第一部 第二章 大会崩壊と少年 その5
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準々決勝最後の試合は、実にあっけなく終わった。
暗黒の鎧を身にまとったパイス対疾風のシャウ。
勝負はシャウが攻撃を繰り出す前に決まった。
試合開始の合図と同時にパイスの無数の鞭がシャウを締め上げ、そのまま失神で終わりを告げたのだ。
圧倒的なチカラの差だった。
休むまもなく準決勝が始まった。
カオス対ディーテ。コピー対変身。
「よろしくね、カオスくん」
「は、はあ……」
「あなたって、私の好みだから、手荒なマネはしたくなかったんだけど、仕方ないわね。少し痛い思いをしてもらうわ」
「あの、お手柔らかに……」
「能力は変身。私が見たことのある生物に化けられる。それだけじゃないのよ。身体能力やパワーも変身した生物そのものになるの。さあ、いくわよ。身も心もあなたのもの、スルトアールハイム」
美しかったディーテの容姿が一変した。
手足の筋肉が盛り上がり、顔が変形する。黒い体毛が伸び、巨大化する。その姿はまさしくゴリトラだった。
ゴリトラとは人型の二足歩行動物で、顔の上半分が巨大なツノ。瞳は血のように深紅で、太い牙が無数に生えている。五指から伸びる爪は、丸太のようにがっしりしている。
ゴリトラと眼を合わせたものは逃げられないと噂され、ラーマと二分する恐怖の対象だった。
カオスは精神を集中した。
推測するに、ディーテの変身能力は、確固たるイメージ。記憶にある生物を隅々まで具現化すればいいはずだ。
カオスは、自分がもっとも嫌悪する、もっとも恐れている生物を思い浮かべた。心の中でメテアに謝罪する。しかし、彼女なら許してくれるはずだ。
突然、全身の骨に激痛がはしった。
関節という関節が悲鳴をあげる。そして、血液の流動、筋肉の増加を感じた。
観客は微動だに出来なかった。見るもおぞましい変化に瞬きすら忘れた。
気持ちの悪い変身シーンが終わり、カオスの姿が、ラーマへと変わった瞬間、客席から歓声と悲鳴が同時にわき起こる。
平原の王ラーマ対森林の悪魔ゴリトラ。最強の野生動物はどちらなのか。皆が子どものころから討論していたことだ。やっと見られるという興奮。夢がかなうという期待。
観客どうしで賭けが始まった。
「俺はラーマに賭ける。ラーマの恐ろしさは本物だ。世界最強の野生動物はラーマだ」
「なに云ってやがる。ゴリトラを見たことあるのか。俺が生きているのは奇跡だ。最強はゴリトラに決まっている」
「あの攻撃力は世界一だ、ラーマだ」
「バカヤロウ。ゴリトラに勝てるヤツはいねえ」
メテアは隣のシャイアを見た。彼は真剣なまなざしで会場を凝視している。
「カオスの相手って強敵ぞろいよね。大丈夫かな……」
「どうだろう。これはカオス対ディーテというよりも、ラーマ対ゴリトラだからね。ただ、ディーテの能力に対しての認識度が、勝敗を分けると思うよ」
「認識度?」
「そう。ラーマとゴリトラのどちらが強いかというコトよりも、能力の理解度だね」
「さすがに、おぬしは気づいているか」
メテアの隣にドカッと腰かけてきたのは、ナトだった。
「カオスの能力は実に面白い。チカラの使い方次第でドンドン伸びるぞ。だが、能力以上にほめたたえるべきは、あいつの頭脳だな」
「やめてくれない。その息子を見るようなまなざし」
メテアは舌を出した。
「譲ちゃんの能力はムラがありすぎる。何とかしないといけないな」
「そんなこと、ワタシが一番わかっているわよ」
「しっ、始まった」
シャイアの言葉で会場に顔を移す二人。
ゴリトラが大きく跳躍した。ラーマは姿勢を低くして迎え撃つ体勢だ。
ゴリトラの巨大な腕が振り下ろされた。それを左によける。六本足のラーマはさすがにスピードに分があった。寸分おかずゴリトラに飛びかかる。首に食らいつかれたゴリトラは、それを振り払おうと鉄拳を繰り出す。はじかれるラーマ。しかし、頭にある無数の触手が腕に絡みつき、飛ばされた勢いを殺して無事に着地する。自在に伸びる触手に手を焼くゴリトラ。引きちぎろうとするが伸び縮みするだけだった。
ここまでの一連の動きに、観客は喝采をあびせた。
足を踏み鳴らし、会場中に振動が響き渡る。
「まるで怪獣大決戦ね」
「ワハハ。余興だ、楽しもうではないか」
ナトが笑いながらメテアの肩を叩く。
ラーマが踊りかかった。ゴリトラは触手にてこずり思うように動けない。しかし、持ち前の巨大なツノで迎え撃つ。ラーマは足二本でツノを払い、その伸びきった首筋にキバを立てようと、口を大きく開けた。勝負は決した、と思ったまさにそのとき、ゴリトラの身体が縮んだ。瞬く間にディーテ本人の身体になり、ラーマの触手をかいくぐる。距離を置くとすぐさま叫んだ。
「忌み嫌われし姿へ、スルトアールハイム」
ディーテの姿が変形し、今度は巨大なヘビへと変わった。体長はラーマやゴリトラの比ではない。
「あれは?」
メテアがつぶやいた。
「あの女、ニョッカにまで来ておったか。あれは我々の島に巣食う大蛇、ナミノミ。四本のキバからはそれぞれ違う性質の毒を出す。締め上げるチカラは岩をも砕く。俺の住んでいた村の成人の儀は、ナミノミの討伐だった。もちろん、成獣ではないがな。ひとつ云っておく、ナミノミはラーマよりも、強い」
ナトは大声を張り上げた。
「おい、カオス。俺と戦ったときと同じコトをしろ。そうすれば勝てる」
ラーマが会場を向いた。その隙をナミノミは逃さなかった。繰り出す尾の一撃。ラーマはそのスピードに反応できず左肩にもらった。
よろけるラーマ。ナミノミは口を大きく開け、ラーマへ迫った。
危機を前に、ラーマ=カオスは、この能力の真意を見ぬいた。ディーテが何故、ヘビに変身したか。ナトの言葉の意味は……。
カオスは変身を解いた。生身の身体へ戻る。
「あいつ、殺されるぞ」
観客の誰かが叫ぶ。
ナミノミのキバが顔の前まできたとき、カオスは云った。
「師の肉体と精神を、ユグドラ」
ナミノミの大きな口が閉じられた。
顔を覆う観客たち。
だが、悶絶したのはナミノミだった。
ナミノミの巨体の影から出てきた人物……それはなんと、ナトであった。
舞台上と隣を交互に見るメテアをよそに、ナトは大笑いを上げた。
「ワッハハハ。やはりあいつは頭がいい。これは将来が楽しみだ」
「カオスはまたひとつ成長を遂げた。ディーテの能力をコピーしたまま、他人に変身した。ナトさんの能力をカオスが使うのではなく、ナトさん本人が能力を発動できるように。つまり、ナミノミよりも強い生物、それはあなたということですね、ナトさん」
云ったのはシャイアだった。
「勝者、カオス。決勝進出!」
一条の光しかささない薄暗い個室で、パイスは古ぼけた羊皮紙を見ていた。それをおもむろに鎧の中へ戻すと、小さく呟いた。
「間違いない。あれは……」
そして、何かを確信したように、しっかりとした足取りで会場へと歩き出した。
つづく




