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第一部 第三章 青い絆 その6

     6


 エフノが逃げるように村から姿を消したあと、全員がテシュパの部屋へ集まった。

 ストスはすでに起きていて、ことのあらましをカオスが話して訊かせた。

「糸人間に襲われたとき、エフノの仕業だとわかっていたのですが、長い時間気を失っていてすみませんでした」

 ストスを加えた全員がテシュパの寝ているベッドに集まった。

「本当に手術は必要ないのですか?」

 マーがまだ震える声で云った。

 それには答えず、カオスはストスに尋ねた。

「予備の仮面はありますか?」

 ストスはうなずき、物置から別の仮面を持ってきた。

 カオスはそれを受け取り、これは水の中で呼吸が出来る能力で安全です、と云って準備に取り掛かった。

「これからテシュパくんの仮面を取り替えます。一瞬で済ませる予定ですが、精神支配には気をつけて、何も考えないようにしてください。それでは、行きます」

 メテアが仮面を剥ぎ取り、その刹那、カオスが新たな仮面をかぶせた。

「これでテシュパくんの病は治りました」

 大きく肩のチカラが抜けるのを、カオスは感じていた。


     ☆


「僕が父さんに云おうとしていたことは、この人たちと共に旅に出かけては? ということだったのです」

 再びリビングに落ち着いたとき、ストスが父親にそう云った。

 サラノスはあの笑い声を上げて、息子に答えた。

「もとよりそのつもりよ。昨夜、家を空けることをテシュパに報告しに行ったんじゃ。そうすると、おじいちゃんなんか何処かへ行っちゃえ、と怒鳴りだしおってな。しかし、わしは決心していた。テシュパの病を治せる人物を探すためにも、旅に出なければ、とな。その間、テシュパのことはおぬしに任せるつもりだったのじゃよ」

「そうだったのですか……」

「で? こいつの病は何だったのかの?」

 サラノスの問いに、カオスはテシュパから取った仮面を見せるようにして、優しい声で答えた。

「テシュパくんはよっぽどサラノスさんとストスさんを愛していたのですね。覚えていますでしょうか。テシュパくんの母親が生前、美しい花を持ってきたのを」

 二人は脳髄の片隅を探すような表情をして、そして、ストスがハッとした様子で、口を開いた。

「あれですかね。父さん覚えていますか? ほら、テシュパの誕生日に妻が森から珍しい花を持ってきたのを」

「花壇に植えてある、つぼみのまま花が咲かないヤツかの?」

 それにはカオスが答えた。

「そうです。一度だけ咲かせたことを覚えていますか? そのときのあなたたちの感動を、テシュパくんはもう一度見たかったのです。この花を咲かせて、家族の絆を深めたい、おじいちゃんとお父さんを喜ばせてやりたい。その一心で、植物と会話をしていたのです」

「植物との会話?」

 そう云ったのはメテアだった。

「テシュパくんの能力は植物との意思の疎通。だけど、人間と植物とはしょせん別の生き物。ここで、テシュパくんの脳に異変が起こり始めたのです。昏睡状態のように眠ってしまう。植物と人間の中間に行ってしまったのです。それも仕方のないことです。流れる時間軸が根本的に違うのですから」

 全員の視線がテシュパに注がれた。仮面を変えたのだが、疲れからか、彼はコンコンと寝入っている。

「だから、とても簡単なことだったのです。仮面を取り替えれば、何も起こらなくなる」


     ☆


 メテア、ナト、マー、サラノスが村を出ようと待機していた。すぐに旅立たなかった理由はというと、カオスがテシュパに話があるといって屋敷に戻って行ったからだった。

 ストスを筆頭に村人全員が顔を出していて、サラノスに旅の無事を伝えている。

 サラノスが彼らのひとりひとりと握手をしているとき、奥から元気いっぱいのテシュパが駆けて来た。

 それを確認した一同は、テシュパに手を振る。

「おじいちゃん、お父さん、これを見て!」

 その手には海のように綺麗な色の花が握られていた。淡い青と濃密な青が入り混じったそれはそれは美しい花だった。

「カオス兄ちゃんが咲かせかたを教えてくれたんだ。とても簡単なことなんだよ。水じゃなくて氷を欲しがるんだって」

 テシュパは足を止めると、祖父と父親の眼の前に、その花を掲げて見せた。

 二人に浮かぶ満面の笑み。

「そうか……ありがとうな、テシュパ。とても綺麗だよ」

「おぬしが枯らさないようにがんばったから、こうやって見事な花を咲かせたんじゃぞ」「おじいちゃん、昨日は怒鳴っちゃってごめんなさい。でも、ボクのわがままでおじいちゃんの自由を奪うのはよくないよね。だから、いってらっしゃい。でも、これだけは約束して。かならず……帰ってくるって……」

 泣き出したテシュパを、これ以上ないくらい優しく、サラノスは抱きしめた。

「心配するな。絶対に帰ってくるからの。わしがいない間は、おぬしが父親を守るんじゃぞ。わしが帰ってきたとき、悪い子になっていたら承知しないぞ」

「大丈夫だよ。だって、おじいちゃんとお父さんの血が混ざっているんだから」

「すひいすひいすひい。わしの血は混ざらんほうがいいと思うがの。すひい」

 うんうん頷くメテア。

 すこし遅れてカオスがやってきた。

 メテアがカオスに詰め寄る。

「花の咲かせかたをどうやって知ったの?」

 カオスは自分の顔を指差して云った。

「それも仮面が教えてくれたんだ。もちろんボクのじゃないよ。テシュパの仮面さ。試してみたんだよ、花との会話をね。あの花は標高が高いところに生息していて、普通の水じゃダメだったんだ」

 メテアが感心したように云った。

「あんたの仮面って本当に便利よね。いっそのこと交換しない?」

 カオスはそれを訊いて、手をブンブンと振り回した。

「とんでもない、仮面をはずしたとたん、メテアの下僕にさせられてしまうじゃないか」

 その瞬間、遠心力のついた右フックが飛んできた。

「支配する前に、殺す」

 村を出るとき、カオスは未来を予想した。この村はきっと、青く美しい花に囲まれるだろう、と……。


     ☆


 光の挿さない牢獄の中で、全身を黒い鎧で覆った男が、膝を抱えてブツブツと何かを呟いていた。

 そこに二人の黒いマントを羽織った男がやってきた。背に矛の文様が浮かんでいる。

 ひとりが云う。

「こいつが、これを持っていたというのか?」

 握り締められているのは古ぼけた羊皮紙だった。

「そうです。スイトの町でこいつを連行したときに持っていました」

「そして、ここに書かれている特徴を持った仮面の少年が、スイトの大会に参加していたのだな?」

「捜査した結果、プロメタの仮面は、カオスというガキが持っているそうです」

 それを訊いて、男は肩を大きく震わせた。

「ついに見つけたぞ。これから、全力を持って、そのカオスという人物を捜索しろ」

「かしこまりました。直ちに手配します」


 しかし、二人はこのとき気づかなかった。

 牢屋でうずくまっている鎧の男が、カオスという言葉に反応したことを……。

                                   第三章 完


つづく

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