第一部 終章 絶望の糸 その1
第一部 終章 絶望の糸
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シャイアが両手を広げると、雑談がピタリとやみ、一同は彼の言葉に耳を傾けた。
村の広場に集まった面子は実力者ばかりだった。各地方で名をとどろかせたつわものたち。シャイアとナト、カオスとメテア、サラノスらが奔走し、これほどの面子をそろえたのだ。
三叉の矛に反旗を翻した者たち。百人ほどの熱気、気合が広場を覆っている。
シャイアが見込んだのだ、実力はみな折り紙つきだろう。
いったいどんなチカラを持っているのか、そう考えながら、カオスは周りを見回した。見なれた顔もあった。アトロス、ディーテ、マー。彼らと視線が合い、カオスは会釈をした。ところがディーテだけは投げキッス。メテアがわなわなと震えるのがわかったのでカオスはシャイアへと視線を戻した。
「僕たちは皆、三叉の矛への不満、怒りを持っています。肉親を奪われた怒り、恋人を奪われた怒り、故郷を奪われた怒り、現状への不満とさまざまだと思いますが、ここに集った人たちの志は、ヤツらの好きにはさせない、自由を勝ち取れという、たったひとつの同じ志です」
シャイアの演説が始まった。声質は優しいが、ゆるぎない意志を含んでいる。
「三叉の矛はチカラと恐怖によって世界を支配しました。それは決して許されるべきではありません。そして、ヤツラの暴挙は収まることを知りません。このまま屈服していると、僕たちや、チカラのない者たちの絶望と哀しみはさらに増えることになります。ここで、誰かが待ったをかけなければならないのです。ここに集まった人たちは、ひとりひとりがすばらしい能力を持っています。だから僕たちで、子供や女性、弱き者を助けなければなりません。手を差し伸べなければならないのです。そのための、能力なのだから。もとの支配者のいない争いのない世界を取り戻しましょう。僕たちの手で、世界を平和にしましょう。三叉の矛を滅ぼしましょう」
ここでシャイアが言葉を止めると、大歓声が上がった。
カオスは全身の毛がくり立った。なぜならば、シャイアが今、精神支配をしようと思えば容易に出来たのである。そうすることによって、言葉だけの誓いではなく、絶対なる服従を手に入れられたはずなのだ。しかし、シャイアはそうしなかった。それは彼の本心からの決意と信頼だといえよう。カオスはそのことに感心し、シャイアという人物をさらに尊敬し、信頼した。それはメテアも同じようであった。彼女も口にはしないが、カオスにはわかった。
「ターゲットは三人。三叉の矛の総帥ラデス。海の支配者エラ。空の支配者セイダン。隊をみっつに分け、各個撃破します」
☆
カオスたちはエラの討伐に選ばれた。それはカオスたっての希望で、シャイアが訊きいれたのであった。
メンバーは、カオス、メテア、サラノス、ナト、アトロス、ディーテといった大会参加者組で、他にはカオスの知らない顔が数十人あった。
目指すはエラのいるニョッカ島。くしくもナトとアトロスの故郷である。
道中、ふと、サラノスがカオスに云った。
「おぬしの能力は単なるコピーかの?」
カオスはキョトンとした。
「ええ、そうですが」
サラノスがそれを訊いて、自慢のヒゲをさすった。
「おかしいのう。プロメタの能力はそんなんじゃなかったんだがのう」
それが何を意味するのか、サラノスはソレっきり口を開かなかったので、カオスには知る由もなかった。
☆
ニョッカ島――人口百万人という小規模な大陸だが、他の大陸に負けないくらいの活気と生命力に満ちていた。しかし、それは三叉の矛に支配される前のことで、今は少人数らしい静けさに包まれていた。
エラのいる場所はニョッカ島の中央にある巨大都市ラウティだった。
夕日が地平に消えたとき、カオスたちは無事にラウティに侵入できた。すぐさま宿を取り、作戦会議が開かれた。
全員が腰をおろしている酒の席で、カオスが立ち上がった。
「まずはチームを三つに分けます。ボクとディーテさん、メテアとサラノスさん、そして、ナトさんとアトロスさんと他の全員」
そこでディーテは手を叩いて喜び、メテアは怒りをあらわにした。
恐怖を感じたカオスは付け加える。
「作戦はこうです。明朝、ナトさんたちは街に火をつけ、注意を集めます。その隙にメテアとサラノスさんが城へ侵入します。ここでエラは、ナトさんたちの行動は陽動だと気づくかもしれません。そこでメテアたちの存在を知る。でも、メテアたちも罠で、小動物に姿を変えたボクとディーテさんが背後をつくという作戦なのです」
「よい作戦じゃ」
「うむ」
メテアはまだ納得いっていない様子だったが、みんなに流されて渋々首を縦に振った。
そうして、明日の決行に備えて、各々宿で休むことにした。
緊張のせいか、カオスはナカナカ寝付けなかった。窓から差し込む月明かりをボウッと眺め、明日の作戦が本当に成功するのかをなんとはなしに考えていた。
他のメンバーの実力をカオスはわかりすぎるほどわかりきっていたのだが、エラの恐ろしさが脳裏にこびりついていて不安を完全にはぬぐい去れないのだ。
あの、キリシ村を一瞬で灰にした光……。コピーして使うのは簡単だ。わからないのは何故、エラたちは光の中を無事でいられたのか、だった。それがわからない限り、あの能力を不用意に使うわけにはいかなかった。
いくら考えても埒があかないと悟ったカオスは、他のところへ向かった仲間たちのことを考えた。
シャイアがサラノスとは別に、どうしても仲間にしたいという能力者。
その人物というのは、ドラゴン使いのリシュナという女性で、異空間から竜を呼び出し自由に飛行する。空中戦を得意とするエイダンと渡り合うには、なんとしても彼女のチカラが必要だというのだった。
リシュナと他の仲間全員(このチームにマーが加わっている)がエイダンの元へ向かい、シャイアはなんと単身、ラデスの元へ……。全員が反対した。しかし、シャイアは秘策があると云い、この作戦を決行したのだった。
カオスは自分たちの任務を遂行したら、シャイアの元へ向かうつもりだった。
リシュナ軍はドラゴンと仲間を足すと、百人――百匹以上になるのだ。いくらエイダンが強いといっても、そうやすやすと敗北することはないだろう。だから、独りであるシャイアに加勢しなくてはならない、とカオスは決心していた。
それにはまず、自分たちの役目を速やかに果たさなければ。
ふいにドアがなった。
メテアだと思い出てみると、相手はディーテだった。
「どうかしたんですか、こんな時間に……」
ディーテは大粒の涙を浮かべている。
「ごめんなさい。不安で不安で……明日のためにカオスくんを休ませなきゃと思ったんだけど……つい……」
ディーテがカオスに激しく抱きついてきた。
「ちょ、ちょっとディーテさん……」
「私は君といっしょにいたいからついて来たんだよ。本当なら三叉の矛なんてどうでもいいの。みんなと違って、怒りも憎しみも持っていない。君といたいからここにいる。私は君となら何処へだって行ける。でも、明日のことを考えると……」
カオスは宙に浮いていた腕を、そっと、ディーテの背中にまわした。
「不安ならボクひとりで行くよ」
「バカ!」
ちょうどそのとき、メテアが意気揚々とやってきた。そして、カオスたちの存在に気づき、歩をとめた。
カオスは驚いてディーテを突き放した。
「ち、違うんだ――」
一瞬、呆然としていたメテアだったが、すぐに踵を返して駆け出した。
すかさず彼女を追うカオス。
階段を降り、宿屋の外へ。シンと静まり返った夜の街に、カオスとメテアの足音が響く。
中央の路地を真っ直ぐ進み、やがて開けた場所に出た。一本の大きな木があり、そこでメテアを捕まえた。
「待ってくれよ、メテア。あれは誤解なんだ」
「離してよ。どうせカオスも胸が大きくて綺麗な女が好きなんでしょ。早くディーテのところへ行けばいいじゃない。ワタシなんかほっといて」
「だから勘違いだって。ボクはメテアの小さい胸が好きだ」
「殺す」
暴れるメテアを押さえつけて、カオスは続けた。
「メテアの声、メテアの考え、メテアの心、メテアの手、メテアの眼。全部が好きなんだ。姉弟以上の気持ちでいるんだ」
メテアがおとなしくなった。そして、今度はわなわなと小刻みに震えだした。
「何よ今さら……」
「今さらってわけじゃないさ。ずっと前から、そう思っていた」
「ワタシだけがそういう感情でいるのだと思っていたの。永遠に叶うことのない気持ちだと。でも……でも……」
「ボクだってそうさ。だけど、今回の戦いが終わったら、伝えようと思っていたんだ」
カオスはメテアの肩を掴み、真っ直ぐに彼女の眼を見つめた。
「落ち着いたら、ボクと結婚してくれないか?」
「冗談でしょ……これ以上、苦しめないでよ」
「本気だよ」
カオスは自分の仮面に手をかけた。そして、そのまま、仮面を剥ぎ取った。
「何してるのよ!」
「メテアとずっといられるなら、支配されてもいい」
「バカ! 本当にバカよ」
すると、メテアも自分の仮面をはずした。
「バカはお互い様だね。でも、とても綺麗だよ、メテア」
「バカ…………」
お互い、素顔を見るのは初めてだった。だけど、素顔を見られたことよりも、相手の気持ちを感じられたことが数倍も、数十倍もうれしかった。
「三叉の矛との戦争で、無事でいられる確証はなかったから、云わないでおこうと思ったんだけど、すべてが終わったら……無事でいられたら……結婚しよう」
「うん。うん。ワタシがあんたを守ってあげるから、かならず……。そして、キリシ村を復興させて、そこで暮らそう」
今ここに、ひとつの幸せが生まれた。だが、もうひとつは惨劇…………。
小さな爆発音が、抱き合う二人を現実世界に引き戻した。
つづく




