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第一部 第三章 青い絆 その5

     5


 テシュパの部屋へ入った。興味を持ったサラノスも同行している。

 テシュパは静かな寝息を立てていて、とても病気だとは思えない。これ以上ないほど、すこやかに寝ていた。

 サラノスは、テシュパの寝顔を見て、いとおしむように云った。

「これの病は何じゃろうな……元気に走り回っておったかと思うと、突然ぶっ倒れる。なんと哀れか。何も出来ない自分に腹が立ってしかたがない」

 カオスは何も云わず、ストスの元へ急いだ。

 彼はソファに横たえられていて、こちらも静かな寝息を立てている。

 カオスはテシュパとストスの能力をひっそりとコピーしていた。

 コピーした能力は、一度も見ていなくても脳裏にひらめく。コピーした瞬間、どういうものなのか、カオスにはわかるのである。

 能力を解除したカオスは、振り向いてサラノスの顔を見た。

「ストスさんを襲った犯人がはっきりしました。そして、テシュパくんの手術も必要ありません。明日、すべてを解決しましょう」


     ☆


 翌朝、リビングに、ストスとテシュパを除いた全員が顔をそろえた。

 エフノが開口一番、なんくせをつけてきた。

「推理ゴッコに付き合っている暇はない。マーさん、行きましょう」

「すぐにでも手術を行いたいのはわかりますが、少しだけお時間をください。こうして集まってもらったのは、昨夜ストスさんを襲った犯人がわかったからです」

 カオスの言葉に、みんなの動きがとまった。

「始めに云っておきます。ボクは探偵になったつもりも、治安維持隊になったつもりもありません。犯人は推理や捜査でわかったのではなく、仮面が教えてくれたのです。そしてその結果、手術を行うわけにはいかなくなったのです」

 そこで、サラノスが手を上げた。

「つまりはこういうことかの? 犯人は、医者の二人のうちのどちらか……と」

 その言葉でみんなの眼が医者の二人へ集中した。

「ちょ、ちょっと待ってください。いや、まさか、そんなこと……」

 マーは完全に取り乱して、何を口走っているのかわからなくなった。

「私たちを疑うのは間違っています。昨日今日、会ったばかりなのに、そんなことするのはおかしいじゃないですか。疑うなら、村人の誰かでしょう?」

 カオスはエフノを真っ直ぐに見て云った。

「そう云うのも無理はありません。なぜなら、犯人はあなたですからね」

 全員がエフノを凝視し、彼の隣に座っていたマーが飛び退くように腰を上げた。

 エフノは冷静そのものでカオスを見据えた。

「あの部屋はカギがかかっていたんですよね? 私はカギを持っていないのですが」

「カギを持っていなくても、エフノさんの能力なら開錠することは容易です。細い糸、それでカギを開け、また閉める。実演してくれたじゃないですか」

 エフノは立ち上がり、徹底交戦の構えを取った。

「マーさんでも可能なのでは? 私は何もしていないのですから彼が犯人です」

「そのことなのですが……マーさんでは不可能なのです。なぜならば、マーさんの能力はパワーがありません。それがどういう意味かわかりますか? あのドアのカギはある程度のチカラを入れないと動かない仕組みです。実際にマーさんの能力でドアを施錠してみようと試みました。しかし、ぜんぜん動かないのです。そこで窓のカギは動かせるのかためしてみました。ところが、ここも動きません。窓のカギもとても固いものでした。ボクはエフノさんの能力でもためしてみました。一本より二本、二本より三本とチカラが増すと云いましたよね。するとどうでしょう。エフノさんの能力だと、いとも簡単に開錠できたのです」

 エフノはそれを訊いて、肩を揺らしながら笑い出した。

「村人の中にも似たような能力を持った人がいるかもしれないじゃないですか」

「昨夜、ボクとメテアは入り口に面している中庭にいました。そして、二階でストスさんが襲われるところを目撃したのですが、外から侵入してくる影は前にも後にもありませんでした」

 メテアがそれを訊いて大きく頷く。

 カオスは淡々とした様子で続けた。

「エフノさん、あなたのターゲットはストスさんではなく、サラノスさんだったのですね。ところが、サラノスさんはテシュパくんの元へ行き、入れ替わりにストスさんがサラノスさんの部屋へ来ていた。もしもマーさんが犯人であれば、眼で見ることが出来るので、その時点でサラノスさんでないことがわかり、ストスさんを襲うことはなかった」

 エフノがここで静かに笑う。

「見えないのであれば、隣室に人がいること自体、わかりようがないじゃありませんか。たまたま襲うつもりで能力を使って、たまたま部屋に居た。確率の低い危険をおかすのは愚の骨頂」

「それが、あなたのミスだったのです」

 エフノの様子が変わった。殺気を仮面に宿した。

「サラノスさんとテシュパくんの会話が隣から聴こえたのを、サラノスさんの部屋から響いてきたと、あなたは勘違いしたのです。そして手違いで、ストスさんを襲撃してしまった。ここで反論はさせません。確かに部屋のつくりは丈夫で、なかなか音は漏れませんが、サラノスさんたちは大声で言い争いをしたのです。実験してみたところ、声を荒げると実際に隣に響きました。さらに続けましょう。あなたはもともと犯人をマーさんに仕立て上げるつもりだったのでしょう。襲った相手から奪ったカギを、マーさんの部屋の中へ隠すつもりでした。人の眼があるため、ドアではなく窓からでね。予定外のことは続きました、それはボクたちが犯行を目撃していたということです。ゆっくりカギを処理することが出来ず、つい、落としてしまった。違いますか?」

 ナトが入り口をふさぎ誰も出られないようにした。

 花瓶の水が渦を巻き、メテアも臨戦態勢にはいっている。

 マーは部屋の隅でガタガタ震え、サラノスはゆったりとソファに腰をおろしている。

 エフノは窓際に移動すると振り返り、全員を順にねめつけた。

 そこでナトが念をおした。

「逃げようと思うんじゃないぞ。それよりも早く、俺の剣がお前をとらえる」

「逃げようだなんて考えていませんよ。なぜならば、カオスくんが云ったことはすべて状況証拠でしかない。物的証拠が欠けているのです。これだけでは、私が犯人だと断定はできません」

「最初に云ったじゃないですか、あなたが犯人だということを、推理や捜査で見抜いたのではないと」

 カオスはストスがいるであろう場所を指差した。

「ストスさんの能力は映写。記憶に残っている映像をうつしだす能力です」

 そう云ってカオスは壁に手をあてた。すると、昨夜の映像が鮮明に流れた。

 父さん、ちょっと話したいことがあるのですが? という声。ストスだ。映像は彼の主観視点、サラノスの部屋を見回している。視界の片隅に一本の糸が見えた。その糸はみるみる数を増やし、蠢くミミズのように絡み合い、やがて人の形となる。

 糸人間が迫ってきたところで映像は消えた。

「あなたの能力ですよね、エフノさん?」

 その言葉がきっかけか、映像が理由か、ナトは両腕を剣に変え、メテアは水を氷のヤリに変化させた。

「はははは。いやあ参りました。こんなにあっさりとバレてしまうとは思ってもいませんでした。改めて紹介しましょう。私は三叉の矛のメンバー、エフノです。私の任務はサラノスの仮面を奪うこと。彼の能力を脅威と感じた上からの命令です。ああ、それともうひとつ、私は逃げるために窓際へ来たのではありません。これを見てください」

 窓の鍵穴から無数の糸が外へ出ていた。

「今、テシュパを人質にとっています。動くと、鋼のような糸が、彼の首に食い込むことになりますよ」

 クソ、という舌打ちが聞こえた。

 油断したとカオスは思った。心の何処かで探偵になった気持ちでいたのだ。これは小説などではなく、実際の戦いなのだ。やるかやられるか。三叉の矛の非道さ、邪悪さは身にしみていたではないか。それなのに……と、カオスは責任を感じ、動こうとした……が、どういうことだ。身体が微動だにしない。

「すひいすひいすひい」

 サラノスが突然笑い出し、重そうな身体を持ち上げた。

「どうじゃ、動けんじゃろ。わしの吐き出す粒子を吸い込んだモノは身体が麻痺する、そして、能力も同様、発動できん。こんな密室なら数秒で全員カチコチじゃ。すひいすひい」

 エフノの表情を見ると、能力も動かなくなっているのがわかる。

「眼はかろうじて動くじゃろ? がんばってわしを追うがよい」

 サラノスはゆっくりと動き回る。

「さて、この仮面が欲しいんじゃろ。ほれ、ほれ、取れるもんならくれてやるぞい。すひいすひい」

 いじわるスケベじじいね、とメテアの顔が物語っている。

「見逃してやってもよかったが、おぬしはテシュパを巻き込んでしまった。わしの能力を訊いてきたんじゃろ。なら、次に何が待っているかわかっておるな?」

 エフノの顔色から血が引いていくのが見てとれた。

「許してくださいと誤れば、考えてやらないでもないぞ」

 だが、エフノの口はピクピクと痙攣(けいれん)するだけで、言葉が出てこない。かわりに出てきたのは、彼の股間を濡らす液体だった。

「お(うち)に帰ってラデスに伝えるがよい。大戦の生き残り、猛毒使いのサラノスは、三叉の矛に宣戦を布告する、とな」


つづく

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