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(1)

僕がその噂を聞いたのは友達からだった。近くの廃業した病院に幽霊が出る。どこでもある話だ。ところが、変わった幽霊で、それは病院の三階の奥の病室に住み、ドアを開けると、「おみやげもってこい!」と大声を上げるのだ。必ず男の声で怒鳴るように言うのだ。同じ話は広まっていて、多少脚色は加えられているものもあるものの、同様な内容で信憑性がありそうに思える。

「行ってみようぜ!」

「やめよ」

「いいから、いいから」

 半ば強引に連れられ、僕は友人と病院の前に立った。時間は夕方五時、もう太陽はすぐ沈むころだ。学校の帰りに僕はこんなことになるとは思っていなかった。

 その病院は三階建て、崩れかけたコンクリートの壁には赤ペンキで落書きがあり、随分廃業したあとお客が来ていたようだ。

 しり込み気味の僕を引っ張るように、友達は病院内に入れた。入り口のガラスは割られ、病院の廊下を歩く僕の背中には冷たい夜風が当たる。

 病院内の内部はすでに荒れ果て、椅子は放り出されていた。空き缶や花火のかすやタバコが散乱している。

 廊下から内科、耳鼻科、あと表札もなくなった部屋の室内を眺め歩いた。どれも似たりよったり、机が倒され、カルテが散乱し、部屋は荒れ放題。

 部屋の先から微かに夕日の赤い光が差している。

「おい、帰ろうぜ」

 僕は言ったが、友達は笑いながら、

「怖気づいたんの!」

「ちがーって!もう足元も見えないじゃないか」

「それが肝試しだろう。何心配すんな。大丈夫だって、何にも出やしないんだから」

「それでもこれだけ散らばっていたら、あぶねぇーって」

「それもそうだな。まて、ここまできたら、三階見て帰ろうぜ」

 急に納得した友達は階段を上り始めた。僕はしぶしぶ友達のあとについていく。

 二階を通り越して、三階に廊下に出た。三階は一階や二階よりもなぜか薄暗い。しかもかび臭く、じめじめしている。割れた窓から夕日もほとんどなくなっていた。

「おい、あっちの部屋みたいだ」

 友達はそういうと、ゆっくり進んでいく。僕たちの足音は妙に湿って響く。

やがて一番奥まで来た。そこはなんの部屋なのだろうか。見た目には病室みたいだが、ドアを開けないとわからない。そして、友達はゆっくりとドアノブを回し、開けて内部があらわになる。

一瞬だった。

そこは意外ときれいだった。

ベットがひとつあり、衝立がたててある。

そして、ベットに横たわる人の足が、起き上がるようなしぐさを見せた。

「土産持ってきたかっー?」

男の怒鳴る声がすぐに飛んできた。それに度肝を抜かれた僕らは慌てて、崩れるように逃げ出した。ようやく一階の廊下を走りぬけ、

「本当にっ。出たっな」

 友達は言葉がうまく出せないで、息を乱している。

「ああ、驚いた」

 僕も気持ちがすっかりしょげてなんとなく呟いた。噂は本当だった。

「あっ!」

 友達がポケットやら、かばんの中やら見ている。

「どうした?」

「携帯落としてきた」

「持ってきてないんじゃないか」

 僕は病院に戻りたくないばかりに願望を述べた。

「いや、持って来たよ。たぶんさっきの一番奥の部屋だ」

 そう僕らは慌てて出てきた。そう僕らの選択は二者択一。戻るか。諦めるかだ。生理的に二度と遭いたくない現象に遭遇して、僕らはお互いの言葉を待ちあぐねていた。



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