一丸八の煉瓦
お前はヘタレだな
そうだな…
聞こえるはずのない声。
甘えなど許されない。なぜならー
防弾ガラスの向こう側に居る受け付けは事務的に『ご用件は』と俺に尋ねた。白夜は独りでにつぶやく様にある男から聞いた詩を暗唱し始めた。
「雪は大地の上にのみ降り積もりそれが溶けるは遥か昔。今だ白の世界は鳴り止まぬ。
夜語り、灯り火、夢月の花。これ、過去に交わりし三つの約束。」
白夜は最後の言葉をいい終えると、そっと目を開けた。すると、辺りは真っ暗で明るく光が差し込むエントランスとは大違いだった。
裏機関で受付をすると人が消える。
という噂がある。受付に座っている人はただのカモフラージュにすぎない。あの受付に置かれたゲートは三つ。妖怪絡みの仕事をしたい場合は真ん中にある二番ゲートを通らなければならない。ゲートを開く条件は主に二つある。
一つはあらかじめ内部から通行証を貰っておくこと。もう一つはゲートを開けるためのコードを暗唱すること。そのコードは不定期に変化する。二番ゲートのコードは古代の詩が多いとあの男は言っていた。コードが正しければゲートが開き裏機関の内部へと転送される仕組みだ。
白夜はめでたく内部へ転送はされたようだが、まだそれだけだった。
「やっとスタート地点だ。」
暗くて埃っぽい場所。
俺が『ここ』について分かっているのはそれだけだ。俺は両手を使って辺りを探ってみた。どうやら『ここ』は人が両腕を伸ばすとギリギリ両端の壁に触れられる程度の広さで、壁は煉瓦で出来ているようだった。そして、最も気になるのは前に進めば進むほど多くなる誰かの視線だった。
白夜はその視線を気にしないようにひたすら念入りに壁を調べながら前へと進んだ。
武器の密輸をしていた頃に通った地下道の壁には暗号化された目印が刻んであった。もしも今、視線を送る誰かが俺を試そうとしているなら、慎重に壁や床を調べておいて損はない。そう思い一本道を進んではいるが募る不安を拭うことができない。
俺はここで立ち止まる訳にはいかない。
「ヒントが欲しい」
白夜は思わずため息まじりに言った。答えてくれるものなどないことは分かっていた。『視線』は俺が気づいた途端感じられなくなった。
暗くて埃っぽい場所は俺が過去に犯した罪を思い出させてくれる。過去に切り捨てたなにもかもを。
「全く、お前はヘタレだな。」
そうやってあいつは俺の心の中で不敵にニヤリと笑った。今確かに聞こえたはずのこの声も幻聴だと俺は分かっていた。なぜなら、俺がこの男を殺したからだ。もう、この世には存在しないと知っているからだ。
「そうだな」
あいつを殺した俺には甘えなど許されない。
白夜はもう一度歩き出そうとしたがなぜか立ち止まったままだ。そしておもむろに床に耳をあてびっくりした顔をした。
ートン ト トン ト ト トー
床をスニーカーで踏み鳴らしたような音。
さすが、裏機関と呼ばれるだけあって性格が悪い。こんな音のモールス信号は歩いていれば自分の足音で聞こえなくなってしまう。
ート トン トン トン トン トント ト トン トン ト トン トン ト…ー
「一まる八のれんが」
白夜は一度立ちどまって頷いたあと息を大きく吸った。
「本当に性格悪いな!」
彼は一人で怒りながら大股で来た道を引き返し始めた。
「一丸八。百八個目の煉瓦か、煉瓦に一丸八と関連した目印があると考えられる。」
つまり、始めに戻って数えなおさなければならない。
「本当に性格悪い」
煉瓦の種類は俺が見つけたものだけでも三種類。大きさもまちまちで計算で出すのが難しい。俺は再び壁を触りながら今度は引き返し始めた。やはり煉瓦を素材別で分類すると三種類ある。しかし同じ素材で出来ていても形や大きさが違う。
白夜が感覚を研ぎ澄ませて情報を集めている時彼の背後から何かが忍びよっていた。
人間の耳では聞き取れないわずかな音を立て
ながらー
ーガシャンガシャンー
そう、それは何かが落ちるおと。
もう少し白夜にお付き合い下さい
次、白夜が戦うはず!