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10-3:「<魔女>の塔」

 物陰から注意深く覗いていると、どうやら追ってはこないようだった。

 ふむと息を吐いて、リデルは言った。



「どうも、塔の外までは追いかけて来ないみたいね」



 遠く、と言ってもさほど距離があるわけでは無い。

 リデル達は塔に至る通路――ここもやはり黒い金属に囲まれていて、天井に照明らしき光がある――に戻り、その曲がり角まで後退していた。

 そして現在、頭を上から下に連ねるように塔の様子を窺っている所だった。

 ルイナが入り口を崩してくれたので、ここからでも何とか様子を窺うことが出来る。



「思った通り、アイツは塔の中でしか動かないんだわ」

「どうやらそのようですね」

「そう言えば、中に入ってから襲われましたものね」

「何だってそうなるんだ? お前さん、わかるか? 魔術師だろ?」

「だからフィリア人風情がアタシに話しかけるんじゃないよ」



 上からリデル、アーサー、ルイナ、アレクセイ、アレクフィナだ。

 5人の足元にはリデルの大蛇がうねうねと這っているが、もはや誰1人として気にしていなかった。

 いい加減、慣れる。



「いやしかし、それにしてもいきなり逃げるとは思いませんでした」

「何言ってんのよ。私はいつだって勝てないと判断したら逃げてたわよ」

「……そうでしたかねぇ……」

「そうよ」



 アーサーの訝しげな視線はとりあえず置いて、リデルは塔の入り口でじっと立つユノの姿を見ていた。

 石油の火はもうしばらく燃えているだろうから、視界については問題ない。



(人形、って言った方が良いのかしら)



 人形、そう、そうとしか表現のしようが無い。

 金属で出来た人形、しかし鉄では無い何か。

 およそ、リデルにはあれが何なのかはわからなかった。



 そして、先程の一連の戦闘を思い出す。

 人体よりも遥かに硬く、しなやかで強靭、しかも関節が異様な方向に曲がるので動きに予測がつかない。

 1人の兵としてあれを見た時、ユノは明らかに究極の兵士であった。

 軍略としてならともかく、対個人として考えるならおそらく最高の。



「おーい、どうすんだよ軍師殿」

「五月蝿いわね。今いろいろ考えてんのよ」

「口に出した方が考え方もあると思うぜ」

「アレクセイさんって、意外と良いこと言う人だったんですね!」

「お嬢ちゃん、俺は基本的に良いことしか言わないぜ」



 そしてそんな彼女らの様子を、ただ1人、アレクフィナは手持ち無沙汰に見つめていた。

 彼女の役割はここまでの案内であって、しかも相手は好きでも無い馬鹿共で、正直ここにいる必要性は無いと言えば、無かった。

 それでもここにいるのは、流れと言うしか無かった。



「アレクフィナ」



 リデルが声をかけてきたのは、そんな時だった。

 またこの小娘は何か言って来るのかと思ったが、良く考えればいつものこと。

 さて何だ、と聞く体制に入って。



「アンタ、もうここまでで良いわ。ありがとう」



 ――――はぁ?



  ◆  ◆  ◆



 ユノは思考することが無い。

 何故なら彼女は人では無く、心と言うものを持たないからだ。

 そんな彼女にも、主から与えられた役目が1つあった。



 <塔>に侵入する者を排除すること。



 この塔に入ることを赦されるのは、ただの7人。

 ユノ自身を含めて、7人。

 7人の<魔女>。

 数千万人の同胞の内で、この塔に許された最大人口が7人だったのだ。

 塔に7人以外の存在を感知した時、彼女は動き出すように造られている。



「よ――し。じゃあ、行くわよ!」



 <魔女>ユノは、再びの侵入者を感じた。

 室内の床に仕掛けられた<アリウスの石>が、それを教えてくれる。

 重量が違う。

 ユノの菫色の瞳に、再び光が灯った。



「突撃――!」



 飛び込んで来たのは、当然のことリデル達だった。

 瞬間、ユノは戦闘の数人に向けて両腕を振るった。



「どぅおぉっ!?」

「ぐっ」



 アレクセイとアーサーだ、前者は膝を折って転ぶように避け、アーサーは例によって魔術で受けた。

 それで終わらない。

 金属音を響かせて胴体が回転する、腕は3本爪の刃をつけたまま、連続で切りつけてくる。

 たまらずアレクセイは床の上をゴロゴロと転がって離れ、アーサーは何とか腕を掴もうと努力した。



「……っ、獲っ……たっ!?」



 だが腕を掴んでも、肘と肩の関節が不自然に曲がる。

 気が付けばユノの身体はアーサーの腕を支店に逆立っており、しかも脛が裂けて両足に剣が生えた。

 腰と膝が折れ曲がり、アーサーの両肩を目指して脚剣を振り下ろした。

 明らかに、対人を想定された動きだった。



「ルルゥ――――ッ!」



 その横合いから、ルイナが渾身の力で殴りつけた。

 人間で言う左腰骨のあたりに拳が直撃し、流石のユノもその膂力には耐え切れずに吹き飛んだ。

 だが空中で器用に体勢を――関節や駆動部を人間ではあり得ない方向に動かして――整えて、吹き飛んだ先で着地して見せた。

 表情に変化が無いので、ダメージがあるのか無いのかわからない。



(まぁ、たぶん無いわね)



 戦いの様子を隅から観察しながら、リデルはそう判断した。

 あれは人形だ、だがあんなに大きく、かつ意思があるかのように動く人形などあるわけが無い。

 ならば当然、あれは魔術で動いている。



(それならきっと、どこかに<アリウスの石>があるはずよ)



 あれだけの力と速さで動くなら、きっと身体のどこかに持っているはずだ。

 それを見つけて何とかすれば、倒せはしないまでも攻略は出来るはずだ。

 そう結論付けて、まず<アリウスの石>の所在を探るべく全員で戦いを挑むことにした。

 最悪、塔の外に出ればユノは追ってこない。



「リデルさん!」

「え? ――――わひゃあっ!」



 アーサーの声にしゃがめば、その頭上を例の歯車が数個、掠めて飛んで行った。

 その際、頭の上に乗せていた鳥が飛び、羽根を数枚散らせた。

 壁に突き刺さり嫌な音を立てる歯車を見て、リデルは改めて唾を飲み込んだ。

 ――――探るのは良いが、その前に命が持つかどうか。



  ◆  ◆  ◆



 そもそも自分は兵士でも無ければ戦士でも無い、こんな所までついて来て馬鹿では無いのか。

 床に転がった体勢のまま、アレクセイはそんな言い訳じみたことを考える自分を情けなく思った。

 実際、彼はアーサーやルイナ程に戦力になり切れていない。



「くっそ、俺はインテリなんだよ!」

「それは違うと思うわ」



 軍師娘の冷静な指摘はともかくとして、仕方の無い部分はある。

 彼は、フィリア人なのだ。

 アーサーのように魔術を扱える数少ない例を除いて、それとルイナのようにソフィアの技術で身体を調整された者を除いて、アナテマ大陸のフィリア人は――――弱い。



 連合のように物量で押してなおソフィアを倒せない、個人になればなおさらだ。

 しかもここはソフィアの力の中枢、魔術協会。

 いくら有能だろうとどうだろうと、ただのフィリア人ではどうにもならない。

 残酷な現実、別に、今さらだ。



(俺らフィリア人は、いつだってゴミクズさ)



 別に今さら、忘れたわけでは無い。

 アーサーやリデルのように学のある者は特別だ。

 だがほとんどのフィリア人は、生きるために屍肉すら喰らってきた者ばかり。

 学も無く、理も無く、そして力も無い。



 今、クルジュの旧市街は復興しつつある。

 それは紛れも無く多くのフィリア人達の功績であろう、しかしだ。

 それは彼ら自身の手で掴んだものでは無い。

 それは、彼ら自身の頭で考えたものでは無い。

 考えることが出来ず、ただ命じられるままに復興ろうえきに従事するだけだ。



(つまりぁ、俺らは牛みてぇなもんってこった)



 畑を耕すのに使う牛、フィリア人を表すのにこれ程的確な例もあるまい。

 牛は人に引かれなければ畑を耕すことも出来ないが、一方で勤勉で愚直でもある。

 自分で何かを考えることは出来ない。

 耕す場所も時間も全て人間に委ねている、しかしだ。



「けどよ、牛には牛なりのプライドってもんがあるだろ……!」



 牛は、他のどんな動物よりも上手く畑を耕す動物はいない。

 農耕において、牛は人間の最高のパートナーなのだから。



「ルルッ、ルッ……きゃあっ!」



 ユノに投げ飛ばされたルイナが、アレクセイの傍で着地に失敗して尻餅をついた。

 膂力りょりょくでは勝っているようだが、相手の不規則な動きに対応できていない。

 そしてそれは、アーサーも同じのようだった。

 個人の武が全てであるため、劣勢がよりわかりやすかった。



「うー、いたたた……」

「おい、お嬢ちゃん」

「あ、はい? 何でしょうかアレクセイさん」



 お尻を撫でつつ立ち上がって、ルイナがアレクセイを見た。

 そんな彼女に、アレクセイは言った。



「ちょいと提案ってか、頼みがあるんだが。聞いてくれるか?」

「……?」



 ルイナは、首を傾げた。



  ◆  ◆  ◆



「アーサー! ちょっと提案があるんだけども!」

「何ですか! 今! ちょっと! 手が! 離せない! のですが!」



 呼びかけると、ユノの斬撃を受け続けているアーサーが声を途切れさせながらも、律儀の返事をしてきた。

 最も、手が離せないと言うよりは一方的に切られているだけなので、足が動かないと言った方が正しいのだが。



「ああ、もう! ちょっとアンタ、離れなさいよ!」

「あ、ちょ」

「――標的変更」



 憤懣ふんまんやるかた無し。

 そう言った調子で不満を向けると、確かにユノはアーサーへの攻撃を止めた。

 その代わり、グリンッ、と首だけが回ってリデルを捉えた。

 正直、怖かった。



「え? え……って、ひゃああぁっ!」



 宣言通り、ユノが一直線に跳んで来た。

 まず天井に足をつけ――刃を天井に刺していた――胴体を回転させて方向を転換し、突っ込んで来る。

 当然のことだが、リデルに反応できる速度では無い。



「ヂュヂュ――――ッ!」



 胸元からリスが飛び出した。

 かつては小さな蛇がいた最終防衛ラインはしかし、今回は相手が悪すぎた。

 ヂュッ、と鳴き声を挙げて、邪魔っ気に手で払われる。

 床の上を跳ね転がっていくリスに悲鳴を上げる間も無く、リデルは衝撃を感じた。



「――――ッ!」



 アーサーだった。

 摩擦係数ゼロで床の上を滑り、ユノの斬撃を掻い潜るようにしてリデルを攫った。

 リスの行動が無ければ、間に合わなかったかもしれない。



「……ッ、迂闊なことをしないで下さい!」

「ご、ごめん」



 しかし、これで合流は出来た。

 リデルは一瞬謝罪の表情を浮かべたが、すぐに切り替えた。

 アーサーの耳元で何かをごにょごにょと囁く。

 それお聞いたアーサーは、眉根を寄せて。



「……本気ですか?」

「私がこう言う時に冗談言うと思う?」



 思わない。

 とすれば本気なのだろう、怒鳴った直後のそう言う策を献じるあたり、反省しているのかいないのか。

 出来なくは無い策なので、また対応に困る。

 アーサーが僅かに思い悩んだ、その一瞬だった。



「うおおおおおぉっ!!」



 アレクセイがユノ目掛けて突撃する。

 何をするつもりなのか、少なくとも懸命なことでは無いと思う。

 何か危険なことをする気なのでは無いか、本能的にそう悟った。



「アーサー! 火を消して!」



 腕の中でリデルが叫び、アーサーは魔術を発動して床の上を滑った。

 リデルの意図はわからない。

 しかし何か考えがあるはずだ、アーサーの行動に迷いは無かった。

 身体の下で、石油の上で燃えていた火が摩擦を奪われ、音を立てて消えた。

 闇が、広がる。



  ◆  ◆  ◆



 ユノには感情が無い。

 魔導の術で生み出された彼女は、「戸惑い」や「困惑」と言う感情を持たない。

 たとえ視覚が暗闇に溶けたとしても、部屋中の<アリウスの石>と感覚をリンクしている彼女にとって、視覚など必要の無いものだ。



「――排除行動ヲ続行シマス」



 だから彼女は、菫色の瞳に光を灯した。

 暗闇の中に、1対の菫色の――そして、その奥に隠れる薄い赤色。

 それが、ぼ、と光を強めた瞬間。



「今よ!!」



 再度、石油に着火。

 光が戻った視界の中、ユノの目の前に飛び込んで来た人間が1人、いや2人。

 アーサーとリデルだ、当然のこと、リデルは両腕の刃を振り下ろした。

 再びアーサーの魔術により滑らせる、と思いきや、彼はそれを真正面から受けた。



「――!」



 良く見ると、受けているのはアーサーでは無い。

 薄く赤い壁のような者が両者の間にあって、それがユノの一撃を受け止めていた。

 赤い壁、すなわち<アリウスの石>による魔術。

 ――公王家の秘宝による、防護だった。



「うぎぎぎ……!」



 当然、リデルである。

 傍目には、アーサーの胸に身体を押し付けるような体勢だ。

 これまでは自分の危機に勝手に反応していた父の石だが、今回は意図的に使用している。

 文字通りアーサーの盾扱いになったわけだが、防護の効果も永続はしない。

 だが、ユノの両腕をアーサーが掴む。



 そして摩擦係数を操作、ユノの腕と自分の掌を接着させた。

 腕を切り落とされない限り、2人が離れることは無い。

 もちろん身体構造を自在に変形させるユノにとって、対処できない状況では無い。

 そこで、リデルは叫んだ。



「アレクセイ! ルイナ! 足、頭!」



 突然のことに呆然としていた2人だが、リデルの声に我に返って。



「お……おおらぁっ!」



 床の上を滑り、変形前のユノの足に蹴りを入れた。

 全体重をかけた蹴りに、ユノの身体がぐらりと揺れた。



「――――ルルゥッ!!」



 そして直上、ルイナが真上からユノの顔面を打撃した。

 両拳を振り上げ、両肩の筋肉が一瞬盛り上がり、それが拳の先に伝播、膂力の全てが拳に乗る。

 そんな一撃がユノの顔を容赦なく打ったのだ、威力たるや想像を絶するものがあった。

 魔導人形の顔面装甲から、めぎり、と嫌な音が響いた。



  ◆  ◆  ◆



 考えてみれば、<魔女>の研究成果の一撃が<魔女>を討つ、と言う光景になっていた。

 背中、と言うより後頭部から床に叩きつけられたユノが、身体を痙攣させながら倒れている。

 痙攣の度にパリパリと光が散っていて、それが石油の灯りの中で不気味に映った。



「や、やった……か?」



 固唾を呑んで見守る中、アレクセイの声が響いた。

 ルイナの一撃はユノの身体の芯(フレーム)にまで衝撃を与えたのだろう、首と腰が歪んでいる。

 人間であればひとたまりも無いだろうが、相手は人間では無い。

 油断は出来ないが、どうやら起き上がってくる気配は無かった。



 そのまま数分ほど待ってしまうのは、心情としては仕方が無かっただろう。

 待って、それでもユノが動かないとようやく判断できると、わっと歓声を上げた。

 その中で、リデルは怒ったような声で。



「アレクセイ! アンタ、妙なことしようとしたでしょ!」

「えぁ? えー、あー……」

「リデルさんがそれを言いますか」

「うぐっ、あ……アンタは黙ってなさい!」



 アレクセイが何をしようとしたのか、大体はわかるつもりだ。

 要するに、さっきリデルとアーサーがやったことをしようとしたのだろう。

 ただしリデルの防護無しでだ、それは要するに、命を賭けるつもりだったと言うこと。

 それは、リデルにとっては正しく無いことだった。



 だが、その心理はわかるつもりだ。

 わかるが故に、リデルは思う。

 これはきっと、フィリア人全体の、心の問題なのだろうと。

 一朝一夕にどうにかなる問題では無いから、強くも言えない。



(まったく、通念ってのは難しいわね)



 そう思う自分ですらも、きっと何かに縛られている。

 まったくもって、人間の心とは複雑怪奇なものだった。

 だけど自信を持ってほしいと、そう思う。

 余りにも長く戦場を共にしてきたアレクセイ、彼はもはや、他のフィリア人から見れば「希望」になっているのだから。



「ま、今言っても仕方ないわね。とにかく一旦、皆のち」

『「いやぁ、驚いたな。この子の突破にはもう少しかかると思ったのだけれど」』



 びくん、と身体が震えるのは仕方が無かったろう。

 倒れているユノの瞳が再び輝き、声が発せられたのだから。



『「この子はこれでも、ボクの傑作の1つだったんだけれど。何気に<魔女>の就任歴は1番長いからね」』

「あ、アンタ……!」



 <大魔女>。

 アレクフィナと言い、今またユノと言い、いったい何なのだろう。

 正直、ぞっとした。

 わからないものへの恐怖は、しかしリデル以外の全員が共有するところだ。



『「とにかくおめでとう、リデル公女。これで1つ目の部屋はクリアだ」』

「……1つ目?」

『「そう。この塔はボクを含む7人の<魔女>の塔」』



 <魔女>の塔。

 古来、7と言う数字は特別な数字だと言うが。



『「――キミの会いたがっている人間は、ボクのいる最上階にいるよ」』

「ベルが!?」

『「うん、そうだよ。だから早く来てね、待っているよ……」』

「ちょ、待ちなさい! まだ何も、肝心な……って、ああ、もう!」



 ユノから何の返答も返ってこなくなって、リデルは地団太を踏んだ。

 正直、<大魔女>の意図はわからない。

 わからないが、今はその導きに従うしか無い。

 それがわかっているから、リデルはもう一度、苛立たしげに床を踏みつけるのだった。



  ◆  ◆  ◆



 上の階へ進む道は、すぐに見つかった。

 ユノ――<大魔女>の気配も消えた――が倒れると、照明がついたからだ。

 小部屋一つ無い、上の階を支える石柱ばかりの、大きいだけの部屋だった。

 至る所に刃の跡と、そして白骨化した骸がいくつも転がっていた。



 下手を打てば自分達もそこに加わっていたのかと思うと、ぞっとした。

 だが、幸いにしてそうはならずに次の階へと進んだ。

 すると今度は、打って変わって部屋らしい部屋だった。



「何か、普通ね」

「置いてあるものは魔術に関するものばかりですから、手を触れないで下さい」



 手の上に乗せたリスを撫でながら、あたりを見渡す。

 まず通路がある、円形の空間を真っ直ぐに貫く通路だ。

 そして10メートル間隔で横道が幾本も見え、その間に1つずつ小部屋があった。

 床は柔らかなカーペットが敷かれていて、ユノの階に比べれば過ごしやすくはあった。



「ねぇリデル、この階にも<魔女>って言うのがいるんですか?」

「いるかもしれないわね。ただドクターとか、ヴァリアスとか……空席もあるから、いない階ってのもあるんじゃないかしら」

「あー。だとしたら、ここにはいねーんじゃねぇかな」

「え? あ、ちょっと何勝手に入ってんのよ!」



 ひょっこりと適当な小部屋から出てきたのはアレクセイだ、どうやらいつの間にか調べに入っていたらしい。

 その手には掌サイズの絵画が1つ、見覚えがあるのか、アーサーが眉を上げていた。



「それは……」

「ああ、公都にあった奴だ。ただしこっちには、穴が開いて無いけどな」



 受け取ると、それはどこかで見た絵画だった。

 3人のソフィア人が描かれている、大人の男と女、そして男の子、一目見て家族だとわかる。

 同じ造りのそれは公都でも見た。

 最も、公都で見た物は顔の部分に穴が開いていたのだが。



 それを手に、アレクセイが調べていた部屋に入る。

 特に、罠は無かった。

 しかし考えてみればここは本拠地、侵入の可能性も考えなくて良いのだから、罠など仕掛ける必要は無いのだろう。



「いろいろあるわね」

「そうですね。あ、でも触らないでくださいよ」

「わかってるわよ。2回も言わないで頂戴」



 無数の本棚と、<アリウスの石>縁の物らしき道具もチラホラ見える。

 ガラスの瓶に入った薬の類や、紙とインクの匂いもする。

 ぱっと見、研究室のようにも見える。

 アーサーに返した手前、触ったりはしないが、正直に言えば興味はあった。

 本と言うのは、そこにあるだけで興味の対象だ。



(……皆、それぞれってことよね)



 ヴァリアスのことは嫌いだ。

 好きになる要素は無い。



(このあたりも、調べてみれば何かわかるかもしれないわね)



 ヴァリアスが何を想い、大公国を手に入れようとしたのか。

 単に「1番になりたい」と言う気持ちだけだったのか、それとも別の理由があったのか。

 この部屋を調べれば、ヴァリアスのことを少しは理解できるのだろうか。

 そんなことを考えている内に、あるものに目を留めた。



 それは、地図だった。

 別に珍しい物でも無い、アナテマ大陸全土を描いた地図だ。

 ただ1点、気になる所があるとすれば――。



「ねぇ、アーサー。この地図、変じゃない?」



 アーサーを呼んで、同意を求める。



「この地図、北と南が逆だわ」



 アナテマ大陸の地図は通常、北が上だ。

 つまり大公国が上にあり、南側にフィリアリーンや連合、ミノスがある。

 だがこの壁にかけられている大きな地図は、大公国が下にあり、フィリアリーン等が上にある。

 南が上にある地図は、見ていて違和感があった。



 何と言うか、視点が逆になったような気分で気持ち悪い。

 大公国の北に大山脈があるが、山の向こうからこちらを見ているような感覚だ。

 いったいこの地図は、誰の、どんな視点で描かれた地図なのだろうか。



「……変なの」



 言いつつ、その地図から何故か目を離せなかった。

 それは、痺れを切らしたルイナとアレクセイが呼びに来るまで続いた。

 目の前から消えても、それはしばらくの間、リデルの脳裏にちらついて離れなかった。



  ◆  ◆  ◆



 ――――その頃、<魔女>の塔の傍にひとりで佇む人間がいた。

 アレクフィナである。

 地下であるため時間はわからないが、そう短くない時間、彼女はそこに留まっていた。

 上の階層に戻ることも無く――また、それを注意する何者もいない――塔の見える位置で、最初にユノから逃げ込んだ通路に立ち尽くしていた。



「まぁ、確かにアタシには関係の無い話だけどよ」



 アレクフィナも、協会が公王を幽閉したことは知っている。

 そしてリデル達の言う「ベル」が、今の公王ベルフラウのことだとも聞いた。

 彼女は魔術師である。

 奇妙な言い方だが、大公国と言う国よりも魔術協会と言う組織に忠誠心を持つ人間だ。



 大体、今は公王家と言っても政治的権力は無い。

 全て協会が運営しているのだから、今さら幽閉されたからと文句を言える立場では無いはずだ。

 権力を握っていると言えば聞こえは良いが、それはつまり、協会に全ての責任があると言うことだ。

 数千万の同胞の衣食住を保障すること、戦争や犯罪、災害から民を守ること。

 公王家がそれをしたいというなら、「やれるものなら」と言う気持ちになっても無理は無い。



「でもだからって、あんな風に言われて。はいそーですかって、なるものかい」



 再度、塔に向かう時。

 リデルはアレクフィナに「ここまでで良い」と言った。

 おそらく、小娘らしくも無く気を遣ったのだろうと思う。

 正直に言えば、あの小娘に気を遣われるとか、死にたくなってくる。



 そう思うと、だんだんとむしゃくしゃしてきた。

 そもそもどうして、あんな小娘に気を遣われなければならないのか。

 アレクフィナは上から「リデルを塔まで案内すること」と命じられていて、そのためにやったのだ。

 だから気を遣われるような、と、そこまで考えたところで彼女は青ざめた。



「あれ? じゃあ何だ、あの小娘以外は通したらダメだったんじゃないか?」



 勝手についてきたので捨て置いたのだが、良く考えれば、フィリア人をこんな所にまで連れて来て良いはずが無かった。

 聖都の一件以来、あの連中に対して少し甘くなったのだろうか。

 いや、今はそんなことを考えている場合では無い。



「や、やばい……どうしよう」



 誰にとも無くそう言うが、当然、誰も答えてはくれない。

 部下2人もここまでは降りて来れない、彼女はひとりだった。



「や、やばい。やばいよコイツは。どうしようどうするアタシ」



 悶々と考えても良案は浮かばず、しばらくの間その場をウロウロするアレクフィナ。

 彼女は、自分が頭脳派では無く行動派だと言うことを思い出すのに10分を要した。

 そしてその後の行動は、行動派を自称するだけのことはあって、シンプルだった。

 アレフィナは、塔に向けて駆け出した。

最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。

第1の部屋、突破。

こういう突破系の話は割と好きです、ダンジョンとかも良いですね。

10章は割と長めになりそうなので、根気良く続けていきたいです。

それでは、また次回。


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