第一部 第四章 マットワ・ライス その2
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カオス、アトロス、マーの三人は井戸の底を見下ろしたままじっとしていた。いくら待っても動かない。それにしびれを切らしたのか、村人たちがひとり、またひとりと姿を現す。それでも振り向いたりせず、暗い穴の中を覗いている三人。
村人のひとりが笑う仮面で笑いながら三人に近づく。
そのとき、マーが倒れた。その状況に笑い仮面がぴたりと歩をとめるが、またすぐに動き出した。それというのも、カオスとアトロスのふたりはマーを助け起こそうとしなかったからだ。
笑い仮面がカオスの肩をつかんだ時だった。
「ただのガマン比べだった。後ろを見てよ」
カオスがゆっくりと云った。
笑い仮面が振り返る。背後で控えていた村人たちはみな、大地に指を走らせ、昆虫を漁っていた。
「マーさんは空腹に耐えられそうになかったから、アトロスさんに失神させてもらったんだ。あとは、ボクたちと君たちとの根競べ。どうやら、勝敗は喫したようだね」
カオスのコピー能力だった。
「簡単に終わったように見えるけど、君たちの能力はおそろしかったよ。普通の人……ボク以外の能力なら、我を忘れて井戸の水を飲み、毒で身体が麻痺しているところを襲われたはずだからね。でも――」
そこで井戸の縁に単眼の白い小人が姿を現した。
「マーさんの能力のおかげで水の成分の分析が出来たんだ。そうでなければ、間違いなく飲んでいただろうね」
「カオス殿、もういいだろうか、そいつをぶっとばしても」
アトロスの身体が、ずい、と大きくなったような気がした。
☆
メテアは小さな物置小屋に身をひそめていた。カオスたちが発見したとき、彼女は大きな鍋を守るようにして寝息を立てていた。
「なにやってんだよ、メテア! 心配したんだぞ」
というカオスの罵声に眼を覚ますメテア。
「ところでメテア殿。その、大事に抱えている鍋は?」
ようやく起き上がることの出来たメテアは、鍋を下に置いてフタを開けた。
「マットワ・ライスよ」
おお! 歓声が上がる。
「それ、大好きなんですよ! マットワ草を煮詰めると葉の中にある種が外に出て、ライスのような食感を生み、香ばしさはそのままにいっしょに煮た葉と絡み、これまたなんとも云えない風味が増すんですよね」
「空腹のあまり気を失ったマー殿に早く食べさせてあげてくれ」
「それを云わないでくださいよ~」
「うわっはっはっは。助けてやる余裕はこちらにもなかったがな」
笑うふたりをよそに、カオスだけは神妙な面持ちだった。
「メテア……まさか……」
「お母さんの誕生日でしょ。だから、一番好きだった料理を作ろうと思って。だって、マットワ草が群生している村なんてみたことないもの」
カオスは周りを見渡した。いつもは母親が料理をしていたのでマットワ草そのものを見るのは数えるほどしかない。これがそうか、覚えておこう、カオスはそう思った。
ああああ!
メテアが叫んだ。どうしたのかとカオスが顔を向けると、
あああああ!
彼もまた悲鳴を上げた。
「ちょっと、アトロスさん、マーさん、食べすぎですよ!」
「すみませんすみませんおなかがががすきすきすううぎてええええ」
「ボクも大好きなんですからちょっとは残してくださいよ」
「あんたたちだけのために作った訳じゃないんだからね!」
「メテア殿、良い奥方になれるぞ!」
メテア、母さんも喜んでいるよ、というカオスの声はしかし、騒動のためにかき消された。
第四章 完
つづく




