第一部 第三章 青い絆 その2
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診察の間、カオスたちはサラノスの部屋へ通された。
壁一面に本が並べられ、机に腰かけていたサラノスは、熱心に何かを読んでいた。
カオスは心が痛んだ。
こんな大変なときにサラノスを旅に誘おうというのだ。とても無理だし、とても嫌でならなかった。
この気持ちはメテアとナトも同様らしく、二人とも黙り込んでいた。
重い空気の中、突然、『すひいすひいすひい』といった、奇妙な音が響いた。
ビクッとする三人。
「おや、来客がおったのか、すまんすまん、気づかなかったわい。いやの、この脇下通雲のエッセイ集が面白くての。すひいすひいすひい」
奇妙な音は、どうやらサラノスの笑い声だったらしい。
「して、わしに用があって来たのじゃろ? 用件とはなんじゃ」
サラノスの仮面は、まさにドラゴンだった。前面に突起した口元には、びっしりと小さなキバがついていて、長いヒゲは後方に流れている。
「実はですね――」
カオスは三叉の矛を倒すいきさつを云って訊かせた。
「なんと、あのラデスに闘いを挑むというのか? とても勝てるとは思えんがの。すひいすひいすひい」
その言葉を訊いて、シャイアの能力のことを話した。
「ふむ。実に面白い……」
「お孫さんのことが心配だと思うのですが、ボクたちと来てくれないでしょうか」
「いいぞ」
「え?」
実にあっけなく首を縦に振ったので、カオスは驚いてしまった。
「そこのお姉ちゃんも仲間なのかの?」
それにはメテアが答えた。
「はい、メテアといいます」
「他にも女の子はおるのかの?」
「あ、はい。あと、ディーテという綺麗な女性がいますよ。しかし、それがどう……」
「すけべなだけよ」メテアが鼻息を荒くする。
「いい尻じゃ。こりゃあ、旅が楽しみじゃわい。すひいすひい」
いつの間にかメテアの背後にまわりこんでいたサラノスは、メテアのお尻を撫で回していた。
「すひいじゃないわよ、このエロじじい!」
腰のはいった鉄拳が炸裂した。
☆
「じゃが今すぐに、同行することは出来ん」
サラノスは頬をさすりながら、キッパリと云った。
「わかっています。落ち着いてから、仲間に加わってくれれば……」
「そこのニョッカの者よ、おぬしに訊きたいことがあるのじゃが。ラデスの暗黒球というのはどういう能力じゃ?」
ナトは腕を組み、嫌なことを思い出すように、天井を見上げた。
「ラデスの暗黒球……あれは恐ろしいモノです。こぶし大の黒い玉……小さなブラックホールとでもいいましょうか、触れると、すべてを飲み込むのです。ラデスの強さはこの暗黒球と存在消滅でしょう。ヤツが消えると、暗黒球の恐ろしさも忘れてしまう。そうするとみな、平気で玉に触れてしまうのです」
サラノスは楽しそうにうなった。
「ほうほう。かのセウサよりもやっかいだということか」
「そうですね。ニョッカの中には電撃が利かないヤツも複数いました。しかし、ミニブラックホールの前ではどうすることも出来ません」
カオスはこのとき思い出していた。サラノスは先の大戦で、セウサとともに戦っていたのだと。文献ではセウサの恐ろしさ、強さばかり強調されているが、いろいろな武勲を立てたのは彼だけではないのだ。サラノスもまた、表には出てきていないが、相当の伝説を残しているのだろう。
そのとき、ドアがノックされ、ストスが頭を下げながら入ってきた。
「あの……手術は明日、行うそうです」
☆
ストスの息子……サラノスの孫、テシュパは子供らしくおてんばで、とても元気だった。
一見は病気に見えない。それも無理のないことだった。彼の病は何処かが痛むわけではないのだ。十歳という遊び盛り、ベッドでじっとしていられるわけがない。
テシュパの部屋へ入ると、彼はベッドの上を跳ね回り、ボール遊びをしていた。
「こら、寝ていないとダメじゃないか」
一喝するストス。
テシュパはバッタと人間を足したような仮面をしていた。額から伸びる細長い触手が元気よく動いている。
「だって……」
そう云うと、後から入ってきたカオスたちの姿に気づいた。
「この人たちは誰。お父さんのお友達?」
「いや、おじいちゃんの、かな……」
「ふうん。ねえ、お兄ちゃんたちと遊んでもいい?」
「何を云ってるんだ、明日は大事な手術じゃないか。今日は安静にして体力をつけなさい」
テシュパは面白くなさそうに、頬を膨らませた。
「手術が終わって、元気になったら、お兄ちゃんたちといっぱい遊ぼうね」
カオスの言葉に、テシュパの顔がパッと明るくなった。
「ほんとに! うれしいな。外の世界のことを訊かせてよ。それから、ボールで遊んで、他にもいろいろやりたいことがあるんだ。そしてね……どうしても訊きたいことが……」
「さあ、もう休みなさい」
「ちぇ」
カオスは、テシュパが最後に云った、どうしても訊きたいことというのが気になったが、ストスとともに部屋を後にした。
☆
夕食を済ませ、三人はそれぞれ部屋をあてられた。
カオスは少しメテアと話しをしたかったので、彼女を中庭に呼び出した。
月明かりに照らされた花たちは、淡い光を放ち、心を落ち着かせる香りを運んでくる。それはまるで、月光の香りのように感じられた。旅の疲れを癒してくれる、優しさに満ちあふれていた。
「なに鼻の下のばしてるのよ。また、ディーテのことでも考えてるんでしょ」
メテアが肩を上げながらやってきた。
「ち、違うよ」
「どうだか……で、話しって何?」
「思ったんだけど、サラノスをつれて行くのはよそうと考えているんだ。だって、テシュパのことが心配だろ。この村は三叉の矛に支配されていない。平和に暮らしているサラノスは、このままそっとしておいたほうがいいと思ってね」
「小さな村だから三叉の矛も気づいていないだけよ。きっとその内見つかるわ」
「見つかる前に、ボクたちで闘いを終わらせよう」
「そうしたいけど、シャイアがどうしてもサラノスのチカラが欲しいって云っていたじゃない」
「ねえ、メテア。サラノスの能力を知ってる?」
メテアはその場へ腰をおろし、白い花をなでながら答えた。
「訊いた話しだと……麻痺と毒。彼の放出する粒子を吸い込んだ者は身体が動かなくなり、ゆっくりと毒が全身にまわり、どうすることも出来ないまま、死に至る……らしいわ。敵にまわしたくない能力よね」
カオスもメテアの隣に腰をおろした。
「メテア」
「何?」
カオスが彼女の顔を見る。
「君は……ここに、残ってくれないか」
「は?」
メテアが立ち上がり、拳を振り上げた。
「殺す!」
ボコボコに殴られながらカオスは叫んだ。
「ごめんなさい。でも、命の危険があるじゃないか。もしものときは守ってやれないかもしれない。だから、安全なこの村に身を隠していてほしいんだ」
「何バカなこと云いだすのよ。ワタシだってショカおばさんの仇を討ちたいのよ。キリシの人たちの恨みをはらしたいのよ。水がないところでは足を引っ張るってわかっている。それでも……」
メテアは大粒の涙を流し始めた。
「こんな弱点なんて、これから克服してみせるわよ」
本格的に泣き出したメテアを、カオスは優しく抱き寄せた。
「ごめんね、メテア……ごめん……わかったよ、いっしょに行こう」
「当たりまえでしょ。バカァ」
カオスは大事なトコロを思いっきり蹴り上げられた。
シンと静まりかえった村に、奇妙な叫び声が響いたのは、ごく一部の人間しか知らない。
つづく




