第一部 終章 絶望の糸 その2-1
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カオスの部屋にディーテがやってくる少し前、ナトの部屋にはアトロスがいた。
ふたりは酒を飲み交わし、お互いの武勇伝やこれからのことなどを話しあっていた。その飲みっぷりは豪快そのものだった。
「しかしな、ナトよ。エラの能力は脅威だぞ。空から光が降ってきて、一瞬であたり一面塵と化すんだからな」
「訊いたよ、アトロスよ。それなんだが、ちょっとした秘策があるんだが」
「ほう、それは?」
「まあ、飲め。伝説の戦士アトロスよ」
「ほう、飲みくらべということか、伝説の剣士ナトよ」
グラスがぶつかり大音響がひびく。
ナトは少しだけ声のトーンを下げた。
「お前とカオスのコンビネーションで、あのエラを倒せる。明日の作戦が失敗してもお前たちがいれば恐れることはない」
そこでナトは酒をいっきに飲み干した。次を注ぎながらアトロスの顔を見る。
「しかし……だ。お前の、その大気の渦だが、どれくらい広げられる?」
アトロスは一瞬止まり、すぐにその意味を悟った。
「おぬしの作戦……そういうことか、なるほど。そうだな……」
アトロスは立ち上がり、窓へ向かった。
「たとえば、ここからだと――」
そのときだった。突然、ガラスが割れ、アトロスが悶絶を打って倒れた。
「どうした!」
アトロスの元へ駆け寄るナト。その胸を見たとき、言葉を失った。小さく穴を穿たれたその胸、流れ出る血、鼓動をうたない……心臓……。
「アトロス!」
ガラスが割れるときに訊いた小さな銃声。ナトは犯人がわかった。
再び銃声が響いたが、ナトは身を翻す、と同時に背後の椅子がはじける。
「出て来い、アマテロ! どうどうと勝負しろ」
しかし、シンと静まったままだ。
「くそ!」
ナトは部屋を出ようと駆け出した。このままではいいように狙われるだけだ。接近しなくてはならない。
銃声が鳴るがナトはとまらず、ドアへと駆ける。そして、ドアに手をかけた瞬間、扉が閃光を放ち、はじけた。
部屋、宿が爆発したのではない。ドアだけが破裂したのだった。
☆
カオスたちが宿屋へ到着すると、ちょうどディーテが外へ飛び出してきたところだった。
顔色から嫌な予感がした。
「何があったんですか、ディーテさん?」
「ナトの部屋が爆発したの。ここにいてはいけない。まだ狙われているの。早く隠れて」
「二人は無事ですか?」
「そんなこと知らないわ。でも、あの被害じゃ……」
「とにかくボクはナトさんの部屋へ行ってくる。メテアとディーテさんは何処かへ避難していて」
そう云って、カオスが走り出そうとしたとき、ふいに呼び止められた。
それは訊いたことのある男の声。メテアも知っている声だった。
「久しぶりだな。カオスにメテア」
振り返る二人。顔中に細い線が張り巡らされている仮面の男。そして、メテアが驚いたようにつぶやく。
「イザナ……?」
キリシ村で苦楽をともにしたイザナ。触れた場所を爆弾に変える能力者。
「生きていたんだね。イザナさん」
駆け寄ろうとするカオスをイザナが制す。
「感動の再開というわけにはいかないんだよ。なぜならば……」
イザナの隣に、また見知った顔が並んだ。それは大会でアトロスと死闘を繰り広げたアマテロだった。さらにぞろぞろと集まってくる男たち。彼らは皆、マントを羽織り、その背には矛の紋章があった。
「どういうこと……?」
イザナは不適に笑った。
「そう……彼らの仲間になったのさ。強さに憧れただけだよ。もう、キリシ村は存在しないし、彼らの仲間に入ったほうが楽しめそうだしね」
「そんな理由で」
「イザナさん。彼らがキリシ村を滅ぼしたんですよ?」
「だから? あんな小さな村にいつまでもいるつもりはなかったしね」
イザナは大きく笑った。
「そして、君たちとも本当のお別れだね。動かないほうがいい。その辺は僕の爆弾だらけだよ」
「そして、オレの銃も狙っているぜ。くくく」
スナイパーのアマテロが不敵に笑った。
「イザナさん……」
怒りに震えるカオスとメテア。
「大丈夫だよ。あのゴツイ二人と会えることになるんだから」
その言葉でカオスとメテアは完全に切れた。
「やる気だね。そうこなくちゃな」
アマテロが下がる。イザナは動かない。
「流すための洪水を、スルトラ」
「心の臓をつらぬけ、ユグドラ」
「面白い、君たちとは一度手合わせをしてみたかったんだよ。破壊による無を、エレシュ」
イザナの集中が終了すると同時にあたりが爆発した。爆発音のあいまに響く銃声。しかし、煙が上がると、カオスたちの姿はない。
「何処へ行ったんだ、あいつら」
叫ぶアマテロを落ち着かせるイザナ。
「焦るな。きっと何処かにいるはずだ。メテアの能力は水、カオスはコピー。姿を隠す能力ではない」
「じゃあ、何処なんだよ……待てよ、いっしょにいた女……たしか、ディーテとかいったか。あいつの能力は……」
突然、イザナの眼の前に、大きな一本のツララが突き刺さった。
頭上を見上げると、はるか上空に黒い大きな影があった。
「あの女の能力は変身だ! あいつら、上にいやがる」
アマテロの言葉が終わると同時に、無数のツララがいっせいに落ちてきた。人の大きさほどもある巨大なツララの集中砲火。逃げ惑う三叉の矛。舞い上がる土埃。
アマテロの断末魔が響き、イザナは左足を負傷する。
イザナはもう一度頭上を見上げた。すると、ちょうど真上に大きな影があった。少し離れて見える影は鳥の形をしている。なら、この真上にある影は何だ? と思った瞬間、イザナの視界が真っ暗になる。そのとき、今まで出会ってきた人たちの顔が脳裏をよぎった。
つづく




