第一部 第二章 大会崩壊と少年 その6-1
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全身を漆黒の鎧で身にまとったパイスの容姿は、まさに邪悪といえた。彼の仮面は、仮面とはいえない代物で、何処からどうみても中世ヨーロッパの兜でしかなかった。
彼の試合はいずれも秒殺で、強さの全貌を知ることはできない。
対するアトロスは、まさに無敵といえよう。
大気の絶対防壁はなにものをも受けつけず、繰り出す体術は精細だった。彼の仮面も変わっていて、白光する眼光は瞬きをせず、大きく開いた口は動くことがない。仮面らしい仮面であった。
二人が対峙したとき、会場からは談笑が消えた。
彼らから押し寄せる威圧感のなんとすさまじいことか……なんと恐怖的なものか……。
しかし、その闘気に気おされることのない一角があった。
その場所には三人の人物がおり、真ん中の大男が豪快に話し出した。
「この勝負、どっちが勝つと思う?」
左に座っている痩せた若者がそれに答える。
「正直、わかりません。未知なるパイスかニョッカの闘神アトロスか。実力は均衡していると思います」
そして最後のひとりが口を挟む。
「ねえねえ、ナトはアトロスのことを知っているの?」
大男は剣術の長けたナトであった。
「知ってはいる……が、しかし、直接見るのは初めてだ。ニョッカのモノはもともと閉鎖的でな。めったに自分の村から出ることがない。だが、彼の武勇伝は旅人からたびたび訊かされたよ」
「パイスの自在に動く鞭、あれにも何か秘密がありそうですね」
「うむ」
「でも、どっちが上がってきても、カオスには勝てないわよ」
「いや、わからんぞ。カオスの能力はすごい。しかし、能力に対する年季、というものが欠けているからな」
「能力の年季?」
「さきほど、シャイアが能力の理解度といったのを覚えているか?」
「そういえば、そんなこと云ってたわね」
メテアは思い出すようにして答えた。
「まさに言葉の通りだよ。人は自分の能力を使い続けて理解度を深め、使い方に応用ができ、新たな発見をして、熟練度が上がる。カオスは他人の能力を盗み、それを初めて使うわけだから、その時点で相手とはハンデがあるんだよ。つまり初心者というわけだ」
ここでシャイアが口を開いた。
「今までカオスが勝ってきたのは、優秀な頭脳の賜物なんだ」
ふ~ん、とメテアは二人の顔を順に見回した。分析する眼に感心した。
そこで、準々決勝が開始された。
はたして、実力者同士のこの戦い、いったいどんな展開を見せるのか……客席は静まり返った。
しかし、みんなの期待を裏切るような結果が待っていた。
☆
「大会はどうなっている?」
突然やってきた横柄な態度の男に、受付はイライラとしながら顔を上げた。
「もうそろそろ決勝だよ。ちょっと遅すぎた――」
受付は相手の顔を見て言葉をつまらせた。
「あ、あの……すみません。いよいよ、決勝が始まります。対戦カードは、最年少のカオス対…………暗黒の騎士パイスです」
男はそれを訊いてニヤリとしてみせた。
☆
試合会場と待合室をつなぐ薄暗い連絡通路に、ひっそりとナトが立っていた。
待ち人が来たらしく、彼は顔を上げた。
「何故、試合を放棄した?」
相手はアトロスであった。
「おぬしは、伝説の剣士ナト」
「どうしてだ、と訊いているんだ。伝説の闘士アトロス」
アトロスは両手を広げた。
「おぬしと同じよ。何故、ここにいるのか……こんなことでニョッカの復讐になるのか、疑問に思っただけだ」
ナトは彼に近づきながら、さらに詰問した。
「お前の敗北はニョッカの敗北と同じだ。だからこそ、俺は知らなければならない。試合開始直後、何かを話していたな。それが試合を放棄した理由だな。訊かせてもらおう、伝説の闘士アトロスよ」
アトロスは、ふふ、と小さく笑った。
「ワシのほうこそ同じ思いよ。おぬしは何故、あの小僧に勝利を譲った? 本気を出せば勝てたろうに。あとでおぬしのところへ寄るつもりだった」
ナトは今の言葉で気を落ち着かせた。
「ところで、先ほどニョッカの復讐と云ったな……」
「もちろんだとも。ニョッカの誇りを傷つけられたこの恨み、三叉の矛に対する怒りは一生消えることはない」
「その言葉、信じよう。ところでお前に会わせたい人物がいる。話しはそれからでも遅くはあるまい」
☆
大会はこのあと大惨事で幕を閉じることになる。
誰もが予想だにしなかった結末。
それは、ひとりの狂った少年によって引き起こされる。
つづく




