序章 マスクゲール
混沌の仮面
仮面を被れば
人とモンスターの境界は
消滅する
『自分で脳髄を取り出したフランス人作家』
序章 マスクゲール
仮面――どんな成分、物質で出来ているのか、誰が創ったのか、いっさいが謎に包まれていたが、ひとつだけわかっていること、それは――
《被ったモノに、チカラを与える》
セウサは羊飼いの家に生まれ、父親と犬とで羊を追う日々を過ごしていた。
貧乏な生活が父親を不機嫌にさせ、毎日のように虐待を受けていたセウサの唯一の安らぎは、月に一度の休日だった。
そんなある日、セウサが遊びに出かけ、奇妙な仮面を被って帰宅した。
額に一本のツノが生えていて、両目のまわりを幾何学的な紋様が描かれている。
銀で出来ているような、鉄で出来ているような、それでいて瞬きや口の動きに合わせて動くほどやわらかい、皮膚と一体化しているような奇妙な仮面。
不思議なコトは他にもあった。それは、父親が仮面を取ろうとしたときに起こった。
右手を伸ばしたまま硬直したように動かなくなったのだ。眼の焦点が定まらず、口を半開きにしている。どれくらいそうしていただろうか。そのまま、放心状態でいるのかと思いきや、今度は突然笑い出したのだ。
しかしセウサは驚かなかった。なぜならば、彼がそう念じたから……彼がそうなれと考えたから……。
セウサは瞬時に仮面の能力を悟った。人の心を操るチカラだと。
当時の世界はリンボサ国とミダン共和国が争いを続けていた。勢力は均衡していて、セウサが仮面を見つけた当時、両国は現状を打破すべく、戦争の激しさは頂点に達していた。
戦争は民を貧困に陥れる。戦争は人々から希望と笑顔を奪う。セウサは国を呪った。セウサは戦争を恨んだ。
セウサはこの仮面を用い、戦争を終わらせるため、リンボサ国王に謁見を求めた。だが、一介の羊飼いにお目通しがかなうはずもなく門前払いとなった。しかも仮面を被ったままだったので当然の結果だった。
しかしセウサはそのまま引き下がらなかった。
中央広場に移動したセウサの取った行動は、父親にしたように、国民の精神支配だった。
彼がリンボサを支配するのに一ヶ月とかからなかった。
リンボサに平和が訪れた。しかし、その平和は真の平和とは云えないことをセウサは理解していた。
ミダンとの最終戦争が、何故、仮面の戦い『マスクゲール』と語り継がれるのか……。
ミダン国女王もまた能力を持つ仮面を被っていたからだった。
精神を支配された兵士たちは恐怖を知らず、痛みを感じず、死を恐れなかった。その兵士同士の戦いは熾烈を極めた。戦争は全人口の約半数を失い、二年の歳月を費やし、セウサ王率いるリンボサ国の勝利で幕を閉じた。
こうして世界に平和が訪れた……セウサが人類の精神支配を解かぬままに。
彼が孤独を感じるのに、それほど時間はかからなかった。
世界統一からわずか二年、セウサは自ら命を絶った。
セウサの死後、精神支配を解かれた人々は夢から覚めたように我を取り戻し、今まで自分の取ってきた行動に愕然とした。なぜならば、支配されている間の記憶が残っていたからだった。
心の傷はやがて他者を傷つけることで癒されるようになっていった。
このままではまた戦争が繰り返される。
そんなおり、人々の間でこのような噂が広まった。
『セウサの仮面を手に入れたモノは世界を制す』
王城に人々が殺到した。
セウサの寝室に入ったとき、彼らは眼を疑った。
なんと、仮面が部屋中に散乱していたのだ。大きさ、形、さまざまな色の仮面が乱雑に積まれていた。
我先にと仮面を手に取り、そして被る。
ひとりまたひとり、仮面を被る。
そこで仮面の秘密の一部が発覚する。
仮面を被っているもの同士では精神支配が出来ないということ。仮面が人間に特殊能力を与えること。
そして、仮面が細胞分裂のごとく仮面を産む、ということを……。
無尽蔵に増殖していく仮面は、親から子へ、恋人、親類へと渡っていった。
仮面さえ被っていれば支配されることはない。
たとえ家族という近しい関係でも、親しき仲でも、仮面は取らない。
自分の跡を継げ。自分に従順になってほしい。わたしだけを愛してほしい。自分の前から消えてほしい。死んでしまえ。そういった考えが……思っただけで、念じただけで、支配へとつながるからだった。
望んでもいない支配があちらこちらで起こり、いつしか、仮面をつけていることが礼儀と義務であるようになっていった。
全人類が仮面を手に入れるのに、そう時間はかからなかった。
真の平和は仮面がかなえてくれた。
それから五十年、些細な争いこそあったが、人類は平和に過ごしていた。
セウサ本人がつけていた仮面が発見されるまでは……。
つづく