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八咫烏  作者: 夜香蘭
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晴天と愛

光ー

その男が見つめた光。無垢で不安定な光。

ここには、安らかで優しい自然が広がっている。それと呼応するように、逞秋は慧の頭をなでながら優しい声で慧に尋ねた。

「慧、どうやってこの森に来たんだ?歩いてきたのか?」

慧は逞秋の腕の中で少し顔を上げてその顔を横に振った。逞秋はその様子を見て馬の走る音がやはり、慧に関係あるのだと思った。慧は戸惑いを隠すように一度うつむき、少しずつ話し始めた。

「馬にのって来たんだよ……。あ、でもね野生の馬だよ。この間は…人の家の馬を勝手に使って、父さんに怒られたから。」

逞秋は笑いをこらえながらまた、慧の頭をなでた。慧なりに俺の言葉を気にしてくれていたようだ。

「そうか…。慧、動物を愛なしで操ってはいけないよ。これだけは覚えておきなさい。」

元々人間が他の動物を操るという考え方はなかったという。人は自然の中で生き、他の動物と調和をとっていた。他の動物と人間は対等であった。太古の昔人間はみな動物と言葉を交わせたという。狩りをする際にもけして馬などを『利用する』という考えや感覚を持っている人はいなかった。共に生きる仲間だったのだ。それが最近では動物を戦争に利用するようになった。人はいつの間にか他の動物を支配するようになってしまったのだ。自然と共に生きるものだけに許された動物を呼ぶ指笛も、軍事研究によって笛が作られ誰もが簡単に動物を支配できるようになった。それは、動物のコエを聞けない者が支配してしまえるということを意味している。人間が自分以外の動物を使役しそれらの命を使い捨てる時代になった。バランスはいずれ崩れてしまうだろう。逞秋はもんもんと思いを巡らせながら、自分がするこのような憂いも慧には必要のないことなのだとわかっていた。

「父さん、僕はあの子と遊びたいから呼ぶんだよ。好きじゃなかったらこの力を使う必要がないよ。」

そう言って慧はまた、微笑むのだった。その表情を見て逞秋は慧がもっと小さなころに言ったことを思い出した。慧のその言葉は穏やかであり、明快だった。

「慧がのってきた馬は俺がのることを許さないか?」

「それは、分からないよ。直接あの子に聞いてみないと…。」

慧はいつにも増して口調が柔らかでゆっくりだった。慧は指笛を吹いた。遠くから野生の馬らしい音をたてながら馬が走ってきた。その時にはもう慧の瞳がとけていきそうだった。

「父さん…何かね、眠たくなってきたよ。」

慧はそう言ってまもなく逞秋の腕の中で眠り始めた。慧の言葉は俺の心を締めつける。この子もいつかは知ってしまうだろうか。この国に宿る闇をこの子が受け入れなければならない日がくるだろうか。戦乱の中でこの子の心も変わってしまうだろうか。いや…そんなことは俺がさせない。

「慧」

だから、俺は何度もこの子の名前を呼んで抱きしめるのだ。この子の心がここに変わらずあると感じるように…。この子の心を守りたくて。けれど、いつの間にか俺が慧に光を見て癒されていた。けがれを知らない闇をもはね返すような光に。俺は慧の寝顔を見てなんだかホッとした。もし、俺が慧に対して感じるような気持ちで、この国が満ちていたならこの国から戦争はなくなるだろう。最近噂で聞く『妖怪』というものも消滅するだろう。答えは単純なのに、いつだってそれは手に入れがたい。俺は今とても大切で贅沢なものを手にしているのだと思った。逞秋は慧を抱いて立ち上がったが慧は深い眠りにおちているのか目覚めることはなかった。馬も慧を気づかってくれているのか2人がいる場所から数百メートル先で走るのをやめて静かに歩き出していた。少しずつ世界は目を覚まし始める。太陽が何の不思議も抱かず果てのない世界に輝く。命が紡がれているのだと感じる。俺は慧がこの手にあるからこそ、そう感じることができる。世界が眩しいくらいに輝いて見えるんだ。

馬は俺から少しはなれた場所で歩みを止めてこちらを伺うように鋭い目を向ける。馬にも性格はあるだろうが草食動物である馬は臆病な性格だと聞いたことがある。だから、見知らぬ男の存在を警戒しているのだろう。頭の中であの時が鮮明にうかぶ。

慧があの時言った穏やかであり明快なことばー

『動物にも人の言葉は通じるよ。だって、僕はあの子と友達になったんだもん。』

俺は慧の口から自然にこぼれた言葉にはっとさせられた。

俺は指笛で動物を操るのが得意だった。けれど、一度として自分の言葉が動物に通じたと感じたこともなかったし、心を通わせようともしなかった。俺も動物のコエを聞かないままに動物を操っていた。逞秋はひとりで苦笑いしたあと慧の友人にそっと近づきしゃがむと目を見つめ話しはじめた。

「俺は君の友達の父親だ。慧は眠ってしまった。慧のかわりに俺が君にのってもよいか。」

慧の友人は(こうべ)を下げた。俺はその姿と馬の表情をみて自分が今まで見えていなかったものが見えたような気がした。慧の友人は鋭い目を一転させ母親のような優しい眼差しをして寝入る慧を見つめていた。その時世界を覆う静かな霧がはれていった。

「慧、これからもその心で見つめる世界を見せてくれ。いつまでもお前を愛している。」

霧はいつかはれる。太陽はいつだって輝く。今日はきっと晴天が広がるだろう。

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