき、救いの手が差し伸べられた。
「カオスよ。俺を信じろ! 思いっきりやってやれ」
二階の窓に、サラノスの肩を借りているアトロスの姿が見えた。彼と眼が合うと、カオスは大きくうなずいた。
「世界に希望の光を、ユグドラ」
エラの眼が大きく見開かれた。それは、隣にいるデメテラも同じだった。
ディーテは少し驚いた表情を浮かべ……メテアは信頼している顔だった。
そして次の瞬間、眼を開けていられないほどの閃光がほと走った。舞い上がる噴煙。カオスとメテアはキリシ村の最後を思い出していた。そして、ショカを…………。
煙が引いたとき、三叉の矛は全滅していた。不思議なことに、あれだけの破壊力にもかかわらず、街や宿屋は何の被害もなかった。エラたちのいた場所だけが破壊されていたのだ。
呆然とする一同のもとに、サラノスが降りてきた。つづいてナトが。
「ナトさん、無事だったんですね。あと、アトロスさんにお礼を云いたいのですが」
それを訊いて、ナトは右手を上げた。そこには鬼のような仮面が握られている。
それが何を意味するのか、カオスはすぐに理解した。
「そんな……」
「アマテロの銃弾に倒れたよ」
ナトはゆっくりとつづける。
「俺はアトロスの能力なら、エラの破壊を制御できると思った。あいつの壁なら無事でいられると考えた。あいつは最後に窓際に立ち、たとえば、ここからだと……と云った。あいつの遺言は俺の考えに確信をあたえてくれた。大気の壁は、広い範囲に展開できるのだと。だから俺は、アトロスの仮面を借り、お前のチカラになることが出来た。エラを倒したのはアトロスだ。彼は自分の命を犠牲にして、俺たちを守ってくれたんだ」
エラに勝利したが、心に残る敗北感。しかし、感傷に浸っている余裕はない。三叉の矛はエラだけではないのだ。
カオスが次の予定をみんなに切り出そうと口を開きかけたときだった。
ディーテの背後に影が見えた。
「ディーテ、危ない!」
遅かった。無数の白い糸がディーテの全身を縛り、さらに別の糸がどこからか伸びてきて彼女の身体を刺し貫く。
「動くなよ。動くとお前らの母親のようにこの女の体内に卵を産み付けるぞ」
デメテラともうひとりは、エフノだった。エフノもまた糸を出し、ディーテを束縛している。
さらにその背後から、エラと小さな少女が姿を現した。
「さすがはプロメタの仮面、といったところか。正直驚いたよ。まさか自分の能力を自分で食らうなんて想像もしていなかった。こいつがいなかったらやられていた」
そう云って、エラは隣にたたずむ少女の頭を撫でた。
「こいつの能力は結界。いかなるモノも入ることも出ることも出来ない」
「ほう……ということは、クモ男たちが攻撃できたということは、結界を解いたということじゃな」
サラノスが胸をはって前に出た。もちろん、ヒゲをさすりながら。
「これを飲め」
そう云ってサラノスは、カオスたちに錠剤を投げてよこした。
「もうおぬしたちは終わりじゃ。深遠の苦しみに悶えろ、ハンズー」
エラは危険を察知した……老賢人の発する恐ろしい気を察知した。
「結界を張れ!」
「遅いわい」
時が止まった。時というよりもここにいる人たちの動きだけが止まっている。
ただひとり動けるのは竜の仮面をした老人。彼は、ディーテの元へ歩み寄ると、
「はい、あ~ん」
と云って、ひとつの錠剤を口に放り込んだ。
その間、デメテラとエフノの糸は微動だにしない。
「気の弱い者は見ないほうがいいぞい」
サラノスのその言葉を最後に、地獄絵図が始まった。
エラ、少女、デメテラ、マーが突然苦しみ出し、吐血する。皮膚がグズグズに崩れだし、緑色の液体が流れ出す。見るに耐えない恐ろしい光景だった。
しかし、カオスとメテアはしっかりと眼を見開いていた。なぜならば、村と母を奪った相手の最後だからだ。その終わりは、決して眼を逸らしてはならないと思っていたからだ。
「おのれ……私を倒してもまだセイダンとラデス様が残っている。三叉の矛は決して滅びたりはしない」
それがエラの最後の言葉となった。溶ける皮膚に骨髄、身体を形成しているすべてがトロトロに溶けていく。そして最後には、足元に広がる液体だけの姿となった。
こうしてカオスたちの任務は、アトロスの犠牲を持って完了した。
☆
カオスたちが街を出ようと準備しているとき、ひとりの男が走りこんできた。彼は乱れた息を整えて、仲間であるカオスたちに云った。
「大変です、カオスさん」
マーであった。彼は確かリシュナのドラゴン軍団に従軍していたはずだ。
どうしたのですか? というカオスの問いに、マーは全身を全身を震わせながら答えた。
「私たちの軍は全滅です! セイダン独りに手も足も出ませんでした。そしてヤツラが話しているのを訊いたのですが、シャイアさんも……死亡したそうです」
それを訊いて、カオスたちは言葉を失った。
つづく




