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第一部 第二章 大会崩壊と少年 その6-2

「さあ、いよいよこのときがやってきた。野郎ども覚悟はいいか。泣いても笑ってもこれで最後。ケツの穴しめとけよ。瞬きもするな。これから決勝戦を開始するぜ~」

 会場中に歓声が沸きあがる。

 中央にカオスとパイスが立った。

 さらなる大歓声。

「君の仮面――」

 口を開いたのはパイスだった。歓声にかき消されているのか、彼の仮面のせいかわからなかったが、カオスにはよく聴き取れなかった。

「両親の仮面から生まれてないんじゃない?」

 仮面は、仮面から誕生する。子が生まれるとすぐに、両親のどちらかから生まれた仮面をつけるのが常識となっている。

 カオスは小さい頃に一度だけ訊いたことがあった。

「あなたの仮面は浜辺に流れ着いていたモノなのよ」

 カオスが生まれた日、キリシ村に漂流してきた仮面。運命的なモノを感じたため、コクシュがその仮面をカオスの元へ持ってきたのだった。

 カオスは両手を広げて、パイスに云った。

「さあ、どうでしょうね」

「まあいいや。さっさと殺して、その仮面をもらっちゃおう」

 カオスは動揺した。

「なに云ってるんですか。これは大会であって殺し合いではないんですよ」

「もう大会なんてどうでもよくなっちゃった」パイスの赤い眼が、さらに赤みを増したような気がした。「だって、ボクの目的は、大会に優勝して、三叉の矛に入り、その権力を利用してある仮面を見つけることだったんだけど……もう見つけたからね」

 カオスは自分の仮面を指差した。

「これですか?」

「そう、それ」

「いや、母からもらった仮面なので、許してください」

「そういう訳にもいかないんだよね。だって、その仮面って……プロメタの仮面だからね」

 そのとき、決勝戦開始の号令が上がった。それと同時に大歓声も上がった。

 しかし、次の瞬間、歓声がピタリとやんだ。ひとりの男の登場に、あたりは口を閉ざしたのである。

 男は両手を広げて声を高々に云った。

「硬くならなくていいぞ。今日は思う存分楽しむがよい。わたしが許そう」

 ミナスであった。

「パイスよ。見事優勝すれば先ほどの申し出を考えてやる。だから、思いっきり楽しませてくれよ」

 パイスは会場を見て、少しイラッとしたようだ。

「あいつ、偉そうに……でも、もう三叉の矛に入る必要はない。大会もどうでもいい。全力でいくよ、カオスくん」

 そのときカオスの背中に寒気が走った。その恐怖はエラのときに感じたモノとは異質で、もっとイビツさを……邪悪さを伴っていた。

「それと、カオスくん。ボクの能力をコピーしてごらん。すばらしい世界が広がるから。きっと、癖になるかもね、クックック。じゃあ、始めようか。食らいつけ……リグ・ヴァータ」

 カオスもすかさず気をためる。

「唯一無二を否と、ユグドラ」

 爆発する異様な空気。会場中がざわめく。心を締め付ける不安感。

「な、何なの……」

 メテアが蒼ざめているとき、ナトとアトロスがやってきた。

「こ、これは……」

 ナトも思わず歩をとめる。

「グガアアアア」と、そのとき、客席からうめき声が響いた。見ると、ミナス王が地面から生えてきた黒い鞭に絡め取られていた。全身から煙がモクモクと上がっている。

「なにをするか、パイス!」

「バイバイ……」

 ひいいいいい。絶叫とともにミナスの身体は蒸発した。

 パイスが恍惚の声を上げる。

「ああああ。さすがは三叉の矛の幹部だ。満たされるううう」

 カオスはその場へ膝をついた。全身がガクガクと震えている。

「だ、ダメだ……こんな能力……あっちゃいけない……」

 徐々に、客席から悲鳴が増えていく。半数が、黒い鞭に絡め取られている。状況がわからなかった客たちも、自分たちの置かれている立場を把握した、パイスは無差別に攻撃していると。

 阿鼻叫喚の中、シャイアが立ち上がった。

「ナトさん、メテアをよろしくお願いします」

「うむ、承知した」

「アトロスさん、僕にチカラを貸してください」

「うむ、了解した」

 シャイアが舞台に向かって跳躍する。それに続くアトロス。

 カオスとパイスの間に二人は降り立った。

「アトロスさん、時間をつくってください。大丈夫か? カオス」

 カオスはまだ震えていたが、ゆっくりと顔を上げ、シャイアを見つめた。

「あいつは……あいつは、人間を……食っている」

 それを訊いて眼を見開くシャイアとアトロス。

 怒りからか、ものすごいスピードでアトロスが黒い男に迫った。

「やめないか、パイス。おぬしはまだ……十三歳ではないか!」

 アトロスの右正拳突き。無数の鞭が前面に渦を巻いてそれを防御する。アトロスの大気を、鞭の柔軟性が吸収したのだ。

 その間にも、客席から悲鳴は途絶えない。逃げ惑う人々。混乱に陥る会場。

 アトロスの繰り出す攻撃はことごとく空を切る。

 地面から伸びる黒い鞭は一本、また一本と数を増す。


     ☆


 メテアとナトのふたりは何とか無事に会場の外へ出ることができた。そこで、眼を覆いたくなる光景を眼にすることになる。おぞましいことに、パイスの鞭は町全体を襲っていたのだ。触手のように伸びる鞭が、異世界から来訪した木のように林立している。断末魔の世界……そう形容するしかない、そこは、別世界だった。

「町の外へ出たいが……はたして可能かどうか……腹をくくってくれ、譲ちゃん」

 ナトは苦渋の表情を浮かべた。

「それじゃ、今度はワタシがあんたを守ってあげる」

 メテアはナトとは対照的に笑顔を浮かべた。

「噴水があって助かったわ。流動の輝きを、スルトラ」

 噴水の水が大きな波を打って変形する。水は増幅し、巨大な鳥へと変化した。美しい、透明な水鳥。

「さあ、ナトさん。乗って」


     ☆


「か、カオスくん……いったい何が起こっているの?」

 混乱の最中、舞台に上がってきたのはディーテだった。癒えてない傷を抑えながら、この騒動で起きてきたのだ。

「来ちゃダメだ、ディーテさん」

 鞭が彼女めがけて伸びていく。

「風に乗れ、ユグドラ」

 カオスの身体がラーマへと変化する。そして、頭部にある触手が鞭を受け止める。すぐに変身を解き、ディーテを抱き上げた。

「ここにいたら危険です。ボクといっしょに逃げましょう」

「カオスくん……ありがとう」

 地獄絵図の中央に、状況に似つかわしくない笑い声を上げる男がいた。人々の上げる悲鳴を喜んでいる。恐怖を()んでいる。まさに……狂っていた。


     ☆


 それは、絶叫渦巻く会場において、誰も聴こえないような、とてもとても小さな声だった。

「……ラナヘイム」


 鞭は次々と増殖していく。スイトの町は鞭の樹海と化していた。町の人々も、徐々に数が減って行く。

「おいしいいいい。たまらなく美味。もっとだ……もっとチカラを」

 ついに、アトロスの身体が鞭にからめとられた。

 アトロスは疲労のため、肩で大きく息をしている。

「すまぬ。あとは頼んだぞ」

 それが、彼の最後の言葉となった。

 激怒するシャイアとカオス。二人同時に攻撃を繰り出すが……狂気と歓喜に震えるパイスの前に、なすすべがなかった。

 食われ、消滅するシャイア。

 パイスはカオスの身体を、鞭を使い自分の元へと引き寄せ、彼の仮面へと腕を伸ばす。

「これでプロメタの仮面はボクのモノ。セウサの仮面を持つラデスを倒し、ボクは世界を手に入れる」

 苦痛にゆがみながら、カオスは言葉をしぼり出した。

「そんなことは……メテアがきっと……阻止……する」

 パイスの肩が揺れる。

「クックック。そうかい、なら、ラデスの前に、そのメテアという人を殺すとするか」

「彼女に手を出したら許さないぞ、パイス」

「必死に守ろうとしていたって伝えてあげるよ。バイバイ」

 パイスは狂乱とともにカオスの仮面を剥いだ。その瞬間、消滅するカオスの肉体。

「お前もなかなかうまかったぞ、カオスくん。さあ、余興は終わりだ。これから、世界を手に入れてやる。待っていろラデス。くっくっく、はっはっはっは」


つづく

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