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八咫烏  作者: 夜香蘭
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想いと重み

意識の淵があんなにも遠い。

ああ、こんなにも高い場所からこの廊下を見るのはいつ以来だろう。あの時、本当は目覚めていた。けれど、寝たふりをしていた。それは、その時の顔を見られたくなかったから。

慧の意識は混濁していた。背の高い男があの男と重なった。

「帰ってきたんだな。……。」

慧はあの男の名前を呼んだ。そして、意識を完全に失った。


俺は漂っている。漂っているー


何だろう。また硬いベッドの上に戻ってきたようだ。しかも今度はひんやりと冷たい。俺は分からないんだよ。もう何も思い出せないんだよ。俺は意識の淵に立った。そして、また天井が俺を見つめていた。

「ここは、どこだ。」

背の高い男の姿が脳裏に浮かぶ。慧の体には様々な器具が取り付けられていた。背の高い男が俺を見ている。うっとおしい。背の高い男はまだ俺に器具を取り付けようとしたので、俺は背の高い男の手を掴んで一言だけいった。

「そんなもの、つけるだけ無駄だ。」

それでもその男は作業をやめなかった。背の高い男はどうやら研究員のようだ。

「良く聞け。そんな器具で俺の対価は測れない。あいつ…暁に聞いてみろ。というか、暁を呼べ!」

背の高い男は慧の言葉を軽く受けながして、作業を続けた。その男の行為に対して心が不安定な状態にある慧は、酷いイラつきと研究員に嫌悪感を覚えた。

「お前、いい加減にしろ」

心の制御がうまく効かなかった。

慧はベッドから起き上がると研究員の頬を平手で殴った。研究員は突然起こったことに驚き、動きを止めて、目を見開いた。

薄暗く器具だらけの部屋は妙に静かで、落ちついている。研究員はそんな部屋と同化するようにぼんやりと立ちつくしていた。慧は研究員を殴ったことに罪悪感を感じてはいなかったし、反応のない研究員を使えないとすら思っていた。

妖怪を殺すたび…慧の心は擦り切れ、過去の彼にはけしてできなかった色のなく冷徹な目をするようになった。『国家安全保障機関』またの名を『裏機関』と呼ばれるこの場所で慧は妖怪を殺し続け、任務を遂行するたびに生きる意味を見失い、『あの時』にひどく囚われていく。

「暁!」

慧は、研究員の脇を通り過ぎて器具だらけの部屋をでた。その部屋の扉には『検査室』と書いてあった。

「おや、慧どこにいたんだい?」

思いっきりすっとぼけたことを言う暁を慧は睨みつけた。暁は徹夜続きなのかボサボサの髪を無理やりかきあげて、あくびを何度かする。慧の表情など気にもとめていないようだ。

「そこに置いといてって言ったはずなんだけど君がそのソファーの上にいなかったから、また気まぐれでもおこして帰ってしまったのかと思っていたよ。」

慧は暁が指差した年季の入ったソファーにため息をつきながら座った。

「よく分からない研究員に検査室に連れていかれた。」

暁は『ああ、なるほど』と言って頷くとボソボソと一人言を続けた。

「ところで…。」

やっと一人言をやめたかと思うと、いきなり慧の前にしゃがみこんで含みを持たせたような声でマイペースに慧に語りかけた。

「今回の君がそんなにもイラついている理由は何だろうね。」

今の慧には暁の話しを静かに聞くことすら苦痛であった。暁に何を言われても意味の分からない怒りが湧き上がってくる。息をするのも苦しかった。

「それは、お前の話し方のせいだな。」

暁は慧の横暴な発言に表情を変えることもなく、一つ呼吸をおいた。その行動に慧は怒りを覚えソファーから勢いよく立ち上がろうとしたが、体に力が入らず脱力し重力にそのまま引っ張られるようにして、ソファーの上に落ちた。そして、目の前にあったはずの暁の顔が消えた。

「なんだ、これは…。」

意識は辛うじてい残っているようだが、体を起こすことができない。暁はそんな状態の慧の頭に手を置くとマイペースな口調を変えることなく話し出した。

「また、何か記憶を無くしたね。」

冷静なその声は残酷だった。

「とりあえず、今は眠りなさい。」

暁は白衣のポケットから注射器と薬品を取り出して二種類の薬品を注射器に入れると右手首と首の左側にうった。

右手首と首から熱が広がっていく。そして、その熱の広がりに呼応するように、意識が遠のいていった。薄らぐ意識の合間に暁は冷たい声で慧に言った。

「この薬もいつまで効くか分からないよ。記憶は誰かの想いでできている。想いは生きるための重みになる。だから、それを失ってしまったならー。」

慧は反論する間もなく、意識を失った。暁は気を失った慧をソファーに残し、近くの棚に置いてあったコートを慧にかけた。暁はしばらく慧の様子を観察した後、異常がないとみると静かにソファーから離れた。


慧は想いという名の重みを失って漂う。何もかも忘れて行く。霧はもう晴れはしない。かつて見たはずの美しい空ですら思い出せはしないのだから。




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